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第15話 赤色の閃光弾

 空に朱色が混じった夕刻。

 「比類なき勇気の騎士団」が駐留する、街道沿いの拠点は物々しい雰囲気に包まれていた。

 拠点前に連なるは、王都が誇る精鋭騎士300余名。

 その全てが完全武装に身を包み、瞳に炎を宿している。

 これから彼らが行うのは偵察ではない―――殲滅なのだ。


「悪天候と悪路による遠征の遅れ、特攻部隊の敗走。

 今回の遠征では多くの困難に見舞われた。すでに何人かの死者も出している。

 団長として、今回の失態は恥じるばかりだ」


 整列した騎士たちの前で、ブラウンが声を挙げる。


「だが、そんな苦難も今日で終わりだ。

 我々はこれよりオーク共を殲滅する!」 


 おおおおお、と騎士団員たちから歓声が上がる。

 

 ブラウンが目配せすると、隣に立っていたチェスナットが一歩前へ出、団員たちに向けて声を張り上げる。


「いいか騎士団諸君!

 本任務の概要は昨夜説明したとおりだ。

 我々は夕刻よりこの森に侵入、闇に紛れオークの集落へ夜襲をかける」


「森は木々が密集し、進軍経路も劣悪な状況だ!

 多数による進軍は困難を極めるだろう。

 よって、私たち工兵部隊が先導を務める、すでに勇気ある一匹のオークによって集落への道筋は把握済みだ。

 これより森に侵入すれば、ちょうど日没頃に集落へ到着する手筈となっている!」


 チェスナットの言葉に、前列に並んでいた騎士団員たちがビシリと敬礼する。

 彼らはチェスナット配下に位置する、30人の団員たちであった。


 工兵部隊―――チェスナットを隊長とする支援部隊。

 任務では、進軍の妨げとなる自然障害の破壊、橋や進軍道路の建設、破壊工作などの工作活動を主とする部隊である。

 戦闘には秀でていないものの、今回のような悪環境を進軍するにはあつらえの部隊であった。

 

 今回のオーク集落に対する強襲作戦はこうだ。

 始めに、チェスナットが指揮する工兵部隊が、鼻欠の地図にあるオークの集落へ向けて、道を切り開きながら進軍する。

 集落の付近へ到着する頃には、日が落ち辺りは闇に包まれているだろう。

 その後、彼らが切り開いた道を辿って、ブラウンが指揮する騎士団本隊と合流。

 総力を持って、オークの集落へ夜襲をかけるのだ。



「団長!」


 騎士団員たちの前で、作戦内容を伝えていたチェスナットがブラウンへ声掛ける。

 ブラウンはそれに頷くと、再び騎士団員たちの前に立ち、ひと際大きな声を張り上げた。


「我々はこれからオーク共に引導を渡す!

 王国への忠誠、騎士団の誇り、そして比類なき勇気を示す時だ!

 己が持つ力の全てを掛け、万全を尽くせ!! いいな!!?」


 うおおおおお、と騎士団員たちが、手に旗を掲げ咆哮を挙げる。

 その旗には、剣を咥えた狼のエンブレムがたなびいていた。



「………………」


 ヴァイスはそんな団員たちを、拠点の影から複雑な表情で見つめる。

 昨日までの自分なら、心踊り、勇んで強襲作戦に参加していただろう。


 なのに―――


 ハナカケと話してから、ヴァイスはずっとモヤモヤとした感傷に侵されていた。


 ヴァイスは拠点の防衛を任される上で、ブラウンからもう一つ指示を受けていた。

 それは、裏切り者のオーク―――ハナカケを決して逃がさないようにすること。


『もし、奴の言葉に偽りがあれば………奴の言う集落の位置が偽りであったとしたら。

 俺たちはどんな手を使ってでも、奴に真の集落の位置を吐かせる。

 ヴァイス、絶対にあのオークを逃がすなよ』


 拠点の守りを任されたヴァイスに対し、ブラウンが指示した言葉だ。

 ブラウンの言葉はわかる。全く持って、その通りだ。

 群れを裏切ったと主張するものの、所詮鼻欠は下賤なオーク族。彼の言葉に偽りがある可能性は多分にある。

 だから、ヴァイスの真の役目は拠点の守りというよりも、鼻欠を確実に拘束しておくことなのだろう。

 

 だけど―――


 昨日、鼻欠と話した時の、彼の笑う姿が脳裏に浮かぶ。

 

「父上、世界はヴァイスにとって、わからないことばかりです」


 女騎士は1人、そう呟くと、再び深いため息をつくのだった。




「おい! 集落へは俺が案内するって言っただろ!

