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幼生の國の姫


 ああ、わたしだ。シオンだ。


 どうもこの話は、一区切りごと、こうしてカメラが切り替わるらしい。

 面倒くさいうえに、だいぶ気恥ずかしいな。

 こう、心を覗かれてる感じが――する。


 んー、なんだ、気になるのか、その、わたしの言葉遣いが。


 そうだろうとも――わたしだって気にしていたことはある。

 二十一世紀も終わりが見えてきたこのご時世で、いくらなんでもこれはない。

 わかっているさ。

 けれども、だな。

 三つ子の魂、百まで。

 そんなことわざがあっただろう? 

 むかし、それは三つ子は長寿になるという意味だと思っていた頃がある。


 うるさいな。しかたないだろう。

 その諺を持っていたくには、もうこの世界にはないのだから。

 そして、わたしは、そのくに末裔すえなのだから。

 とりあえず、そのあたりをわかりやすく説明するには、わたしの生い立ちと、母親の話をしなけりゃならん。

 

 阿礼桜子アレ・サクラコ――それがわたしの母の名前だ。

 

 そうだ。日本人だ。ジャパン・ディアスポラ。

 その第一世代。逃げ遅れた人々。

 だからわたしにも漢字の名前がある。


 紫菀。


 これでシオンと読むのだそうだ。どうだっていいことだがな。

 死滅した言語などに、わたしは興味がない。

 

 だが、わたしの母、サクラコは違ったらしい。

 一夜にして、そこに暮らす人々の大半と電子化されたすべての情報を消し去ったあの認知情報災害:《ブルーム・タイド》。

 前世紀において、二発の核兵器攻撃を含む壊滅的で決定的な敗戦の歴史と、その焦土から不死鳥のように甦り、経済大国なんて言葉を生み出した國。

 そして、その過程で培われた国民の精神性から『幼生の國』と諸外国に揶揄やゆされたわたしたちの、もうない故郷。


 わたしの母は、その國の最後の生き残りだった。

 いまでも、国連統治下にあるこのくにに点在する「日本人居留区」には、そういう逃げ遅れた人々が数万人ほど暮らしている。


 すまない、政治的背景など退屈だろう?

 これでもずいぶん手短にしているのだ。

 詳しくは歴史の教科書に譲ろう。

 ともかく、日本という國は、もうない。言語も。


 それなのに、純血の日本人である母〔やっかいな!〕は、わたしに正しい日本語をどうしても受け継がせたかったらしい。

 書籍と、それから人類学者たちが必死になって再現した……なんていうんだ――物語によって、わたしの言語の基礎は培われた。

 それが、こうして現在の共通規格言語:〈エフタル〉に、影響を及ぼしているというわけだ。

 

 な、なまっている、というのか? こういうのを。

 

 わ、わたしだって恥ずかしいのだ。

 ただ、恥じ入っていると、話せなくなるからこうして頑張っているのだぞ?

 笑うな!!

 

 それで、サクラコって、もしかして――当然、そうくるだろうな。

 そうだ。伝説の四人のサインスピナー。

 そのうちのひとり、サクラコは、わたしの母親だ。

 わたしがサインスピニングを始めた理由も、そこに起因する。

 

 ただ、思うに――サインスピニングで注目されはじめたとき、母の心はもう平衡へいこうを欠いていたのだろうな。

 

 わたしの父も日本人だった。

 母と出会ったのは、やはりサインスピニングがきっかけだったらしい。

 ふたりが出会った頃はまだA Rオーグメンテッド・リアリティと実体看板の併用が中心だったらしいけれど、消費的電力な理由と、景観保護の両面から、日本のディスプレイは急速に仮想現実側にシフトしていった。

 実体のある看板そのものが、だんだん珍しくなってきていた時代のことだ。


 いくらでもムリな注文がまかり通るAR広告たちに対して、物理実体である看板を振り回して立ち向かうバカどものなかに、若き日の母がいた。

 それで、わたしの父は打ち殴られたんだという。

 その舞いに見とれていたら、実際に、その看板で。側頭部を。

 それでAR眼鏡が吹き飛んだ。


 もちろん、母だって故意じゃない。事故だ。

 だが、それはふたりにとって恋の始まりだった。

 夢見る乙女みたいな顔で、母親から、そのなれそめやらヰタセクスアリスなんぞ聞かされる娘の身になってみろ。


 じょうだんではない、というのが当時の印象だったが、いま思い返してみれば、母にとって、父は自分がこの世界にとどまっているために必要不可欠な錨――アンカーだったのだな。

 

 母は壊れてしまった。

 父が――逃げてしまったからだ。

 母から、ではない。

 この世界から。

 

 どこに?


