02『約束』
「相変わらず、君の屁理屈は面白いよね。一体どれだけひねくれたらそんな屁理屈が出てくるんだか」
いつも通りの一連の流れが終わると鶴ヶ谷は楽しそうに笑った。俺としては、屁理屈を言っているつもりは更々無いので反応に困る。ただ思ったことを口に出しただけなのだ。
「明日はどんなクイズにしよっかなー……」
でもまあ、こうやって俺の屁理屈を楽しみ(?)に明日のクイズを考える鶴ヶ谷を見ているのも悪くはない。そう思うと、思ったことが屁理屈として捉えられるというのも良いものなのかもしれない。誤解はされそうだが。
予鈴が鳴る。そろそろ五時限目の準備をしなければならない。はて、次の授業は何だっただろうか。
周囲を見回してみると、スケッチブックや、筆や、楽譜など各々が各々の授業の物をロッカーから取り出し始めていたので、次が芸術選択であるということを知った。俺は音楽だ。そして鶴ヶ谷も音楽だ。しかも、音楽の授業では俺の隣は鶴ヶ谷だ。俺はこの事実を喜ばずにはいられない。元々音楽はあまり好きではないのだが、これのお陰で音楽の授業は好きになった。動機が不純だろうか? でも、男子高校生なんてそんなもんだろう。
「はー、今日は音楽鑑賞だってさ。『次の授業は楽譜を忘れずにー』なんて言ったのはどこの誰なんだろうね?」
授業が始まると鶴ヶ谷は早々に俺に文句を垂れる。音楽教師の口真似が微妙に似ていて俺の腹筋をくすぐったのだが、そこはグッと堪えて俺は鶴ヶ谷に「寝るなよ」と忠告する。「うん、無理」と、とてもいい笑顔で返事をもらった。諦めんなよ。
「ああ、そうだ」音楽が流れ始めると、腕で枕の準備をしつつ思い出したように鶴ヶ谷は言う。「君は今日の放課後は暇かな?」
「ん? 特に用事は無いけど」
「じゃあさ、ちょっと放課後、私に付き合ってくれないかな?」
はにかみながら言う鶴ヶ谷。俺は一瞬、時が止まったような錯覚を覚えた。
鶴ヶ谷に付き合う。それはもしかしてもしかすると、二人きりで出掛けるということになるのではないだろうか。鶴ヶ谷からしてみればそんなつもりは全く無いのかもしれないが、俺からすれば、鶴ヶ谷と出掛けるということは即ちイコールでデートと繋げられる。鶴ヶ谷とデート。なんて素晴らしい響きなんだ。本当だったらいいのに。
……いやいや、少しは冷静になろう。『付き合ってくれないかな』だけでどれだけ妄想を膨らめてしまうんだ、俺は。そもそも、学校の外に出るなんて確証がない。鶴ヶ谷に付き合って行く先は職員室かもしれないし、部活かもしれない。俺にとって都合のいい展開なんて、そう有るわけがないじゃないか。
「別に、構わないけど」
俺はなるべく平然を装って答える。すると鶴ヶ谷は嬉しそうに「そっか、良かった」と笑った。
「私と恋人のフリをしてほしかったんだ。引き受けてくれてありがとう」
「…………」
合ってた。
当たってた!!
「えっ? えっ!?」と慌てながら俺は鶴ヶ谷にその発言の意図を確かめようとするのだが、鶴ヶ谷はかなり眠たかったらしく「おやすみー」なんて言って机に突っ伏してしまった。これ以上、この授業で起きているつもりは無いらしい。
その後、退屈な音楽の授業中、鶴ヶ谷は一度も顔をあげなかったし、俺が机に突っ伏すことはなかった。いつもだったら、鶴ヶ谷に倣ってさっさと机に突っ伏して夢の世界へダイブするのだが、放課後のことが気になってそれどころではなかった。授業中の俺の顔は端からみればニヤニヤと歪んでいて、相当気味が悪かったのでは無いだろうか。