フィフス・クローバー
魅入られたことは、ある?
断っておくけど、ちょっと感動して、そのあと自分の都合で日常に戻ってこれる――そんな程度の心の動きのことを、ボクは言っているんじゃない。
魅入られるって言葉は、そして、魅入られたって言葉の意味は、本義的には「魔物と出会ったことが、そして、心を奪われたことがある。そのせいで道を踏み外したことがある」ってことだ。
美しくも、呪われしものと相対したことがある、ってことだ。
だから「ある」ってヒトは答えて欲しい。
そんな経験をして、どうしてアナタは無事でいられたの?
目の前に現れた存在の魔性に魅入られ、心を奪われて、道を外れて戻れなくなったのに、どうして無事に、そうやって日常してられるの?
じゃあ、そういう、オマエはどうなんだって?
ありがちな切り返しだね。
あるよ。あるから、こんなことを訊くんだ。
ボクが戻れなくなった理由を、アナタに話すんだ。
戻らないと決意した理由を話すんだ。
ソイツは、最初、まるで花束みたいだった。
東西南北、十車線の道路が一ヶ所で交わるバカみたいに巨大な交差点:フィフス・クローバーの隅っこで、真っ青な花弁を揺らしていた。
鋭い棘に護られて咲く、青いバラの花のように。
天気さえよければ、一〇〇ダースの家族が敷布を広げてピクニックができる芝生の絨毯も、冷たい小雨のぱらつく、ここんところの空模様にくすんでた。
そんな、だれもが下見て歩くよな灰色の空の下で、すっくと立つ、ソイツのまわりだけが光ってたんだ。
比喩じゃない。ほんとさ。
降り注ぐ小雨が、ソイツの肉体が発する熱で蒸発して、純白のヴェールを纏ったみたいに光っていたんだ。
なぜって? ソイツはね、踊ってたんだよ。
無言で、音楽もかけずに、たったひとりで、サイレントに。自分の背丈以上もあるサインボードを、まるで翼みたいにはためかせて。
小さな、でも恐ろしくしなる身体で。
折りたたむと車に轢かれて死んだカエルの死骸みたいにぺちゃんこになるくせに、次の瞬間には鋼でできた板バネの強靭さで跳ね起きる。
ボードを宙に放り投げてエアリアルをキメたあと、ほそっこい身体に腕を巻き付けて急旋回――ピルエットする。
そんなときは、ホントにちっちゃくて、空を映すスカイ・スクレイパーの窓にぶつかって死んでしまったアジサシの死体にするみたいに「両手で優しく包まなくちゃ」って思わせるのに、腕を一杯に広げて回転すれば、たちまち不死鳥のように甦る。
そんなふざけた生きものが、そのとき、一匹、たしかにあの中央分離帯にいた。
シアター:ニュイ・ガルニエと、その看板演目:〈ローズ・アブソリュート〉――青いバラと姫君が描かれたサインボードを、自分の翼とする奇跡の生きものが、そこに、いた。
ボクは言葉を失って、立ち尽くしてた。
ソイツが、その舞い――サインスピニングをやめてしまうまで。
そして、その終わりは、出会いから比べれば、しごくあっさりしたものだった。
ヴァリエーションをひと通り踊り終えたソイツが、ボードを掴むと、抱え込むように身をかがめたんだ。
一秒後、突風がストリートを駆け抜けた。
サインスピニングの最大の敵は、雨じゃない。
風。
サーファーの使うサーフボードの半分以上は優に面積のある宣伝看板=ボクらの使うサインボードは、ちょっとした風で煽られて飛んでいく。
飛び行くボードは凶器にさえなる。
だから、風の日はボクらスピナーは、ボードを廻さない。お天気次第のお仕事ってわけ。
ただ、困るのは都市部名物のこういう突風だ。馴れてくると前兆を感じられるんだけど、この中央分離帯では同業者が何人もボードを飛ばされて、出入禁止を申し渡されてる。
だけど、ソイツはその突風の到来を予見して、ボードを抱え込んだ。
わずか、二、三秒のタイミングだ。
それだけで、一流だとすぐにわかったよ。
ソイツは見事にボードを風から守りきった。
小さくて細い身体が吹き飛びそうだった。踊りをやめてソイツを使ってたボードと対比すると、ホントにすごく小柄だった。
そして、突風のヤツはソイツが守りきったボードのかわりに、かぶってたベースボールキャップを吹き飛ばしていきやがった。
それでボクは、ようやく、ソイツの正体を知ったってわけさ。
帽子のなかに編まれて押し込められてた長い黒髪が宙を舞った。
いや、雨に濡れてはっきりと線の出た彼女の姿を見れば、女のコだってことは、すぐにわかっただろうに。
どうして、わからなかったんだろう。
こんな言い方でいい?
