あの日の約束
桜が咲く季節はひとつの別れとひとつの出会いの季節。
ーーーーーーだから、大人になってまた会えるまで、ちゃんと大事にしてよね?
あの日例年より早く咲いた桜が咲く公園で、僕は誰かとそう約束した。
今はもう顔すら覚えてないが、それでもその言葉だけは忘れていない。
だから僕はこうやって桜が咲く頃には毎日のように思い出の公園に足繁く通い、日が沈むまで公園にあるベンチに腰掛けている。
あの日見た夢から僕の日課のようになった。
そして今日もまた、なにも変化はなく一日が終わる。
「・・・・・・帰るか」
誰に言うでもなく僕はそう一人呟きベンチから腰を上げ立ち上がろうとして。
「こんにちは」
不意に声をかけられ顔を上げる。
目の前には女の子が一人立っていた。
落ちきる前の夕日に反射するように彼女の金の髪が煌めく。
顔は影でよく見えないが見た目や声からして幼子であるようだ。
「危なかったな。もうちょっと遅かったら帰ってたところだぞ?」
だが顔は見えずとも僕には彼女が誰かはすぐにわかった。
「そっか。だったらギリギリセーフってやつだね」
ーーーーーー彼女こそ、僕が探していた人なのだから。
「そしたら武司のやつが最後にノーロープバンジーやってさーーーーーー」
「あははははっ」
久方ぶりに会えた彼女と僕は公園のベンチにお互い座り今までのことを話し合った。とは言っても、話すのは基本僕で彼女は僕の話に突っ込んだり笑ったりしているだけだが。
しばらく話し込み、話すことがなくなってくると僕らはお互いに黙ってしまった。
「・・・・・・そういえば、さ」
沈黙の時間を破り、僕はズボンのポケットに手を入れ彼女の目の前にそれを差し出す。
「覚えててくれたんだね」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその表情を笑みに変えた。
彼女に差し出したのは四ツ葉のクローバーを模したオモチャのネックレスだった。彼女が僕から別れるとき渡されたモノだ。
「覚えてるもなにも、これがあるから今の今までここに通ってたんだ」
僕はそう言って彼女の首にそれをかけてあげる。
「えへへっ。嬉しいな。またこうやって君にかけてもらえて」
彼女はかけてあげたネックレスを手に取りはにかんだ笑顔を僕に向けた。そんな彼女を見て僕も笑みを作り、彼女を引き寄せ抱き締めた。
「大好きだよ」
「あたしも、大好きだよ」
彼女はそう言い僕から離れ、ベンチから立ち上がる。
「良かったよ。また君に会えて、お喋りできて」
「・・・・・・もう、行っちゃうんだね」
僕に背を向ける彼女に僕の胸はチクリと痛む。
「・・・・・・うん」
彼女はそう言うだけで振り向かない。表情は見えないがよく見ると彼女の肩が小刻みに震えていた。
(彼女も、僕と同じ気持ち、なんだよな)
言葉には出さず心のなかだけで呟く。口に出してしまえば塞き止めていた気持ちまで吐き出してしまいそうだから。
「それじゃ、ありがとう。バイバイ」
振り向いた彼女は輝くような笑顔で、目の前から消えていった。
「・・・・・・またな」
幼いときのお別れから数日後彼女が死んでしまった。それでもなお僕との約束は守りに来てくれた。
死んで、それでも僕を想ってくれた彼女に僕は消えた彼女と同じく一筋の涙を流し、笑顔を空を見上げた。
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