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第9話 ギザギザ耳のオーク

「お前ら、周囲への警戒を怠るなよ。

 ここはもう、オーク共の縄張りだ、いつ奴らが襲ってきてもおかしくねぇ」

「はい、ブルー隊長」


 木々が重なり、昼間でも薄暗い深い森の中。

 雑木を掻き分けるように進む騎士の一団があった。

 「比類なき勇気の騎士団」の3幹部の1人、ブルー・アスールと彼の配下30名の騎士団員たちである。

 彼らは一列になって、ドロドロと森の中を進軍していた。

 

「しかし道が悪ぃな、草木が邪魔で周りが良く見えねぇ」

「この森の中にオークの巣があるのですか………ぞっとしませんね」


 森の中は、背の高い草木が鬱蒼と生い茂り辺りの様子を伺うことが出来ない。

 地面もぬかるんでおり、歩くことすら困難な有様だった。

 ブルーたちが進んでいるのは斜面の沿って出来たような獣道で、向かって右側が丘、左側が崖になっている。

 

「こんな状況だと、大部隊での移動は無理だな………20人くらいが関の山か」


 ブルーはうんざりしたような声を挙げる。

 オークの拠点を発見したら、早急に報告し、現在駐留している騎士団員500余名で総攻撃をかける予定であったのだが、この自然環境では命令系統に支障が生じる。

 上官が把握できるのはせいぜい20名程度、現在ブルーが連れている30名の部下ですら全員の位置を把握しきれていないのが現状だ。


「おーい! そろそろだ!」

「はい!」


 最前列のブルーが最後尾の団員に向けて大声を上げる。

 その声を受けて最後尾の団員が適当な樹木の枝へ太い針金を巻きつける。

 この針金は数メートルごとに枝へ巻きつけてあり、進軍の目印として活用していた。

 ブルーは団員が目印を設置するのを確認し、再び行軍を開始する。


 ―――そして、足を止めた。


「…………………?」

「どうかしましたか、隊長」

「いや………何だか嫌な感じがする。何と言うか、こう………嫌な感じだ」


 突然立ち止まったブルーへ団員が怪訝そうな顔をするも、ブルーは緊張した面持ちで向かって右側の木々を睨む。


 ブンッ


「がっ!!」


 次の瞬間、大きな風切り音が響くと同時に、ブルーの背後にいた騎士団員が横倒しに倒れる。


「パラン!?」


 ブルーが倒れた騎士団員―――パランに駆け寄って抱き起こすと、彼は兜の右側頭部が砕けており、右耳から血を溢れさせていた。

 

「………総員、戦闘態勢!! 右方警戒!!」


 パランを抱えた体勢のまま、ブルーが怒鳴る。

 その言葉と同時に、無数の風切り音が森の中を木霊した。


「ぐっ……!」

「うわっ!」


 騎士団員たちから、その風切り音に対して、驚愕と苦痛の声が上がる。


「くそっ、何だってんだ一体!?」


 ブルーが音のする方向―――丘の上方へ向き立った瞬間、ブオンッ、という大きな風切り音が彼の僅か右側を通り過ぎ、背後の巨木へ衝突した。


 バアンッ、という炸裂音と共に、石の破片がブルーの頭へ降りかかる。


「投石………だと?」


 そう、投石だ。

 一列に伸びた騎士団員の隊列の右方、小高くなったその先からオークたちが投石を行っているのだ。

 ブルーは焦る。こちらはまだ相手の姿すら発見出来ていないのだ。

 

 そんな彼らに対して、次々と投石が襲い掛かる。

 直撃した者は、まだパランだけのようであるが、このままでは全滅も時間の問題だろう。


「総員退避! この場所を離れるぞ!」


 ブルーの決断は早かった。

 彼は負傷したパランを背負うと、部下たちに撤退指示を飛ばす。


「た、退避ですか、どこへ!?」

「来た道を真っ直ぐに引返すんだ! 針金を辿れ、隊列は崩すなよ!」


 団員たちは方向を変えると、自分たちが進んできた道を真っ直ぐに引返す。

 