彼女のサインスピニングしか、そのときのボクには見えなくなっていた。
それから、奇跡が起きた。
ボードをがっちりホールドしてから立ち上がった彼女が、ボクに言ったんだ。
「そなた、傘が飛んで行ったが、いいのか? アシュレダウ。サインスピナーだろう? 帽子は事故だと言い張れるが、店名入りの傘を飛ばしたのがバレたら、まずいのではないか?」
それで、どういうわけか、ボクはいま彼女とボクの家にいる。
飛んで行った傘は結局見つからなかった。
グランメゾン:ル・クロ・デ・フェ。ブドウ蔓の絡まった魔女の杖――そんな看板を掲げるふたつ星レストラン。
そこのロゴと店名入りの傘を一本、ボクは紛失したわけだ。
たまたまその日、アルバイト料の支払いを受け取りに行って、雨に祟られたボクが失敬したそれは、店の常備品だ。
こういうふうに、傘を忘れて入店して雨に降られた客に店が貸し出す名目のもので、じつはかなり、いや相当に金がかかっている。
まあ、ある程度、こういう店とそこに出入りする客層を観察してたらわかると思うんだけど、彼らはまず歩いてなんか来店しない。
お車で、通りに張り出した屋根を備える当店の前までおいでになり、そこから女性をエスコートしたりされたりしながら、入店なされる。
店に入ってテーブルにつき、食事を終えて帰宅するまで、もしかしたら百歩も歩かないんじゃないか? 屋根のついてないとこなんて、歩いたりしないんじゃないか?
男性諸氏、やってみたらわかると思うけど、よほど鍛えてないと、ピンヒールで三十分も歩くなんて、ホント拷問だから。
じゃあ、なんのためにそんなモノが――つまり豪華なお金のかかった傘があるのかって? それは決まってる。
プレゼントなんだよ。
常連さんや、お得意さんになってくれそうな方へのね。
握りの装飾とかもすごく繊細で豪華。
このブドウのエンブレムは純銀なんだよ?
もちろん、そんなことおおっぴらにできやしない。
だから「お貸しする」んだ。そういう方々に、品良く、質もよく、さりげなく広告の入れられた店の傘を。
そうすると、あくまで「お貸し」しただけであり、もし返していただけなくても、当店としてはけっこうですよ、という名目でプレゼントができる。
それで、あんまりないことだけど、律義に返しにきた客がいたなら、
「わざわざ、このためにご来店くださったのですか。どうか、当店のスペシャリテをご賞味ください」
とかなんとか感激した顔をして、上席にお通しすれば、はい、常連客一組さま出来上がり。
そういうやりかた、戦略なんだよ。
去年、落とした星を取り戻そうと、必死なんだ。
オーナーとシェフが料理に関する見解の相違で対立して、フェ――つまり魔法みたいな腕を持つ女性が抜けちゃったからね。
ボクみたいのが、グランメゾンの看板抱えて廻ってるのも、その関係。
どうしてだか、ボクの家に来ることが決まってしまったあと、ボクは彼女にそんなことを説明していた。
ふうん、と彼女は相づちし、
「ずいぶん空っぽな連中なのだな」
とそれだけ言った。
「そう。そして、そういう空っぽな人々の目にとまるべく、ボクらはくるくる廻したり、自分が廻ってたりするのさ」
おどけて言うボクの横で、彼女は獰猛な笑みを広げた。
それでいま、ボクはシャワーを浴びてる。
彼女――シオンは、先に浴びて……ええと、彼女のTシャツとホットパンツと、それから下着は……いま、ランドリーで廻ってる。
もちろん、雨のなか立ち尽くした揚げ句、傘を失って帰ってきたボクのものもだ。
いや、ちょっとまってくれ。
別にボクはなんにもやましことなんかしていない。
いや、あの、この先が、どうなるかは――わからないんだけれども。
とにかく、サインスピニングを終えたシオンを放っておくことなんて、できやしなかった。
雨と汗でぐっしょり濡れてたし、その……なんていうかいろいろ――舞い終えた高揚で上気したシオンの肌が、白いTシャツから、すっかり透けてしまっていたから。
だから、ボクは、おもわず着ていたファー付きの革ジャンを彼女に纏わせてしまったんだ。
