01『暑い季節』
七月。
暑いのは嫌いだが、夏は嫌いになれない。いい季節だと思う。
俺は、目の前で暑そうにスカートをバタバタと扇ぐ鶴ヶ谷咲を見ながらそんなことを思っていた。その扇いでいるスカートの下にはしっかりと体操着のズボンが穿かれており、男のロマンも何も無いということは重々承知しているのだが、それでもこの光景は期待せずにはいられないし、歓喜してしまう。俺も立派なオトコノコというわけだ。さらに言えば、俺は女子の胸や尻などよりも脚、特に太ももが好きなので歓喜しているのだが。
スカートを扇ぐという行為は、女子としてどうなのかと思う点もある。恥じらいという部分で、欠けすぎていないだろうかと問題提起してしまいそうにもなる。しかし、チラチラと見えるその真っ白な太ももがそれらを全て打ち消していた。御馳走様です。ありがとうございます。そんな言葉をかけたいぐらいだが、口に出してしまえば確実に鶴ヶ谷に軽蔑されてしまうので黙っておくことにする。うん。今日も俺は鶴ヶ谷のことが好きみたいだ。
「知ってるかい? 一見涼しそうに見えてスカートっていうのは凄く中が蒸れるんだよ」
俺がどんな気持ちで鶴ヶ谷と向き合っているか、鶴ヶ谷は恐らく知らないままそんなことを言う。俺はスカートを穿いたことがあるわけがないので、「へぇ、そうなのか」としか返せない。ここで食い付いて変態だと思われても困る(弁解できそうもないし)。
「そうなんだよ、一度君も穿いてみたら分かるんじゃないかな」
「どうしてそうなるんだよ」
「いいじゃないか。女装って奴だよ。大丈夫、やってくれたら私が責任をもって君を全力でバカにしてあげるよ」
「何処が大丈夫なんだよ……」
どこも大丈夫じゃない。そして鶴ヶ谷ならやりかねない。
俺をからかいながらニヤニヤと笑う鶴ヶ谷は、隙あらば言ったことを実行しようとする素晴らしい精神を持ち合わせているため注意が必要だ。不覚にもそのニヤニヤと笑った顔が可愛いと思ってしまった俺が、何度引っ掛かってしまったことか。
「でも」反論するように俺は言う。「この暑い中、長ズボンってのも中々辛いんだぜ?」
男子は女子のように太ももの辺りまでズボンを捲り上げることは出来ない。しかも、足を出したら「絵面が汚い」と言われてしまう始末だ。世の中、男女不平等である。まあ、俺も出来ることなら男の生足なぞ拝みたくはないのだが。
「確かに、それもそうだね」鶴ヶ谷は真剣な表情で言った。「つまり夏が犯人だ。こんな暑い季節、滅べばいいのに」
声のトーンは真面目だ。これは本気で夏を嫌っているパターンかもしれない。どんだけ暑いのが嫌いなんだろうか。
「髪の毛も凄く蒸れるんだよね。あー、ねえ、ゴム持ってない? 縛りたいんだけど」
「俺が持ってるわけ無いだろ」
「ちえ……女子力低いね」
「俺が女子力高かったらきもいだろ」
鶴ヶ谷は「縛りたいー暑いー」と口からボロボロと文句を溢しながら、手で髪の毛をひとつにまとめる。ゴムがあればきっと鶴ヶ谷の髪型はポニーテールになったのだろう。ポニーテールが一番首が涼しいと前に鶴ヶ谷が言っていた気がする。……ふむ。ポニーテールの鶴ヶ谷が見れないのは非常に残念だ。女子力は要らないが、ゴムは携帯しておくべきだったかもしれない。
「あー、やっぱりこうした方が涼しいなー……明日から縛ろうかな」
……いや、やっぱりゴムなんて持っていなくて良かった。
鶴ヶ谷は両手で髪の毛をまとめることにより、擬似的なポニーテール状態になっていた。涼しさを実感し、心なしか本人は満足そうだ。そんな表情も可愛らしい。
鶴ヶ谷は恐らく知らないだろう。
その擬似的ポニーテールによって、両腕が頭の後ろに回されることによって、その決して小さくはない胸が強調されているということを。
胸が強調されたことにより、白いブラウスの下に着ている下着がうっすらと透けて見えてしまっているということを。
……夏って、いい季節だなと俺は染々思った。
「……さて」擬似的ポニーテールを解除した後で、鶴ヶ谷は切り替えるように言った。「今日の問題、いこうか」
ああ、そういえばまだ今日は恒例のクイズ大会をやってなかったな、と、楽しそうな顔の鶴ヶ谷を見ながら俺はそんなことを思った。