「おい、お前らは後方を警戒しろ、オーク共が追撃してくるかもしれねぇ!」

「了解!」


 ブルーが逃走の後方にいた騎士団員2名に指示する、強者揃いの騎士団内でも、特に腕の立つ2人だ。

 2人は剣を手にすると後方に構えつつ後退する。

 しんがりを任せたブルーはパランを背負ったまま走り出した。


「た、隊長………自分は、置いていって下さい………」

「馬鹿! 妙な格好つけんじゃねぇ! オーク討伐如きで死人を出してたまるかよ!」


 背負っているパランがそう苦しげな声を上げるも、ブルーはにべもなく怒鳴り返す。


 オークたちの投石は威力こそ凄まじいものの、命中精度は悪い。

 このまま速やかに撤退することが出来れば、負傷者のみで拠点へ帰還出来る………いやしてみせる。

 俺の部下たちを、こんなところで死なせてたまるものか。


 ブルーがそんな決意を固めた時、背後から無慈悲な断末魔が轟いた。


「うわあぁぁっ!」


「なに………?」


 ブルーが背後に目を向けると、そこには―――


 耳がギザギザに裂けたオークが一匹。しんがりを任されていた団員の首筋を掴み上げ、今にも留めを刺そうとしている所だった。

 その足元には、すでに体を両断され、事切れている団員の死体が一つ、転がっている。


「おい………こいつを、頼む………」


 ブルーが側にいた団員へパランを預けると―――


「てめぇ、何してくれてんだぁ!!」


 怒りの咆哮と共に、剣を引き抜きオークに向かって切りかかった。


「――――!」


 しかし、ブルーの疾風のような斬撃を、オークは剣の腹で受けると、留めを刺さんとしていた団員を放り出し、一瞬でブルーから距離をとった。


「隊長………」

「下がれ、ここは俺に任せて、隊と合流しろ」


 オークから解放された団員に対し、ブルーはオークを睨んだまま指示する。

 団員は右腕に傷を負っているものの、走ることは出来そうである。

 

 ブルーがもう1人………すでに事切れた団員へ目を向けると、彼は欠けた剣を握ったまま上半身と下半身を切断されていた。


(剣ごと体を断ち切ったのか? 馬鹿力め………)


 オークに対して、長剣を構えたブルーの額を汗が伝う。


 ブルーがオークと戦うのは、これが初めてではない。

 もともと庶民の出身であったブルーは、騎士団への入団が許される前、王都に所在する冒険者ギルドに所属していた。

 王都付近で散発的に姿を見せていたオークの討伐が、当時の彼の収入源であるといっても過言ではなかったのだ。

 数え切れないほどのオークを狩ったブルーであるが、いま目の前にいるオークはそのどれとも様子が違っていた。


 巨漢なのは通常のオーク族と変わらない。

 しかし、その体は引き締まった筋肉に包まれており、今までブルーが相対してきたオークのように、ぶよぶよと肥え太ったものとは違う。

 そして、何よりも―――


(何で、こいつは攻撃してこない!?)


 剣を構えるブルーの脳裏に疑念が生じる。

 オーク族は知能が低い劣等種だ。

 今まで彼が狩ってきたオークたちは、人間を見つけると見境なく切りかかってきた。

 鈍重なその一撃を避け、隙だらけの心臓を突き刺す―――それがブルーの学んだオークの殺し方だった。

 

 しかし、このオークは剣を構えたまま、まるでブルーの出方を伺うかのように、彼を凝視している。


「………………」


「………………」


 暫し、お互いの間で無言の時間が流れる。


『今回の敵、オークではあるが。

 連中、どこか他のオークと違っている気がする、くれぐれも油断するんじゃないぞ』


 ブルーの頭にブラウンの言葉が蘇った時、硬直した戦いの場に動きが生じる。


 最初に動き始めたのはオークだった。

 オークはブルーに相対したまま、油断なく横向きに歩を進める。


「………………?」


 どういうつもりだ、何をしている………?

 ブルーは不審に思うも、オークに向かって剣を構えたまま様子を伺うしか術がない。


 オークが横向きに歩くと、鬱蒼と茂った樹木が何度かその姿を隠す、ひときわ大きな木の陰にオークの姿が完全に隠れた、次の瞬間。


「があああぁぁぁ!!!」


 咆哮と共に、オークが木の陰からブルーへ向かって突きを放つ。

 

 静から動。

 その突きはこれまでブルーが合間見えたオークのどれとも違う、迅速で正確な刺突。

 

「くそっ!」


 ブルーはその突きを自らの剣で反らし、さらに体を捻ることで間一髪避ける。

 必殺の突きをかわされたことで、オークは一瞬意外そうな表情を浮かべるも、間髪置かず、切り払うように横へ剣を薙いだ。


(受ければ剣ごと体を断たれる! 避けろ!!)


 ブルーは頭を激しく下に振って、屈むような姿勢でオークの斬撃を避ける。

 

「――――!」


 全力で剣を振ったことにより、オークの体勢が崩れる―――ここだ!


