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ソウルスピニング

 

 いつもどおり、結論からいこう。

 

 ボクはイズマの予言通り、病院の天井を仰ぐことになった。

 ただ……勝負の方は……これは、負けたことになるのかどうか、非常に微妙なところだ。

 

 イズマが、彼のアルティメット・アーツ:《ムーンシャイン・フェイヴァー》を放った瞬間――。


 ボクは押し倒された。

 飛び込んできたシオンに。


 決闘に夢中になっていたボクらは、そして、その戦いに釘付けになっていた観衆は、渦中の姫さまの動向に、まったく気がつかなかった。

 それで、ボクは気絶した。

 イズマの奥義によって……ではない。


 シオンに不意に押し倒されたおかげで、受け身も取れず、頭を――強打したんだ。


 目がさめると、病院のベッドで(これだけはイズマの予告通り)、かたわらに母さんと幼なじみのユーニスがいた。

 ええ、はい、さんざん小言を言われました。

 舞台のオーディションを受けに行って、その最中にすべって転んで頭を打った、という風に伝わってるらしいです。


 故郷の父さんはそれを聞いて食卓で大爆笑して、おなじように母さんとユーニスから小言を延々と聞かされたらしいです。

 で、数時間に渡る(これがちょっとでも反撃を試みると倍増するから、黙って拝聴するしかないのが我が家の男性的処世術なのだ)、お小言の後、地球の裏側から彼女らが来るまで、ずっと付き添っていてくれたヒトがいたのだと聞きました。


 黒髪のまるでお姫さまみたいなコが、目を真っ赤に泣きはらして――もったいをつけて話す母さんの言葉も、うっかり目を合わせたら死ぬんじゃないか、というユーニスの視線もそのときのボクを押しとどめることはできなかった。


 ベッドから飛び降り――廊下に飛び出した。

 いるわけがない――そうわかっていたのに。


 そして、病室に戻るとまたお小言が始まって、どういうなりゆきかわからないけど数ヶ月したらユーニスがお目付け役でやって来ることまで決まって、しょうがないけどソフィアさんの頼みじゃ、断れないしなー、なんてわざとらしく言うユーニスがなんで嬉しそうなのか、ボクには全然わからず……。

 

 その晩、ボクは、病院を脱走した。

 

 月夜の晩だった。

 深夜だった。

 週末、それでもまだ路上に道行くヒトたちはいて、ボクを皆、振り返った。


 そりゃそうだろう。


 患者用の服のまま、頭の包帯が取れかかっている男が、裸足で走ってきたら(靴を履いてくるべきだったって気がついたのは、脱走したあとだった。ボクは動転してたんだ)、ふつうはそうだ。。


 ル・クロ・デ・フェの前を通り過ぎる。

 グランメゾン=大きな家って名前だけあって、ここは深夜でも営業中。

 顔見知りのギャルソンが走ってくるボクを見つけて、目を丸くしてたっけ。

 ボクはそんなのも見えなくなっていて、ひたすら目指した。走った。


 どこへ?

 決まってる。フィフス・クローバーへ。


 冷静になると、ほんとは向かうべきはニュイ・ガルニエだった気もする。

 だけど、彼女の、シオンの居場所は、そこじゃないんだ、ってボクは思い込んでいた。


 それから……行き交う車のヘッドライトとテールランプの河に区切られたバカみたいに大きな中央分離帯を、くまなく探した。

 夜露に足が濡れ、震えが来るほど寒かったはずなのに――もう街には気の早すぎるクリスマス・ソングが流れてたから――ボクは夢中になってて気がつかなかった。


 方々探し回った。


 遮蔽物なんてないんだから、簡単じゃないのかって?

 それじゃあ、大型車両も行き交う深夜の環都カントの大動脈のド真ん中で、それがどんなに難しいか教えてあげようか?

 夜の環都カント、その一大歓楽街:グランドスラムは、平均高二百メートルを越えるビル群からの光の大瀑布に包まれている。

 そして、環都カントのシンボルであり、高度八千メートルという無謀を成し遂げた建築物――軌道エレベータになりそこねた、と揶揄やゆされる――クラインから漏れ落ちる光の粒が、まるでイリュージョンのなかにいるように、世界を幻惑しているんだ。


 どれくらい、探し回っただろう。

 さすがのボクも、これが自分自身の思い込み、妄想、盲目的な狂信だったと認めかけた――そのときだった。

 見つけた。

 

 フィフス・クローバーの中心部。

 フィフス・クローバーズ・ハートに立つ、彼女を。

 

 ボクは思わず、車道に飛び出していた。

 

