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第8話 青髪の騎士

「よし、全員集まったな」


 深い森の中、オークの集落の中心で片目が辺りを見回しながら口を開く。

 中心では大勢のオークたちが、片目を中心にして巨大な円陣を組んでいた。

 集まったオークの総数は、戦闘員ではない幼体や老体を含めて200余名。

 それが、この群れに属するオークの総数であった。


「それじゃあ、これから会議を始める―――白毛」


 片目が白毛に目配せすると、白毛は頷いて円陣の中心へと移動する。


「みんなも聞いてると思うけど、とうとう人間族が攻めてきたんだ。

 今日はそのことについて話す為、みんなに集まってもらった」


 どよどよとオークの群れにざわめきが流れるが


「お前ら、まずは白毛の話を聞け」


 片目がオークたちに対して一喝すると、ざわめきはすぐに小さくなった。


「うん、それじゃあ現在の状況から説明するよ。

 攻めてきた人間の数は目算で大体500名、これは予想していた人数よりも、圧倒的に多いものだ。

 正直、俺もこんな大集団が攻めてくるとは思っていなかった」


 白毛の話を聞いて、再びオークたちがざわめきかけるが、片目が咳払いをするとすぐに静まった。


「そして、相手は『比類なき勇気の騎士団』と言われる人間族の集団だ。

 騎士団っていうのは、言わば戦闘に特化した人間の集団で、剣や弓、馬の扱いに長けている、ひとりひとりが手強いと考えて間違いないだろう」


「この間の馬車を守っていた人間たちみたいにか?」


「ああ、場合によっては彼ら以上に手強いだろうな。

 これも予想外だったことだ。

 人間たちは本気で………俺たちを皆殺しにするつもりだ」


 オークたちは片目の手前、声は発しないが、それでも頭を抱えてしまっている。

 無理も無いだろう、いかに蛮勇が自慢のオークとはいえ、状況があまりにも絶望的すぎる。


「それで―――」


 片目が白毛に対して口を開く。


「お前はこの状況に対してどうするべきだと考える。

 皆殺しにされるのは論外だ。

 それとも降伏するか………?」


「降伏も無しだな。

 降伏したところで、俺たちは皆殺しだよ。

 オーク族ってのは他の種族から死ぬほど嫌われているんだ………無理もないけどね」


「じゃあ、もう駄目じゃないか! くそ、死ぬ前に交尾してくる!」


 鼻欠がヤケになったかのような叫び声を上げるが、速やかに片目に殴られ、欠けた鼻から血を噴出しつつ倒れる。


「その通り、俺たちはもう駄目だ………まともに戦えばね」


「白毛、単刀直入に言え。

 俺たちはどうするべきなんだ?」


 片目が厳かに口を開く。


「片目、ちょっと待ってくれ。

 順を追って説明する。

 人間―――暫定的に騎士団と呼ぼう。

 騎士団は街道の前を拠点としている、ちょうど前に俺たちが馬車群を襲ったあたりだ。

 あの辺りは土地が開けていて、森を一望できるようになっている。

 俺たちがあそこに攻め込んだところで、弓矢で射殺されるのがオチだ。

 だからこっちから攻め込むのは無し。

 ………ところで、頬傷。

 騎士団の目的は何だと思う?」


「あん? たしか………俺たちが以前、人間たちの馬車を襲ったから、今回その騎士団?が攻めてきたんだよな。

 ってことは報復として、俺たちを殺しにきたのか?」


「それは半分正解で、半分間違いだ。

 騎士団が俺たちを殺しに来たのは正解だが、目的は報復じゃない、危険分子である俺たちを排除しにきたのさ。

 人間にとって、俺たちオークってのは存在していること自体が許せない、一匹残らず殺し尽くさなければ安心できない………そんな種族なんだよ。

 そして、それが俺たちの勝算にもなり得る」