「なめんじゃねぇぇぇ!!」


 ブルーが、屈んだ姿勢から思いきり剣を振り上げるように、下からオークを斬りつける。

 しかし、オークもまた後ろへのけぞるように体を捻ってその剣をかわし、再びブルーから距離を取った。


「マジ………かよ?」


 ブルーは信じられないような面持ちで、オークを見つめる。

 何だ、この俊敏さは。

 何だ、この冷静さは。

 こいつ………本当にオークなのか?


 オークの右頬から血が滲む。

 どうやら先程の一撃で、刃先がオークの頬をかすめたらしい。

 それに気付いたオークがブルーへ向けて目を細める。


(こいつ………笑ってやがる)


 ブルーが全身に粟立つような戦慄を感じた、その時―――


「隊長! ご無事ですか!?」

「私たちも助太刀します!」


 すでにこの場を離れていた筈の団員たちが3名、背後から現れる。

 彼らはいつまでたっても合流しないブルーを心配し、隊から離れ戻ってきたのだ。


「馬鹿! 来るな!!」


 そんな部下たちへブルーが怒鳴り声を上げるが、その声よりも早く、オークが団員たちへと突進していた。


「な………?」


 先頭にいた団員は悲鳴を上げる間もなく、オークによって首を切り飛ばされる。

 オークは剣を横に薙いだ姿勢のまま、もう1人の団員へと体ごとぶつかっていった。

 その団員は衝撃で内臓が完全に潰され、死に絶えながら大量に吐血する。


「ば、化け物………」


 最後の団員が驚愕の表情を浮かべながらも、必死で剣を振り上げるが、オークは左手でその頭を掴み、側の大木へと叩きつける。

 団員の頭は、まるでトマトが潰れるように破裂し、周囲に血と脳漿を撒き散らした。


 ―――そして、呆然とするブルーへ向けて、オークは先程よりもはっきりと誘うような笑顔を浮かべる。

 まるで、「邪魔者は片付いたから、早く続きをしようぜ」とでも言うように………。


「ふ………ふざけるな、……ふざけんなぁ!!」


 ブルーは怒り、逆上し、闇雲にオークへと切りかかるが、冷静さを欠いたその斬撃は、オークにかすることも無く、ブルーはのけぞるように空ぶってしまった。


「殺す! ぶ、ぶっ殺す!!」


 それでも、ブルーは再び剣を振りかぶり、オークに向かって切りかかろうとする。

 目の前で何人もの仲間を殺されたことにより、ブルーは完全に冷静さを失っていた。

 そんなブルーに対し、オークは興を削がれたような冷めた目付きで見つめると、つまらなそうに横から蹴りつける。


「が………はっ」


 オークの蹴りを受けブルーの体に激しい衝撃が入る、同時に肋骨がバキバキと折れていく感覚。

 内臓が振動し体の中を掻きまわされるような痛みが走る。

 強靭なオークの蹴りによって、ブルーは体を吹き飛ばされ、そのまま崖から転落していった。


 そして、崖から転落する、その間際―――


 オークが残念そうな声で発した


間抜まぬけ」


という言葉がブルーの耳に届いたのだった。 






「ギザ耳!」

「おう、白毛か」


 白毛がハアハアと息を荒げながら、ようやくギザ耳と合流する。


「深追いはするなって何度も伝えたじゃないか」

「悪い、悪い。ただ強そうな連中が何匹もいたもんで………つい血が騒いじまった」

「全く………」


 悪びれないギザ耳に対し、白毛は不満そうな顔を浮かべるが、心の底ではほっと一安心する。

 群れの切り札であるギザ耳に、こんなところで怪我でもされたら、今後人間を生け捕りにするという作戦が全て水泡に帰してしまう。

 それに………ギザ耳は自分の親友なのだ、出来る限り危険な真似は避けてもらいたい。


「いやー、しかし人間にはやっぱり強い奴がいるな!