 どうしてそんなことが可能だったのか……わからない。

 突然車道に飛び出して歩きはじめたボクのせいで、十数分、トラフィックスが混乱に陥った。

 ボクは、向かってくる車たちに、そのドライバーに、手のひらをつき出して、止まるように命じながら歩いたんだ。

 コミックやカートゥーンのなかの主人公たちが――そうするみたいに。

 バカみたいだ。あとで、震え上がった。

 ボクは異能者じゃない。そんなこと、できるわけがない。

 それなのに、間一髪で、車両はすべて止まってくれた。

 事故は、起きなかった。

 

 派手なクラクションと、ドライバーたちの怒声と罵声、それから怒りと呆れがないまぜになった騒音を|劇伴(BGM)として、ボクは、ついにすべての中心=フィフス・クローバーズ・ハートに上陸した。

  

 震えてた。

 ノンスリーブの、ツバメみたいなシルエットのブラウスと紺色のミニスカート。それきりだった。

 防寒具と呼べるものは、足下に転がる革製のジャンパーだけ。

 ボクのものだ。

 きっとさっきまで、彼女はそれに包まっていた。

 そして、ボクの巻き起こした騒乱で、ボクに気がついた。


 立ち上がり、立ち尽くしてた。


         ※

 

 どうして、あのとき、そこにわたしは、いたのかわからない。

 ただ、想ったのだ。強く。


 逢いたい、と。

 アシュレに、と。


 そう思うなら、病院へ行くべきだっただろう。

 いや、アレが目覚めるまで、本当は一生でも付き添うつもりだった。

 けれど――アシュレのお母様:ソフィアさんと幼なじみの、ユーニスという娘にあって、わかったのだ。


 わたしは、ここにいてはいけないのだと。


 わたしが、アシュレに期待したことは、分をわきまえない望みで、ほんとうは願うことさえ許されないことなのだと。

 だいたい、赤の他人であるわたしが、アシュレの心の空虚について腹を立てるということ自体が、互いの心の領分をわきまえない、不遜な勘違いなのだ。

 わたしのしたことは、相手の腹のなかに無断で手を突っ込んで、その不備を指摘して、罵倒したのと同じことなのだ。


 恥ずかしい。

 死にたい。


 それなのに……逢いたくてたまらない。


 アシュレが追いかけて、それも、ニュイ・ガルニエに単身で乗り込んできてくれたとき、わたしは心臓が壊れてしまうのではないかというほど速く打つのを感じた。

 震えて、手足が強ばって、動けなくなった。


 怖かったからではない。


 本当に恐ろしかったのは、わたしの肉体に作用した感情の正体を知ったときだ。

 嬉しい、とそう思ったのだ。

 来てくれたことが、嬉しくてたまらないのだと、わかったときだ。


 あの朝、わたしの渾身の怒りをベッドで叩きつけたあと、イズマを腹いせみたいな方法で、車のエアバッグによるパンチアウトにした揚げ句、わたしは、どうなったと思う?

 毎晩、いや、気を抜いたらアシュレのやつがわたしの頭と胸と心を占領して――めちゃくちゃに、めちゃくちゃになったんだ。

 

 知っているか?

 伝達するには、だれかになにかをメッセージするには、一番最初になにをしなくちゃいけないか。

 どうしなければ、伝えられないか、わかるか?


 文章を練ること? 

 言い方を練習すること? 

 考えをまとめること? 

 話す順序を考えること?


 ちがう、どれもちがう。

 どれも間違ってはいないが、一番最初にすべきことではないんだ。


 教えよう。

 それは「伝えるべきことを、まず自分がはっきりと知る」こと、だ。


 だから、あの晩わたしは、アシュレにサインスピニングをぶつける前にそれをした。

 そしたら、わかったのだ。


 わかるか?

 あのときの、わたしの気持ちが。

 どんなに心がめちゃくちゃになったか。


 心も肉も全然収まりがつかなくなって、どうなったか――考えたことがあるか?

 もし、あれを観てさえ、あやつの心が空っぽのまんまだったなら――そう考えて、どんなに脅えたかわかるか?

 あの一週間が、どんな日々だったか、オマエたちに、わかるか?

 

 そして……あの男が、アシュレが、ニュイ・ガルニエに、見えざる意識の壁を――フィフス・クローバーを囲む広い道路が分かつ、厳然たる現実という名の壁を越えて、やってきてくれたときのことを。


 イズマとの死闘を演じてまで、わたしに伝えたいことがあるのだ、と言ってくれたときのことを。

 胸が苦しくなって、呼吸ができなくなって、四肢が強ばり、立てなくなって。


 あのバトルを見守るわたしが、どんなに《伝達》されていたと思う?