求愛ディスプレイの相手を値踏みする雪豹のような視線を感じながら、シオンの逆鱗に触れないようにそれを纏わせるのは、正直、極度の緊張を強いられた。
そうして、正面に再び立ったボクを、その深い紫色の瞳で覗き込み、シオンは言ったのだ。
「そなた、わたしをどうしたいのだ」と。
ボクは答えていた。精いっぱいの誠実さで。
いま思うと、バカ丸出しで。
「服が乾くまで、食事は、どうかな。その……ボクの家で」
「たっぷりか?」
「え?」
「食事は、たっぷりあるのか?」
ボクとしては渾身の勇気を振り絞ったつもりだったんだけど、シオンの関心事というか、確認すべきことはそこだったらしい。
「もちろん」とボクは請け負った。
それで、まあ、いま、こんなことになっている。
浴室から出て、ボクはまた慌てるハメになった。
冷蔵庫を覗き込んでいた。
全裸で。濡れた頭髪をバスタオルで拭きながら。
神さま仏さまお父さま。
オンナノコガ、ボクノヘヤニイマス、全裸デ……。
重要な箇所はかろうじて冷蔵庫の扉で隠されていたんだけど――いや、だめだシオン、こっちを振り向いちゃいけない。
「信じられない女のコだな、キミってヤツは――あぶないだろッ!」
ボクは思わず教育的指導のポーズを取っていた。わかる? 胸の前で両腕をぐるぐる回して、最後に右手の人さし指で相手を指す、アレ。
「すまなかったよ。たしかに、ひとさまの家の冷蔵庫を勝手に物色するのは礼儀作法に反することだ」
いけしゃあしゃあと答えて、サイズの全然あっていないボクのTシャツと七分丈のジーパンをひっかけただけの彼女はいま、ボクに髪の毛をドライヤーでブローさせている。
1パイントサイズのチョコミントアイスクリームを、もりもりと抱え食いしながら。
「風呂上がりはアイスであろう。チョコミントはわたしの三番目に愛するフレーバーだ」
そんなことを言いながら、ボクをはべらせるシオン。
この口調といい、いったい何者なんだろう。
「それはこっちのセリフだ。いきなり、見ず知らずの女を自宅に招き入れるとは、そなた、女衒であろう」
ボクの問いは、ばっさりと切り返された。
「そんなんじゃない」
「知っているよ、アシュレダウ。からかっただけだ。そなたは女衒ではない。
噂になっている。
かつて、フィフス・クローバーに君臨した四人のトップ・スピナー。ラダメ、サクラコ、シルヴィス、ライカ。
そこに加わるべき天才、その片鱗を持つ男」
シオンの言葉に、ボクは胸を突かれた。
知らなかった。そんな噂になってるなんて。
サインスピニングの歴史については、じつはスピナーであるボクもよく知らない。
でっかいサインボードを持って、路上で客引きしてた連中が、退屈しのぎに始めた遊戯が元だって聞いたことはある。
それがいつしか、自己表現の、つまりアートとしての段階にまで高められたってことは、聞きかじったこともある。
それ以上を調べようと思っても、記録情報がまだらに虫食い状態ないまの世界じゃあ、正直、なにが起源なのかはっきりしないからだ。
ただ、ラダメ、サクラコ、シルヴィス、ライカ、この四人の名前だけは、そんなボクでも知っている。
フィフス・クローバー……巨大な十字路に配置されたクローバーの葉っぱみたいな四つの中央分離帯。
そのひとつひとつを己が領土とした伝説的なスピナー、王たちの名前だ。
そして、彼らを上回る者だけが、いつか、四辺を道路に囲まれた――すなわち完全な衆人環視の土地――五番目の葉にしてすべての中心=フィフス・クローバーズ・ハートに君臨できる。
そんな伝説が、この街――環都にはあるんだ。
まさか、ボクがその伝説に加わる資格を持つひとりだなんて、その片鱗があるだなんて、そんなふうに噂されてたなんて――知らなかった。
「まさか、冗談だろ?」
「で、あろうよ」
唐突にふりむき、カレースプーンに山盛りのチョコミントをボクへ差し出しながら、シオンが言った。
どういう意味? そう訊く機会はその先制で封じられた。
ボクは一瞬、逡巡して――それから、意を決して食べた。
だって、これ、シオン、気づいてないかもだけど、間接キスだよ?