 《テラ・インコグニタ》――いまやこの惑星、この世界を包む量子的ネットワーク:〈ガーデン〉と、そこへの接続を可能とするパスポート:〈ハーネス〉が覆い隠す、我々には知覚できない領域だ――と研究者たちは言う。

 

 むかしから夢見がちなヒトだった、と母は父を語るとき、必ずそう切り出した。


 研究者だった。

 いまでは〈ガーデン〉と我々が接続する際のインターフェイス、橋渡し役、そして、接続後はコンシェルジュ役として振る舞う仮想的脳内存在:〈グリフ〉の基礎設計に助手として関わったのだそうだ。

 そう、〈ガーデン〉で私たちの分身となってくれる存在=〈グリフ〉。

 こういう存在を、むかしはアバター、とか言ったらしいな?

 父は、その設計技師だった。


 阿礼稀人アレ・マレヒトといえば、〈ガーデン〉の基礎設計者:緋鳥一歩ヒトリ・イッポに次いで、その業界では、ちょっとしたものだったそうだ。

 

 だが、あの事件:《ブルーム・タイド》を機に、父はすっかりおかしくなってしまった。

 国連軍からの出頭命令。事情聴取。

 ようやく家に戻れたのは一年後だったそうだ。

 すっかり、別人になって、精神に変調をきたして。

 その間に、母はわたしを生んだ。

 数年して、父は消えた。

 あの日、向こう側へ逃げてしまった、わたしの國の大半の人々と同じように。

 電子的痕跡を完全に消し去って。

 

「あなたのその瞳はね、お父さんが〈ガーデン〉から採ってきたものなのよ?」

 そう言って悲しそうに、愛しそうに微笑む母に、わたしはなにを言えばよかった?

 

 そして、わたしが物心つくと、母はサインスピニングを再開した。

 もちろん、現実的な問題もあった。収入だ。

 世界初の認知情報災害:《ブルーム・タイド》を引き起こした日本人は、危険因子と見なされていた。

 あらゆる情報ネットワークへの接続は制限され、監視下に置かれた。

 このご時世、ネットワークから切り離されたスタンドアロンの存在が、いったいどれくらいまともな職につけると思う?

 それで母は、自分にできる仕事を選び取った。


 ただ、こうも言っていた。

「こうしていると、あのひとを、ときどき、とても近くに感じるの」

 恋をする乙女の顔でわたしにそう言った母は、まちがいなくそのとき、美しかった。

 たとえ狂っていたとしても。

 

 母にとってサインスピニングは――ただの広告、ただの仕事ではなかったのだ。

 

 それは、去ってしまった父に対する必死の、命がけの合図だったのだ。

 ここよ、ここにわたしはいるよ、という。

 

 それから、やはり数年して、母はアサイラム――特殊隔離病棟の住人になった。

 同じ日、わたしも施設の子供になった。

 

 それで――あー、なんだ、その期待するような、お仕置きにおびえる犬みたいな目は。

 

 ないない。性的虐待とか、そういうありがちで悲惨で凄惨で、それゆえに、そのなんだ? 

 こんな美少女が無事でいられるはずがない?

 そなた、伏せるがよい――それは妄想だッ!!