「何が言いてぇんだよ?」


「一匹残らず殲滅する………これは結構骨の折れる作業でさ。

 俺たちを皆殺しにするためには、俺たちの拠点―――集落を探し出さなければいけない。

 ………つまり、この森―――要塞化したこの森の中を探索しなければいけないんだ。

 土地勘の無い騎士団にとって、これは困難なものになるだろう。

 そしてこの森の中で戦う限り、俺たちは圧倒的な有利を得ることが出来る」


 白毛の説明に今度はギザ耳が質問する。


「てぇことはアレか? 俺らは森に篭って、入ってきた騎士団とかいう連中をぶち殺せばいいのか?」


「そうだ。だけど無理をして殺す必要は無いんだ、追い返して時間を稼げればいい」


「何でだよ?」


 白毛は不思議そうな顔を浮かべるギザ耳の言葉に応えず、別のオークに声を掛ける。


「歯抜けの爺さん」


「なんじゃい?」


「爺さん、この集落にはどれくらい食料が残っている?」


「そうさな………この間の狩りで手に入れた馬が少々と、お前さんの指示で保存している肉がそれなり、あと潰しちまっても構わない雌が何匹か、ってところじゃな」


「ありがとう。みんな聞いてのとおり俺たちには食料の備蓄がそれなりにあるし、足りなくなれば森の中で狩りをすることも出来る。

 しかし騎士団は食料の補給が出来ない、彼らは今持っている食料が尽きればこの場を去るしかないんだ。

 つまり、俺たちは彼らの食料が尽きるまで、集落の位置がばれないようにすればいい。

 要するに防御に徹するんだ。

 そして、これが重要なんだけど………集落を防御する過程で人間を生け捕りにしなければいけない」


「前にお前が話していた、人間の集落を吐かせるため………か?」


 白毛の言葉に片目が応える。


「そう、人間の雌を補充できない限り、今回のことを乗り越えても俺たちに待っているのは破滅だけだ。

 今回の襲撃は俺たちにとって危機だけれども、同時にチャンスでもある」


「おお、何か、なんとかなりそうな気がしてきたぞ!」

 

 白毛の話を聞いて、鼻欠が鼻血を流しながら手を叩く。

 白毛はそんな鼻欠にうなずくと、最後にまとめるように話す。


「じゃあみんな、今後俺たちがどうするべきかまとめるよ。

 一つ、騎士団は数が多く、1人1人の戦闘力も高い、よってこちらから攻め込んだり、正面から戦ったりはしないこと。

 一つ、騎士団は森の中を探索すると考えられるので、森の中の仕掛けを駆使して俺たちの集落の位置を決して悟られないようにすること。

 一つ、騎士団を無理に殺す必要は無い。今回彼らが撤退すれば俺たちにとっての勝利だ、防御に徹して無理な追撃などはしないこと。

 一つ、防御をする過程で、何とか人間を生け捕りにすること。

 この4つが俺たちの目標だ、いいね?」


 白毛の言葉に、広場に集まったオークたちがうなずく。


「よし、ではこれから各々の持ち場を割り振るよ。

 今後は常時、見張り台や投石場に誰かがついているようにする、特に騎士団の拠点が見える見張り台は最重要箇所だから、何か動きがあればどんな小さなことでも俺か片目に知らせてくれ」


 そこまで話して、白毛は片目に目配せする。

 片目は白毛の視線にうなずくと、オークたちへ向けて声を放った。


「野朗共! 白毛の話はわかったな!?

 これから俺たちは騎士団との戦争に入る、全員気を引き締めていけよ!」


「おおおおぉ!!」


 片目の言葉に対して、オークたちが雄叫びを上げる。

 そんなオークたちを白毛は唯1人、厳しい視線で見つめていた。








「動きがねぇなあ………」

「そうですねぇ………」


 街道沿いに設営された、「比類なき勇気の騎士団」の拠点。

 その入り口でブルーとチェスナットが暇そうな声でぼやく。


「2人とも! いつオークが攻めてくるのかわからないのですよ!