「うまいか」
真顔で訊くから、なんて答えればいいのかわからなくて、ボクは口をもごもごさせた。
シオンはそんなボクの口から、もぐりの歯医者がするみたいに強引にスプーン引っこ抜くと、空になった1パイント容器にそれを突っ込んだ。
ねえ、シオン、ボクの記憶が確かなら――それ、ほとんど新品じゃなかった?
「さて、では食事にしようではないか」
そういう約束であったろ? そんなことを言いながら、にこり、と笑みを広げるシオンにボクは戦慄するしかない。
その蠱惑的な美しさと、獰猛な胃袋に。
それじゃあ、食事が出来上がるまで、すこしボクの話をしよう。
ボクはアシュレダウ。アシュレダウ・バラージェ。
国籍はイギリス、スコットランド。
そのボクが東の果ての果て、一度世界から消えた土地:ジャパンの、かつては首都だった都市:環都に居るのは「男子たるものすべからく見聞を広めよ。実地を踏み、体験し、体得せよ」ってウチの教育方針と、ボク自身の希望が合致したからだ。
二十一世紀も終わりに差しかかった現代で、その教育方針はどうなのとも思うけれど、生まれた土地から一歩でも遠ざかりたかったボクとしては渡りに船だった。
ちなみに、どうして遠ざかりたかったかというと……ボクが天才だったからだ。
いや、あの、ちょっとまって。
おこらないで、どならないで、ものを投げないで。
わかってる。正確には、こんなの天才でもなんでもない。
ただ、ボクは、一度見たスポーツを、ほとんど練習もなしに再現できるってだけのことなんだ。
もちろん、極端な柔軟性を要求されるものは別だよ? 雑技団的な、ああいうモノは再現できない。
あと体格がモロに影響する格闘技もダメだ。
カタチはともかく、生み出される破壊力までは真似できない。
質量が変化するわけじゃないからね?
けれども、それ以外は、どれほど複雑なモノでも丸一日観察してたら、だいたいコピーできる。
映像からでも、実際の試合からでも。
一週間、身体を動かしたら、見本になってくれたプレーヤーの技は完璧に盗めるし、一月習熟すれば、大抵のプロフェッショナルを上回ってしまう。
子供の頃はそりゃあ有頂天になったものさ。
学校でもいろんな運動系のクラブから助っ人の引く手あまたで、ごめん、正直言ってモテた。
傭兵家業みたいに、いろんなスポーツでトロフィーを取るのに手を貸した。
でも、あるとき、そういうのがいけないことだって、気がついたんだ。
だれかが、ずっと地道に積み上げてきたなにかを、ボクは横合いから出てきてかっさらって、そのあと、また別の競技に乗り換える。
憎まれる。いや、それはいい。そうじゃなくて、ボクがやめようと思ったのは、かっさらったあと、乗り換えるって行為だ。
冒涜だと思った。
なにがいちばんいけないか、っていうと、ボクはそのどれにも「本気じゃなかった」ことだ。
ボクにとって、それは、どれも「カンタン」だった。
いま、ボクのこと嫌なヤツって思ったろ? そうだね。ボクもボクが大っ嫌いだよ。
で、故郷に居るのが嫌になった。
それで、こんな東の果てまで逃げてきたんだ。
もう、だれかと競うスポーツには関わるまいって決めたんだ。
その判断は正しかったって思う。
自分を見つめ直すことができたから。
気がつくことができたから。
自覚できたから。
ボク自身の才能の根源がなになのか、について。
それは“動機の不在”――心の空っぽさ――つまり、空虚だってことだ。
そう、ボクには心がない。
あるように見えても、それはまわりの人々の感情や環境に適応・順応しているだけ。