 

 そういうのはない。

 一切ない。

 なかった。

 

 終わらないキャンプ生活みたいで、楽しかったよ。

 

 篤志家のところの養女になるのも、そう時間はかからなかったな。

 なにせ、わたしは利発で、可愛らしかったからな。

 なんだ? 異論があるのか? いまでも、可愛い、だと? バカめ、美しい、だ。うん、わかればよろしい。

 

 ところが養女になって、驚いた。

 ソイツはなんと、かつての母の親友だった。

 母がいつも仕事を廻してもらっていた相手だった。


 ママ・ガルニエ、とわたしの義母は周囲の連中に呼ばれている。


 フィフス・クローバーの南西側=巨大で猥雑な繁華街:グランドスラムにあって知るヒトぞ知る、パレ・ニュイ・ガルニエ。

 そのオーナーにして女支配人がわたしのママだ。

 ああ、パレ・ガルニエというのは、もちろんフランスのオペラ座のことで、ニュイ・ガルニエ、というネーミングは、だから「夜のオペラ座」という程度の意味だ。


 しっているか? オペラ座の怪人。


 オペラ座とその地下に広がる地下迷宮を住み処とする、舞台に魅入られた、醜く哀れで、それなのに悲しいほど純粋な男。

 理想を体現しようとして――怪物になってしまった男。

 おっと、すまない。どうも物語りはじめると、とまらなくなる悪いクセがわたしにはある。


 ゆるせよ?


 もちろんニュイ・ガルニエは、本物のレプリカ――いや、正直に告白する。相当見劣りするショーパブが、その日からわたしの家になった。


 ショーパブ、ってところがどんなところかは、できたらお父さんに訊いてもらうのがいちばんだけど、まあ、ざっくりと説明すると、女のヒトが舞台で踊ったり、お客さんはそれを楽しんだり、お酒を飲んだり食事をしたり、舞台で踊ってた女優さんとお話ししたりするところだ。


 どうだ、わかったか?


 それで、そのママのもとでわたしは大切に育てられた。

 なんだ? それこそ危ないんじゃないか、みたいなその目は?

 安心せよ。そういうのも、ない。いっさい、ない。


 わたしは、なにごともなく義務教育を卒業したし、それ以降も順調に推移している。

 元は彼だったというわたしのママは、じつはある組織の幹部だった経歴も持っていて(PMSCとか言っていた)、その関係でウチに出入りする連中はみな、わたしには敬意を持って接してくれた。

 まあ、同じ繋がりでうざったいお目付け役が張り付いてたりもするんだけど。

 イズマ――ああ、そのお目付け役の男な。

 あんしんせよ。今回、きゃつに出番はない。

 

 それで、なんでまた、サインスピニングか、って話だったな。


 それは、断られたからだ。

 ママに。ママ・ガルニエに。

 家業を手伝いたい、一緒に働きたい、舞台で踊らせて欲しい。

 エレメンタリースクールを卒業した晩、将来の夢について、そう言ったわたしを、ママは一喝した。

「だめよ」と。

 それから泣かれた。ごうごうと。それはもう、うんざりするくらい。切り出したことをわたしが後悔するくらい。しまいには髭の処理の甘い顔で頬ずりされたよ。

「お願いだから、それはダメ」

 そう言われた。

 普段は聞き分けのよい娘でいたつもりだが、こればかりは素直に承服できなかった。

 なぜって、わたしはダンスが大好きだったから。

 引き取られてからこっち、舞台袖と楽屋と客席で、オペラとラヴェルを友として、スポットライトを浴びる女優たちをずっと見てきたんだ。

 それに魅入られるな、なんてムリな話さ。


 ニュイ・ガルニエの設備はそれなりだったけど、舞台に賭けるママの意気込みは本物だった。

 わたしはそれに憧れた。

「なぜ?」

 理由を訊いたわたしに、ママが浮かべた表情を、わたしは忘れない。

 

 問題はまたもや、わたしの血統にあった。

 純血の日本人、及び、両親のいずれかに純血の日本人を持つ者は、正規の劇場、その舞台に立つことを禁じられている。あの《ブルーム・タイド》以降。

 そんな法律があることを、そのときのわたしは知らなかった。

 じつは、もっと幼いとき、ママはわたしをバレエ・スクールに入学させようと思ったことがあるのだと言った。

 そして、この法律に気がついた。

 

 国連が定めた、日本人のネットワーク接続とメディア露出に関する特例法。

 実際、《ブルーム・タイド》の後でも、日本人たちの消失は続いていたし、なんなら、わたしの父親がそうだった。母はそのせいで心を壊してしまったのだ。わたしは、その直系だった。

 その血統に《ブルーム・タイド》の原因があるのだと、まだ信じられていたとしても、それは無理からぬことだった。

 