 戦いの最中で、研ぎ澄まされていくアシュレの“心”がはっきりとわかった。

 恐いくらい伝わって、わたしは震えたんだ。

 そのサインに。

 

 だが、けっきょく、そのすべてを台無しにしたのは、わたしだった。

 気がついたら、アシュレを助けようと身体が動いていた。


 そして、アシュレは気づいてないかもしれないが――イズマの《ムーンシャイン・フェイヴァー》の直撃から、わたしをかばってくれた。

 それで、あんな、受け身も取れないような倒れ方をしたのだ。

 どうやって、どうやって償ったらいい?

 

 うわあああああああああん。うわああああああああああああん。うわああああああああああああああん。

 

 うるさいっ、わたしだって、こんな泣き方したくないっ。

 でも、でもっ――うわあああああああああああああああああああん。

 

 わかっていた。

 もう、あの日々は戻らぬのだと。

 父と母と同じように、取り戻すことも、二度と触れることもできない場所に、それは行ってしまったのだと。

 

 笑うがいい。

 では、どうして、ここで、だれを待っていたのか、と。

 

 わたしは、わたしは、結界を張った。

 わたし自身を消し去るための結界。

 一メートル四方の、わたしだけの《テラ・インコグニタ》を。

 

 それなのに、どうして、あのバカは、わたしを見つけて、あんな危険なマネをしでかして、派手に、車を何十台も塞き止めて、歩いてくるのか。

 ぺらぺらの、吹かれたら飛んでしまいそうな薄着で、頭の包帯が取れかかって、裸足で泥まみれで。

 

 それなのに、なぜ、そなたの周囲が輝いて視えるのか?

 周囲を行く車のハイビームが、背後からそなたを射るからか?

 いや、きっとそうだっただろう。

 だが、わたしにとってそれは黙示だった。

 

 すぐにわかった。

 

 これはヒトではないのだと。


 これは火だ。

 ほのおだ。

 そして、そのほのおを灯したのは――わたしだ。

 

 そのヒトのカタチをとったほのおは、躊躇ちゅうちょなく、一線を踏み越える。

 わたしの張った結界を、孤独の砦を、破る。

 

 それから、手を差し出す。

 

 だから、わたしは差し出す。

 互いが、互いに伝達するための道具を。

 純白のスピニングボードを。

 

 言葉でも、抱擁でもない、心に直通するための鍵を。

 

 伝えるためだけではない。

 伝えられるために。

 

 伝えあうために。

 

         ※

 

 どうして、とあのとき、シオン、キミは聞かなかったね。

 どうして、とあのとき、アシュレ、そなたは聞かなかった。

 

 月下の花みたいに、黙って、震えて、無防備で――ボクを見ていた。

 どこかの施設から脱走してきたみたいな姿で、わたしを見ていたな。

 

 キミの抱えるボードに、ボクは気がついた。

 わたしの差し出したそれを、そなたは受け取った。

 

 キミは、芝生にペイントされた、ちいさなスクエアのなかにいた。

 その枠線を、そなたは――越えてきてくれた。

 

 エンゲージ、とそれだけ、シオン、キミは小さく言った。

 この遊戯の名前――そなたには、それだけで充分であったろ?

 

 どこの店名も、ロゴマークも、エンブレムも、刻まれていない――純白の翼のようなボード。

 

 ボクは了解した。これは、

 わたしは説明しなかった。これは、

 

 この狭い狭い檻のなかから、

 発信される、

 ふたりで、

 ひとつの、

 無名のボードを、

 共有して、

 競いあって、

 奪いあいながら、

 与えあう。

 

 その間で、回転しながら、

 やりとりされるサインは、

 エネルギーだ。

 

 どこかの、

 だれかへ、

 届けるためではなく、

 

 去ってしまった者たちとの、

 過去を、

 やりなおすためではなく。

 

 目の前の、

 あなたにだけ、

 届きさえすればいい、って

 

 そう覚悟された伝達だ。

 

 見るのでも、

 聞くのでも、ない。

 受け身の不在。

 永遠に――不在。

 

 ともに、たったひとつのことを、目指して、創り上げる。

 伝えあい続ける。

 実践だけが――それを可能にする。

 その作法:エンゲージ。

 

 だから、わたしは、そなたと、ともに、踊る。

 だから、ボクは、キミといっしょに、踊ろう。

 

 わかるか。

 わかるよ。

 

 これが――。

 

 




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