誰かの輝きを反射する鏡――それが、ボク。
決定的な燃焼の不在。
それがボクのアイデンティティ。
そんなボクがシオンに料理を提供する。
たとえば、こんな感じ。
「これは?」
「紅玉リンゴとクレソン、ガーリックフレーバーのクリームチーズのサラダ」
「リンゴとクレソン」
「リンゴは銀杏切りにして岩塩と少しのレモン汁でドレス。クレソンは岩塩を濃く溶かした水に潜らせて味を乗せる」
「岩塩とレモンのドレス」
「ドレッシングをあとがけするより、水っぽくなくて引き締まったサラダが楽しめる」
「楽しみたい」
あるいはこんな感じ。
「これは?」
「ちょっと上等なサバの水煮缶」
「水煮。サバの。上等な」
「汁気を切り、粒マスタードと混ぜる。さらしたタマネギのみじん切りと混ぜる。オリーブオイルを糸のように垂らしながら、フォークで」
「フォークで、混ぜる」
「イタリア、ヴェネチアの伝統料理にバカラ・マンテカートというのがあって」
「バカラ・マンテカート」
「干しダラを水で戻し、オリーブオイルを加えながら混ぜ合わせる。丁寧に少しずつ。ゴッチャ、ゴッチャ」
「ごちゃごちゃ?」
「あはは、ゴメン。少しずつって意味さ。フォークで、丁寧に、しかし素早く。ふんわりと雲みたいに軽い、口のなかでとろけるお魚のディップ」
「雲みたいにとろける。おいしそう」
「じんわりおいしい」
「じんわり」
または、こう。
「それは?」
「鶏肉。塊でいこう」
「塊。うまそう。それは?」
「玄武岩のすり鉢。ここにチリとニンニクとハーブを数種。グレープシードオイルを足して、岩塩。潰してあわせる」
「ほほう」
「このペーストをすり込んでおく」
「ほほほう。それで、そっちは?」
「ローズマリーの枝。これの根本のほうを槍みたいに尖らして、肉に刺す」
「刺す! すばらしい」
「で、オーブンへ」
「うまいか?」
「うまいよ」
「よいな」
「いいね」
そんな風にして、ボクはどんどん作ったし、シオンはどんどん食べた。
料理してるボクに、好奇心旺盛な野生動物みたいなかんじで周囲を旋回しながら質問をぶつけてくるシオンは、たまらなく愛くるしくて、可愛らしくて、楽しかった。
久しぶりに声を出して笑った気がした。
ただ、サイズの合っていないTシャツの襟首から覗くシオンの胸の谷間や、ずりおちるジーンズを持ち上げる仕草に、ボクはもう、どぎまぎしっぱなしだったんデスケド!
いつだったか買ってきたまま忘れてたワインを、ふたりで数本開けた。
たぶん、グラスで飲むべきだったんだろうけど、普通のコップで乾杯した。
いい気分になってきたところで、時間が来てしまった。
女のコは帰らなくちゃいけない時間だ。
「シオン、そろそろ、時間じゃないかな」
ボクの紳士的な申し出に、シオンはうろんな目をした。
「帰れ、とそう言っているのか?」
「いや、ボクは……いつまでいてくれたっていいんだけど……もう遅いよ。服も乾いたし」
そう言ったボクを睨め付けて、シオンは立ち上がった。不機嫌そうに。
ああ、やっちゃった、とボクは思った。
ボクの意見は正論だったけど、男と女の間じゃ正論はゴミと同じ場合がよくある。
「送っていくよ」
洗濯機のあるスペースに向かってシオンは大股で歩いていく。赤ワインのボトルを引っつかんだまま。
慌てて後を追ったボクは、また彼女の信じられない行動を目にすることになった。
乾燥機を兼ねるドラム式の洗濯機に、彼女はぶち込んだ。
残ってた赤ワインを。
それから言った。
「たいへんだ、アシュレダウ――帰れなくなった」
姫さま!! とボクは叫んでいた。