 最後は興ざめだったが………あの青髪の人間はなかなか歯ごたえのある奴だった!」


 白毛の思いを知ってか知らずか、能天気な調子でギザ耳が朗らかに笑う。

 そんなギザ耳の側には何人もの人間の死体が転がっていた。


「ギザ耳………これは?」

「ああ、俺が仕留めた人間。

 ひい、ふう、みい………全部で4匹か。どうする、これ?」

「どうするって………」

「食うか? 人間の肉って臭くて仕方無いらしいけど、戦争中だしな。

 とりあえず、食える物は何でも食わねぇと」


 ははは、と笑うギザ耳に対し、白毛も微笑みを浮かべる。


「そうだな………晩飯にはちょうどいいかも。

 だけど血はこぼすなよ、集落の位置がバレる」


 白毛がしっかりと釘を刺していたところ、丘の上から2人を呼ぶ声が響いた。


「おーい、白毛ぇ、ギザ耳ぃ!!」

「こら、鼻欠。声が大きい! まだ付近に騎士団がいるんだぞ!」

「あああ! わりぃ!」


 走って二人に合流した鼻欠が、大きな声で謝罪する。

 白毛はそんな鼻欠に一つため息をついていると、鼻欠に続いて、牙折や顎割たちが次々に丘から駆け寄ってきた。


「やったな、白毛。見事な撃退じゃねぇか。

 お前の指示した投石、ありゃ効果覿面だな!」


 顎割が興奮した面持ちで白毛の肩を抱く。


「いや、今回はみんなの力だよ。

 みんなが頑張ってくれたからこそ騎士団を撃退出来たんだ」

「相変わらず謙遜ばっかだな、お前はもっと自分を誇っていいんだぜ!?」


 顎割が、がはは、と豪快に笑いながら白毛の体をブンブンと振り回す。

 思わず白毛も苦笑を浮かべつつ、側にいる牙折へ声を掛ける。


「それに牙折、今回はお前がすぐに騎士団が森に入ったことを知らせてくれたから、万全の体制で挑むことが出来たんだ」


 白毛の賛辞に対し、当の牙折は肩を竦めてやれやれ、といった調子で答える。


「いやあ、参ったぜ。何で騎士団は俺が見張りの時にばかり動くんだ?

 俺ぁ、疲れちまったよ………」

「いや、俊足の牙折が見張りの時で良かったなぁ!」

「全然よくねぇーんだよ」


 調子に乗って茶化す鼻欠の頭を、牙折が小突く。


「何でもいいけど、この死体ども早く持っていこうぜ?

 お前らも手伝えよ」


 盛り上がる仲間たちへ、騎士団の死体を担ぎつつ、ギザ耳が呆れたように言うのだった。





 ブルーが目を開くと、目の前には大きな青空が広がっていた。

 どうやら、自分は仰向けに倒れてしまっているようだ。


 俺は………何をしていたんだっけか―――。

 記憶が混濁する中、それでもブルーは身を起こそうと右腕を伸ばす………伸ばそうとしたが激しい痛みが右腕に走り、腕を伸ばすことが出来なかった。

 ブルーは訝しげに己の右腕へ目を向けると、ソレはあり得ない方向に折れ曲がっている。


「ブルー隊長、しっかりして下さい!」


 足元には見知った騎士団員たちが、心配そうな表情で彼を見つめている。


 そうだ………。

 俺は、偵察任務でオークたちの森へ入って、

 そこでオーク共に襲われて………?


 そこでブルーはガバッと身を起こす。

 体中………特に折れてしまったらしい肋骨に激痛が走るが、頓着している余裕はない。


「おい! あれからどうなった!? オーク共はどうしたんだ!?」

「そ、それですが………」


 冷静さを欠いた様子のブルーに対し、騎士団員たちはぽつりぽつりと話し始めた。


 しんがりを務めた2名の内1名。

 ブルーの救援に向かった3名はあれから姿が見えないこと。


 他の団員たちも、投石で傷を負った者、悪路を全力で走ったため傷を負った者がいること。

 ブルーが崖から転落したのを、かろうじて目撃している団員がいたため、捜索し、いまやっと見つけ出したのだということ。


「現状、任務の続行は不可能です。一度拠点へ戻るべきかと………」

「そうか………」


 自分が気を失っていた間のことを部下から聞き、ブルーは座った状態でうなだれる。


「そうだ、パランは………?

 あいつはどうしたんだ!?」


 団員たちの中に投石の直撃を受けたパランの姿が無いことに気付き、ブルーが問いかけるが、騎士団員たちは静かに首を振る。


「パランは撤退中、死亡しました。

 遺体は………森の中に捨ててきました………仕方、ありませんでした」


「………………」


 ブルーは折れていない左手を自分の顔に当て、その中で、静かに涙を流す。


 パラン、ランソオ、ブラウ、アズラク、ランセ。


 死んでしまった仲間たちの姿がブルーの脳裏をぐるぐると巡る。

 自分のせいで………彼らを殺してしまったのだ。

 悔恨か懺悔かわからない涙が、次々とブルーの目から溢れてくる。


「隊長?」


「いや………大丈夫だ、何でもない」


 しかし、いま自分に泣いている時間などは無いのだ。

 動かなければ………動かなければ残った仲間たちさえ、みすみす殺すことになる。


 ブルーはよろよろと身を起こすと、虚ろな目で団員たちへ呟く。


「撤退する………任務は失敗だ」


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