 何で俺を連れていかないんだよ!?」  

「黙れ、俺たちはお前を完全に信じた訳じゃねーんだ。

 図に乗るな」


 焦りを滲ませる鼻欠の言葉に対し、ブルーは冷たく言い放つ。


 鼻欠は昨日と変わらず、騎士団拠点内に設置されたテントの中で軟禁されていた。

 白毛の計画では本来、裏切り役のオークが騎士団を案内することになっていたのだ。

 騎士団を案内する形でダミーの拠点に誘い出し、奇襲に乗じて群れに合流する。

 裏切り役が生き残るには、それしか術が無い。


 しかし、騎士団は鼻欠を同行させる気は無いらしい。

 この事態に、鼻欠は焦燥していた。


「森の中は木が入り組んでいて、例え地図があっても進むのは大変だぞ!?

 俺に案内をさせてくれれば、簡単に―――」

「おい」

「――?」


 なお食い下がる鼻欠を、ブルーが低い声で制止する。


「勘違いするなよオーク。

 お前を完全に信じた訳では無いと言っただろう?

 もし、昨日のお前の言葉に少しでも偽りがあれば………わかるよな?」


 そう言って、ブルーは能面のような無表情で、鼻欠を見下ろす。

 その蒼い瞳は氷のように冷えきっていた。


 その瞳を見て、鼻欠は説得が不可能であることを悟る。

 鼻欠は黙り込むと、上を見上げて目を閉じた。


(白毛………こんな俺だが、何とか騎士団を誘い込むことには成功したよ。

 だけど………たぶん俺はもう、みんなの所には帰れねぇ。

 すまない、白毛)


 テントの天井を見上げ、静かになった鼻欠を、ブルーは冷たい目でいつまでも監視していた。

 


「来たぞ、来たぞ、来たぞぉ!!

 騎士団だ! 騎士団の大部隊だ!!」


 黄昏に暮れつつある、オークの集落に怒鳴り声が響き渡る。

 白毛はその声に気付くと、慌てて声の主へと駆け寄った。


「牙折、騎士団が動いたのか!?」 

「ああ、300人はいたと思う、奴らが編隊を組んで拠点の前で整列しているのが見えたんだ!

 鼻欠の野朗、上手いことやりやがった!!」


 森の入り口近くの見張り台から全力疾走してきたのだろう、牙折は息も絶え絶えな様子でそう報告する。

 白毛が牙折に肩を貸していると、事の次第を聞いていた片目が群れに向けて怒鳴り声を張り上げた。


「お前らぁ! 牙折の報告は聞いたな!? 一刻も早く、白毛の説明した通りに配置につけ!! ノコノコ入ってきた騎士団共に目に物見せてやれ!!」


「おう! 腕が鳴るぜぇ!!」


 ギザ耳を筆頭に、一帯のオークたちが歓声を上げる。

 これまでに無いほど士気が上がる集落の中で、牙折だけが唯1人、


「まったく………俺が見張りン時は、連れて来るなって言っといたのによ……」


と苦笑を浮かべていた。

 

◇ 

  

「チェスナット隊長、そろそろ日が沈みます」

「わかりました」


 団員の声にチェスナットが額の汗を拭いながら答える。

 チェスナット直属の工兵30名、そしてオークの襲撃に備える形で託された50名の騎士団員。

 計80名が、現在チェスナットの指揮する部隊員である。


 チェスナットたちは先導部隊として森の中に進入後、ゆっくりと確実にオークの集落へと歩を進めていた。


「予定通りと言ったところでしょうか。

 このまま進めば、間もなくオークの集落へと辿りつけますね」


 チェスナットが地図と周囲の景色を見比べながら、現在位置の当たりをつける。


 彼らの背後には、進軍用に踏み固められた軍道が続いている。

 工兵部隊が雑木を切り開いたことにより、獣道然としていた進軍経路は今や、団員が3列になって進めるほどに整備されていた。


「しかし、ここまでオークたちの襲撃が無かったのは以外でしたね」

「ええ………」


 何気なくそう言う騎士団員に対し、チェスナットが頷く。

 ブルーの報告を聞く限り、オークたちはこちらの動きを見張っている可能性があり、自分たちが森に侵入したことも、知っている筈なのだ。

 だからこそ、襲撃に備えて本隊から50名の騎士団員を回されたのだが、それは杞憂であったのだろうか?