 何ですか、その油断した態度は!」

「そうは言ってもなぁ………」

「こう動きが無いと………言っては何ですが………退屈ですねぇ」


 気怠い様子の2人をヴァイスが叱責するが、2人は相変わらず暇そうにぼやき声をあげる。

 騎士団がこの場所に拠点を設営してからすでに5日。

 オークたちは一向に攻めてくる気配が無いまま、『比類なき勇気の騎士団』無為の時間を過ごしていた。


「俺らの姿を見つけたら、すぐに攻めてくると思ったんだがなぁ」

「ああ、確かにおかしいな」

「団長?」


 入り口で話す3幹部の下へブラウンがやって来る。


 当初、騎士団は目的地に到着した後、エルフたちの生き残りを探す予定であった。

 しかし、シルバー村で手に入れた情報では、エルフたちが生き残っている可能性が限りなく低い。

 であれば、安易に森の中を探索するより、オークたちが攻めてくるのを座して待つべきであるとブラウンは考えたのだ。


 しかし―――


「確かにブルーの言うとおりだ、かれこれ5日間ここに駐留しているが、オーク共は一向に動く気配が無い、正直こちらとしては嫌な状況ではあるな」

「ええ、住処に居座るオークたちとは違い、我々は食料も有限ですからね」


 ブラウンの言葉を補足するようにチェスナットが付け加える。


「だろ!? やっぱこっちから打って出るべきだって!」


 ブラウンの言葉を受けて、ブルーが待ってましたと言わんばかりに声を上げた。


「ああ………」


 ブラウンは顎に手を当てて、考え込むように黙り込む。

 そして、幾許かした後………決意を固めたように口を開いた。


「そうだな………よし、明日にでも偵察隊を出そう。

 目的は森の様子見と、オーク族の出方を伺うこと」

「それであれば、是非私に!」


 ヴァイスがいち早く、ブラウンへ手を挙げる。

 偵察等の任務はこれまでヴァイスが請け負っていたのだ。

 しかしブラウンはジロリと彼女を一瞥すると、釘を刺すように言う。


「お前………ここに連れてくる条件を忘れたのか?

 お前は後方待機だ」

「むぅ………」

「ブルー」


 口を尖らせるヴァイスを無視し、ブラウンがブルーの名を呼ぶ。


「よしきた!」

「お前に偵察任務を命じる、30人の部隊を率いて森の中を探索してこい」

「任せとけ!」


 威勢よく、ブルーが敬礼すると、ヴァイスがそんな彼に拗ねたような口調で口を開いた。


「あなたが偵察ですか? 適任とは思えませんが………」

「へっへっへ、まあ今回の任務、お前は拠点で昼寝でもしてな」 

「むぅ、ブルー。後で覚えておいて下さいよ」

「おう、怖い怖い。オークの方がマシだぜ」


 そんな軽口を叩きながら、ブルーは拠点の中央へ進むと大声を張り上げる。


「おらぁ! 野朗ども、仕事の時間だぜ!!」


 ブルーの号令により、ブルー配下の団員たちが集まってきた。


 特攻部隊―――比類なき勇気の騎士団内で、ブルーを隊長とする部隊。

 任務では主に相手への突撃や、総攻撃の先鋒を務める戦闘特化部隊である。


 大声で任務の内容を説明するブルーを尻目にヴァイスがブラウンへ話しかける。


「彼で本当によろしいのですか?」

「何だヴァイス? ブルーが信用できないのか?」

「いえ………確かに彼は戦士として優秀ですが、繊細な判断を求められる偵察任務が適任とは………」

「大丈夫さ、確かに奴はやや直情的なところがあるが………誰よりも部下のことを大切に考えている男だ。

 間違っても無茶なことはしないさ」

「………確かに、そうですね」


 ブラウンの言葉にヴァイスが頷く。

 確かにブルーは好戦的ではあるが、無謀ではない。

 特攻部隊長を任されているのも、仲間思いである面が考慮されてのことであることを、ヴァイスは知っていた。


「要するに、ヴァイス殿は自分が任務からはずされたことが気に入らないのですね」

「放っておいて頂きたい!」


 チェスナットの茶化すような言葉に図星をつかれ、ヴァイスは恥ずかし気な声を上げるのだった。 







 家畜小屋と呼ばれる、汚い粗末な小屋の中。

 白い髪に真紅の瞳を持ったエルフが1人、部屋の中に座っていた。


「はあ」


 彼女は一つため息をつくと、小さな窓から空を見上げる。

 外はすでに日が沈み、空を闇夜が包んでいる。

 明かりの無いこの小屋は、夜になれば外の星しか光を得る術がない。


「今日も来なかったな………白毛」 


 そんな中でプリムラが小さな声で呟く。


『人間たちが来たんだ。

 俺は群れのみんなを指揮しないといけないから、群れを離れられない』


『しばらく、ここに来るのは難しくなると思う………

 ごめん、母さん』


『ち、違うよ、俺は寂しがったりしないよ………もう子供じゃないんだから』


 プリムラの脳裏に、白毛と最後に交わした言葉が蘇る。

 あの日、あまりここにこれなくなる、と申し訳なさそうに語る白毛に対して、彼女は寂しくなったらいつでもおいで、と冗談で伝えたのだ。

 