 そして、この子には才能がある――舞踏の天賦の才が。

 そうママは見抜いていたのだという。

 だが、だからこそ、日の目を決してみることのない場所に愛しい娘を放り込むことはできなかったのだ、と。

 そして、もうひとつ。

 ママ自身が生業とする稼業に覚悟なしで足を染めることは、将来的にはオマエのためにならないことだ、と諭された。

 せめて大人になるまで待ちなさい、と。

 

 それで、家出した。

 リュックサックにお菓子とぬいぐるみ(なにかすごくキモ可愛い系だった)、それからお気に入りのお洋服だけを詰めて。

 一週間くらいだったろうか。グランドスラムのあちこちを泊まり歩いた。


 もちろん後から気がついてみたら、それはママの知り合いの女性たちであり、うしろをこっそり尾行してきていたひょろながのぺらぺらアフロマンは、件のイズマだったりしたわけで、けっきょくわたしはママの手のひらで踊っていたわけだが、とにかく一週間の家族間断絶をキメてやった。


 戻った後、楽屋の女たちに、そのときのママがどんなだったかを聞いたのだが、とにかく、彼女たちのために二度と長期的な家出は慎むべきだとの教訓を得た。

 吠え、猛り、壊し、うろつく、と言われたら、まあすこしは考える。

 こっぴどく叱られたよ。

 でも、嬉しさしか感じられなかった。

 わたしは、想われているのだなあ、とそう思って。

 

 キチンとごめんなさいをして、そのあと、わたしなりの妥協案を提出した。

 それがサインスピニングだった。

 ママは怪訝な顔をして、思案したよ。

 わたしの母のことがあったからな。

 だが、結局はOKしてくれた。

 娘の心までを牢獄に縛りつけておくことはできない。

 そう理解してくれたのだろう。

 

 それでわたしは、サインスピナーとしてデビューを果たした。

 ただ、そのとき、わたしはすでに、ダンスが大好きなだけの少女ではなくなっていた。

 

 不条理に対する怒り。

 自身の血統に対する憤り。

 それがわたしを突き動かしていた。

 わたしたちから可能性を奪い取り、ママを泣かせた根源に対する、憤怒。

 

 それなら、わたしは、わたし自身を消し去ってやる。

 この呪われた血と幼生の汚名、その結末に受肉したわたしという存在すべてを。

 そう決意し、決定して、狂信した。

 

 そうやって、わたし自身を消し去ったなら、そこに残るのは純粋なダンスだけで、サインスピニングだけで――もっと突き詰めたらサイン(記号)だけとなる。

 そうではないか?

 

 自己表現ではない。

 自己消滅の、そのプロセス、作法としてのサインスピニング。

 自らを消し去ることで、サインは完全となり、無視を許さぬ存在となる。

 

 わたしという存在は無視できても、生けるサインとなった存在を、その獰悪どうあくな純粋さを、ノーバディ、だれも、無視なんてできやしない。

 無視したり、させやしない。

 

 わたしは、踊る踊る踊る踊る。

 舞って舞って舞って舞う。

 くるくるくるくるくるくるく。

 わたしがサインに、サインがわたしに。

 いつしか、わたしは〈ローズ・アブソリュート〉となる。

 気高き薔薇ばらより、なお純粋な、真実の薔薇ばら――。

 

 その結果、わたしは生ける伝説として語られることになった。

 破滅覚悟でなければ触れることさえ許されない孤高の花:〈ローズ・アブソリュート〉のサインスピナーとして。


 スピナー界隈、フィフス・クローバー界隈で、そのことを知らないヤツはいないはずなんだが――まさか、そんなヤツが目の前に現れるとは思わなかった。

 そのうえ、そいつは自分がどんなに噂されているかも(天才だと)知らなくて、それがまたおかしくて――ユニーク――それでわたしは、ソイツのことがもっと知りたくなって(次々と饗される美味い食事も実に魅力的だ)、いま、ここにいる。


 人生二回目の無断外泊。

 無防備に、けれども抜かりなく、ソイツを値踏みしている。

 

 家族にメールを打つふりをして「一線を越える」という言葉の意味を、携帯端末の電子辞書で調べながら。

 

 


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