(いえ、油断は禁物ですね)


 相手はあの特攻部隊すら退けた強敵である。

 チェスナットは気を引き締めると、地図に目を向け再びオークの集落へ向けて歩を進めるのだった。



 それは唐突に現れた。


 切り立った崖が連なり、その中に出来た窪地。

 そこには明らかに自然物ではない、小屋が何軒か建っていた。

 そして小屋のまわりにはいくつもの篝火が焚かれ、遠目ではあるが動きまわるオークたちの姿が確認出来る。


「チェスナット隊長、間違いありません。オークの集落です」

「なるほど、この地図に記されているとおりですね」


 森を抜け、丘を越え、切り立った崖の切れ目に入るとそこにオークの集落がある―――鼻欠から渡された地図にそう印されていたのだ。

 オークの集落とおぼしき小屋郡北西側、300メートルほど離れた雑木林の中に工兵部隊の面々を隠れ潜ませると、チェスナットは自分の配下たちへ小声で指示を告げる。


「よし、では皆さんここで待機、本隊の到着を待ちます。

 くれぐれも物音を立てないように」

「了解」


 チェスナットは団員たちにそう指示すると、再びオークの集落へと目を向けた。

 

 集落にはパラパラと10数名程度のオークたちの姿がかろうじて確認出来るような状況で、彼らが何をしているのかまでは把握出来ない。


 妙だな、とチェスナットの心には疑念が生じる。

 あまりにも、オークの規模が小さすぎるのだ。

 騎士団はオークの規模を把握出来ている訳では無いが、それでも彼らは周辺のエルフの群れを壊滅させた群れなのである。

 とても10数名程度の群れだとは思えない。


(騙された可能性も、考慮に入れるべきですかね………)


 チェスナットは拳ほどの大きさの玉を3つ、手元に寄せる。

 閃光弾―――不測の事態に備えて、チェスナットとブラウンが用意した伝令道具である。


 想定外の事態が発生した時は、緑色の閃光弾。

 鼻欠の言葉に偽りがあった場合は、黄色の閃光弾。

 そして、鼻欠の言葉に偽りがあり、それによって作戦の遂行が不可能であると判断した時は赤色の閃光弾。


 この赤色の閃光弾を使用した場合、ブラウンたち騎士団本隊はその場から撤退する手筈となっていた。

 もっとも、それは同時に工兵部隊を見捨てるということでもある。


(出来れば、これに頼ることが無いといいのですけど………)


 チェスナットは赤い閃光弾を見つめながら、そっと配下の工兵を1人呼び寄せた。


「ロッセ」

「はっ」


 チェスナットの呼びかけに1人の工兵―――ロッセが影のように姿を現した。


「あのオークの集落、どうも腑に落ちない所があります。

 様子を伺ってきて下さいますか?」

「承知」


 ロッセは小さく頷くと、鷹のように獰猛な目を更に細め、音も無くその場を離れる。

 ロッセは曲者揃いの工兵たちの中でも、特に隠密行動に長けた騎士であった。

 彼は雑木林の間を縫い、物陰に潜みながら風のように集落へと近づいていく。


(杞憂で終わってくれればいいのですが………)


 そんなことを考えながら、チェスナットがロッセの背中を見つめていた時。


 ブオンッ、という風切り音が雑木林に木霊した。


 チェスナットが思わず背後に目を向けると、1人の騎士が声も上げず―――

 投石によって顔をぐちゃぐちゃに潰され、倒れていくのが目に映る。


「そ………」


 チェスナットは半ば呆然としながらも………体が勝手に声を放つ。


「総員防御体制! 木陰に身を隠せ!!」


 チェスナットの叫びと同時に、前後右左、全ての場所から無数の投石がチェスナット隊に向かって放たれた。


 



 白毛は焦っていた。


 彼は現在、騎士団を誘い込むために用意した集落跡、その周りを覆うように切り立った崖の上で、仲間たちに投石指示を出している。

 崖の上からは、雑木林に身を隠す騎士団の姿を目の当たりに出来たのだ。

 