 その時の言葉通り、白毛はこの部屋に来なくなった。

 白毛は賢いオークだから、きっと今ごろ仲間たちから引っ張りだこになっているのだろう。

 プリムラはオークの群れの様子を詳しく知っている訳ではないが………

 白毛の話から、その様子を微かに推察することは出来る。


 体の弱い白毛を仲間たちが庇ってくれていること。

 ギザ耳という、頭は弱いが性格が良くて、武術の才能溢れる親友がいること。

 片目という群れのリーダーから一目置かれていること。

 そして、白毛は今、人間たちとの戦争における指揮官として、群れに多大な貢献をし、本人もそのことを誇りに思っているようだということ。


 ―――受け入れられている。


 同じアルビノでありながら、白毛は仲間たちから受け入れられているのだ。

 仲間たちから忌み子と呼ばれ、嫌悪された自分とは違って………。

 そこまで考えて、プリムラの胸にはチクリとした痛みが走る。

 

 時々ではあるが―――


 憎らしくなるのだ、白毛のことが。


 自分と同じアルビノで、自分と違うオークのことが………。

 

 ―――やめよう。


 こんなことを考えても、得るものなんて何も無い。


 プリムラはそっと、自分と同じ名前の花を抱き上げる。

 大嫌いな、自分の名付け花。

 自分と同じ白い花。

 そして、白毛が自分のために、わざわざ摘んできてくれた花。


 私はどうしたいのだろう。

 何を求めているんだろう。

 

 プリムラは時々、自分のことがわからなくなる。


 彼女とて、オークは憎い。

 出来ることなら、この手で八つ裂きにしてやりたいほど憎いのだ。


 この小屋に監禁されたころ。

 泣き叫ぶ自分の体を押さえつけ、毎日のように輪姦していったオークたちのことを彼女は忘れない。

 あの時の苦しみも、絶望も、嫌悪も憎悪も全て。

 彼女の胸に残っている。


 自分は決して、オークたちのことを許さない、許せる筈が無い。

 それでも―――


「白毛………お母さんはね。………寂しいよ」


 それでも、自分はこんなにも白毛を求めている。


 彼女の憎悪する、オークと同じ形をした、醜悪な白い息子を。


 憎くて愛おしい、オークの若者を………。


 暗い暗い闇の中。


 白い花を抱いて、白いエルフは独考する。


 答えのない問いを、何度も繰り返す。


 だからだろうか………。

 彼女の部屋の壁、その外側―――となりの部屋。

 そこから響く、がりがり、と言う木を削るような音に、

 プリムラが気付くことは無かった。







「ようし、お前ら! 準備はいいな!?」

「万端です!」


 朝靄の漂う、拠点の入り口。

 そこに比類なき勇気の騎士団、ブルー指揮下の特攻部隊30名が整列していた。

 過去に、ブルーと共に戦場を何度も駆け抜けた、騎士団の中でも精鋭揃いである。

 そんな部下たちを前に、ブルーが満足気な顔を浮かべる。


「一応言っておくが、今回の任務は偵察だ。

 別にオーク共を殺すのが目的じゃねえ、無理はするな。

 楽しみは後に取っておくんだ!」


 ブルーの言葉に団員たちから笑い声が上がる。


「ようし、行ってくるぜ!」


 ブルーが威勢のいい調子で、ブラウンたちへ声を上げる。


「ええ、あなた方の御武運を祈っています」

「ブルー殿。別にオークたちを殲滅してしまっても、構わないのですよ?」


 ヴァイスとチェスナットがそれぞれに激励の言葉をかける。


「ブルー」

「団長?」


 そして、最後にブラウンがブルーへと言葉をかけた。


「今回の敵、オークではあるが。

 連中、どこか他のオークと違っている気がする、くれぐれも油断するんじゃないぞ」

「わかってるって、俺が今まで何匹のオークを仕留めてきたと思ってる?」


 カラカラと笑うブルーに対し、ブラウンもまたふっと笑う。


「まあ、別に心配はしていない。頼むぜ、特攻隊長!!」

「おう!!」


 意気揚々と、ブルーを含む31名がオークたちの森へと入っていく。

 その時、拠点にいる誰もが、彼らの成功を信じ、疑ってはいなかった。


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