04『視線』
鶴ヶ谷がパフェを食べていく様は見ていて飽きない。味に飽きることは無いらしく、ずっと幸せそうにパフェを食べ進めている。相当な甘党のようだ。
一方俺はチーズケーキが中々進まない。別に、甘いものが嫌いなのではない。嫌いだったら、わざわざチーズケーキなど頼まず、コーヒーをブラックで頼んで終わりにしているだろう。チーズケーキは大好物なのだ。
では何故大好物であるチーズケーキが中々減らないのかと言えば、それは鶴ヶ谷が原因なのだった。
気がつけば俺の視線はチーズケーキから外れて鶴ヶ谷に向いている。そしてその幸せそうな笑顔に悩殺されかかる。ああ、もう。その笑顔は反則だと思う。普段は拝むことのないタイプの笑顔がふんだんに振り撒かれている。これを堪能せずにどうしろと言うべきなのだろうか。
しかし、いつまで経ってもチーズケーキを食べないわけにはいかない。中々減らないチーズケーキを見て、鶴ヶ谷が不審に思ってしまうだろう。変な目を向けられてしまうのはごめんだ。
チーズケーキを一口掬って、口に運ぶ。
そこで鶴ヶ谷が唐突に口を開いた。
「ねえ、折角だから恋バナでもしない? 好きな人について、とか」
「ッ!?」
思わずチーズケーキを噴きそうになった。危ないところだった。
まったく、何が悲しくて俺は好きな人と好きな人について恋バナをしなくちゃいけないんだ。それともこれは告白をしろという遠回しな要求なのだろうか。鶴ヶ谷はそんな俺の気を知ってか知らずかニヤニヤと楽しそうにこっちを見ている。その笑みはどっちなんだ。
「なんで恋バナなんだよ」
なるべく平然を装いつつ、俺は恋バナを拒否する流れを作り始める。やめろ。そんな不毛なことやるんじゃない。やめろ。念じていればいつか通じると信じて唱え続ける。やめろ。
「そういえば君の浮わついた話を聞いたことがないなーって。これでも私は女子なんだ。結構恋バナ好きなんだよ?」
「浮わついた話云々で言えば鶴ヶ谷だってそうだろ。人のこと言えないじゃねえか」
出来れば今後も鶴ヶ谷の浮わついた話は聞きたくないが。
「いやぁ、本来はね」俺の言葉を無視して鶴ヶ谷は言う。「修学旅行の夜とかにこういう話をするのが一番だと思うんだけどね。私と君が修学旅行の夜を共に過ごすのは流石におかしいでしょう?」
「大事件じゃねえか」
おかしいどころの話じゃない。教師も巻き込んだ大事件に発展し、最悪俺は変態の汚名を着せられる。そもそも、学校側は男と女で旅館の棟を分けるぐらいの徹底ぶりなのだ。夜を共に過ごすどころか、部屋に入ってからは会うこと自体出来ないだろう。しようとも思わないが。
「だからいい機会かなーって。君だって人間だ。好きな人の一人や二人、居るんでしょう?」
「好きな人は二人もできねえよ」
そんな器用なことはできない。もっと言えば、俺はそんな浮気性な人間ではない。
「……へえ、じゃあ一人はいるんだ」
「…………」
しまった。墓穴だった。図星をつかれて黙ったから余計にダメだった。ああ、何て素直なやつなんだ俺は。
「ふーん……好きな人って誰のことなのかな? 同じ学校? 同じクラス? どんな子?」
たった今俺の目の前でニヤニヤしながら俺を質問攻めにしてるやつだ、とは口が裂けても言えない。鶴ヶ谷は随分と楽しそうだ。
「何があっても絶対にお前だけには言えないね」
逃げるようにチーズケーキを一口食べながら俺はハッキリと鶴ヶ谷に宣言した。当たり前だ。好きな子に好きな子を告白するとか意味がわからん。
幸いなことに、そんな俺の意図を汲み取れない鶴ヶ谷は「けちー!」なんて不満げに口を尖らせるのだった。よかった、鶴ヶ谷は俺の気持ちに気づいていない。
そのまま俺は恋バナを強制終了させ、チーズケーキをモシャモシャと咀嚼する。すると鶴ヶ谷も諦めたらしく、残りのパフェを片付け始めた。まだまだ満腹にはならないらしい。そして幸せそうな笑顔は継続中だ。また俺は、ついついチーズケーキではなく鶴ヶ谷ばかりを見てしまう。
そうやって鶴ヶ谷ばかりを見ていたから、鶴ヶ谷の異変に気付くのにそう時間はかからなかった。異変と言うにはとても些細なものだが。
鶴ヶ谷の視線は、俺の方を向いていない。俺の少し後ろを向いている。その視線は、どこか熱っぽく、俺は途端に面白くなさを感じ始める。
「……あっ、やべぇ」
フォークをわざと落として、その視線の先に何があるのかを確認してみる。目的のものはすぐに見つけた。それと同時に、俺は知らなくても良かった、否、知りたくはなかった事実を知る羽目になる。
「…………加藤」
「ん? 何か言った?」
「あん? 空耳だろ」
思わず口から零れてしまったその名字を俺は誤魔化す。
気付きたくなかった鶴ヶ谷の視線。それは俺から外れた先、俺の後方にいる同じクラスの加藤に向けられていた。