 崖上には投石を行う為のオークがおよそ120匹、

 集落跡には、騎士団を誘い込むための囮として、顎割たちオークが20匹、

 そして、集落へ至る一本道には、騎士団を逃がさないためギザ耳や頬傷など、腕に覚えのあるオーク60匹を配置している。 


 戦闘の出来ない年寄りや幼体を抜いた、群れの一同総がかりである。

 白毛にとって、この作戦は戦争の勝敗を分ける大一番であったのだ。


 しかし―――


 牙折の報告にあった騎士団の総数は300名ほど、対して、眼下に広がる騎士団は多く見積もっても100名程度であった。


(部隊を二つに分けたのか? 厄介な真似を………)


 白毛は口元を歪ませる。

 鼻欠を危険な目に合わせてまでこぎつけた、騎士団の誘引である。

 必ず成功させなければならない作戦であったのだ。


 当初、白毛は雑木林に身を隠すチェスナット隊の様子を伺うつもりであった。

 後から騎士団の本隊が到着する可能性がある、と考えたのだ。

 しかし、チェスナット隊から斥候と思われる騎士が1人、集落へ向かったことから白毛の目論見は破れる。


 偽集落にいるのは、わずか20名ばかりのオーク、近寄られてしまえばこの集落が偽物であることが知れてしまうだろう。


 仕方無い………出来ればもっと多数の騎士団員を削りたい所であったが、行動に出ざるを得ない。

 もとより、白毛にとってこの作戦の主目的は騎士団員の生け捕りである。

 初手でつまずいたものの、出来る限りの戦果を得るべきだと判断したのだ。


「騎士団は雑木林に身を隠している! 投石の集中砲火を浴びせるんだ!」


 白毛が崖上の仲間たちへ撃を飛ばした、そんな時。


 騎士団が潜んでいる雑木林の中から、一閃の光が立ち上る。

 その光は空高く立ち上ると、頭上で激しく赤色の光を放った。




「何だと!?」


 ブラウンは頭上に輝く赤色の閃光を目の当たりにし、驚愕の声を上げる。

 もし、鼻欠の言葉が罠であり、本隊に損害をこうむるような事態になったなら、使用する手筈となっていた赤色の閃光弾の光だ。


 ブラウンは工兵部隊が切り開いた道を辿り、森の中を進軍している所であった。

 もうすぐ、合流出来る………そう思った矢先の出来事である。


「団長………」


 騎士団員が伺うような様子で、ブラウンに目を向ける。


「……………」


 ブラウンはその視線に答えず、考えを巡らせる。

 チェスナットが赤色の閃光弾を使用した―――つまり、あのハナカケとやらが吐いた言葉は偽りであったということだ。

 そして、チェスナット隊は現在危機に瀕している、騎士団本隊が合流しても作戦の遂行は不可能だと、チェスナットが判断する程に。


 ブラウンの脳裏に、鼻欠から渡された地図の図面が蘇る。

 崖に囲まれ、一本道でしか進入出来ない窪地の集落。

 考えてみれば、待ち伏せにあれほど適した立地は無い。


 やられたのか?

 俺はまんまと謀られたのか?

 

 あの………ハナカケという、一匹のオークに。



 どうする?

 本当にこのまま引返すのか、俺は?


 80人もの仲間を見捨てて!?


 ブラウンの脳裏にチェスナットや、団員たちの姿が浮かぶ。

 危険な役目である先導部隊を率先して引き受けてくれた、誇り高い仲間たちだ。

 今、自分が率いている騎士団本隊は総勢220名。

 例え罠であったとしても、オークの群れの一つや二つ、押しつぶせるのではないか?

 そんな安易な考えに、ブラウンは心を動かされそうになる。


 しかし―――


 チェスナットは優秀な男である、こと戦況把握、判断能力はブラウンに勝るものであった。

 その彼が作戦の遂行は不可能だと、判断したのだ。


「総員聞け………」


 ブラウンが静かに口を開く。

 その顔は、これまで団員たちも見たことが無いほど、悲痛に満ちていた。


「これより本隊は拠点へと帰還する」

「し、しかし―――」

「早くしろ」


 ブラウンの口から漏れる低い、静かな声を受け、団員たちは言葉を失う。

 そして、それからは誰も言葉を発さず、ただ粛々と拠点へ向けて歩を進める。


 すまない、チェスナット。

 愚かな俺を恨んでくれ。


 ブラウンは、チェスナット隊へ背を向けながら歯を噛み締める。

 夜空に輝く赤い閃光、その光は彼の目に焼きつき、それはいつまでたっても消えることはなかった。


 オークの集落に対する強襲作戦―――この戦争における一大作戦は、こうして完全な失敗に終わったのである。

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