表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朽ちゆく剣と装甲兵   作者: トルトネン
4/4

第四話 もぐら達の賛美歌。

早朝の済んだ空気とは裏腹に、現場の空気は極限にまで張り詰めていた。今までの成果がこの一瞬で決まる。軍服に身を包んだ男は坑道内から這い出てくる人間を1人1人の顔を見て、肩を叩く。全員が坑道から出てきたところで、兵士達が入り口を土嚢で塞いだ。


「設置は予定通りだな?」


 砂と埃まみれになった兵士達を見たフォルマ帝国陸軍工兵隊の少佐は最後の作業確認をした。


「問題ありません。少佐殿。何たってこいつを掘るのに一年以上も費やしたんです。初歩的なミスで失敗したら死んでも死に切れませんよ」


 中の作業を任せていた下士官が自信満々に答えた。


 既に兵士達が工事の着工が始まり1年半が経っている。作戦を聞いた最初は、何処ぞの参謀が気が狂って考えた馬鹿な作戦だろうと愚痴も言った。だが、今となっては部隊の全員が作戦の成功を信じ、願っていた。


 この戦線から集めた土属性魔法持ちの兵士40人。人力では200人で掘り進んだ坑道だ。敵の真下ではシャベルや土を運ぶ音すら気を使った。幸いだったのは、進入目的の坑道ではないので、地面からかなり距離があったことだろう。


「既に中に人はいません。入り口も念入りに封鎖しました。師団本部からもゴーサインが。あとは引火するだけです」


 坑道への入り口は数カ所作られていたが、その全てが土嚢を何重にも重ね土属性魔法で塞がれていた。その上、坑道の入り口数百メートルは最終確認と点火役以外は完全に無人となっている。


「諸君は忠実に任務を実行してくれた。この作戦は後にまで語り告がれるものになるだろう」


 少佐は一年間、狭い坑道で顔を並べてきた兵士一人一人をの顔に目を向ける。その顔は全員達成感に溢れていた。


 兵士達は銃弾一発撃った訳でもない。モグラの様に土を掘り、トンネルの補強をする日々だった。日の光も風も無く、換気用の最低限の空気しか吸えない。硬い地層に当たった時は体力を使い果たした隊員の山が出来たこともあった。指には豆が絶えず、皆手には包帯を巻いていた。


 戦闘部隊からは無駄飯喰らいと罵られたこともある。そんな劣悪な環境下で隊員はよく働き続けた。その苦労もこれから行われることで、この戦争で最大の戦果を上げた部隊の一つとなるのだ。一年間の事が走馬灯の様に蘇った少佐は肩を震わせた。


「これが導火線です。少佐殿自ら点火してやって下さい」


「シューグリスに祝いの花火をくれてやろう。飛び切りでかいやつをな。……点けるぞ」


 坑道から伸びた導火線を兵士が少佐へと渡した。少佐は何かを確かめるように触り眺めた後、手にしていた火種で導火線に火を付けた。


「これで、我々の任務は完了した。総員、壕まで退避だ。ここまで来て巻き込まれたんじゃ笑い話にもならない」


 導火線は既に坑道内に向け疾走を始めていた。数分もすれば目的地でその役目を全うする。少佐によって火がつけられた導火線は、無人となった坑道内を走り、そして目的の場所へとたどり着いた。壁一面、通路にまで詰まれたそれは全て爆薬。総量750トンを超える巨大な爆発物に導火線は引火した。






 バルガルネ高山地帯を巡る多国籍資源争奪戦争が始まり三年。シューグリス王国西部を守るヴァンハイム要塞はその鉄壁を余すことなく発揮し、開戦以来不落を誇っていた。兵員やMPE(機動強化外骨格)の数こそフォルマ帝国軍に劣るものの、長年を掛けて作られて来た要塞の火力と防御線は、軍団規模の砲を持ってしても崩すことはできない。砲撃の優位を得る為にフォルマ帝国軍が制空権を確保しようにも、国力の割に飛竜が豊富なシューグリス相手では無理な話だった。


 早朝、澄んだ空気を思いっきり吸い込んだニコライ上等兵は鼻から空気を吐き出した。体温よりも格段に外気を鼻腔から通したため、鼻がすうすうとした感覚に兵士は襲われる。


 今日のニコライの任務は敵の監視だ。それも地上の人間ではなく空を飛ぶ飛竜だ。夜目があまり効かない飛竜の夜間飛行は、よほどのベテラン竜騎士じゃない限り困難だ。来るとしたら日が明けて一番の早朝が多い。


 そういう訳で今日のニコライの配置は上空を見張る監視台だった。空を眺めていたニコライの視線には、悠々と空を飛ぶ飛竜が見えるが、腹にシュレット王国の紋章を付けているので心配は要らない。友軍の飛竜だ。


「友軍か」


 ニコライは雲の切れ目に視線をやるが異常は無い。監視を始めて1時間が経ち、首筋が痛くなって来た。普段ならば早朝、嫌がらせを目的とする敵の飛竜が来襲するが、今日は至って平穏だ。


 ニコライが凝った首を揉みほぐしていると、地面が微かに揺れた。


「おおっ、地震、でかい!!」


 何年ぶりだろうか、珍しく地震が起きた。監視台の中で柱に捕まり、慌てるニコライだったが、防御陣地が集中する地面が盛り上がった事で、目が見開いた。


「地面が――」


 監視台からニコライが目にしたものは、盛り上がる地面から溢れ出た天まで届くような業火だった。


 壕で待機をしていた兵士、トーチカ内の重砲、バンカー内で銅像の様に鎮座していた装甲兵が爆炎に飲まれ、空へと打ち出された。爆発の衝撃波が監視台を叩き揺らし、ニコライは床に叩きつけられた。


 混乱する意識の中、仰向けの態勢で空を見上げたニコライは息を飲んだ。


「っぐ、う、嘘だろ?」


 直後に空からは打ち上げられたものが次々と落下してきた。大空からは右に左に落下物が突き刺さる。半壊した監視台で神に祈る様に縮こまり1分。残骸の雨は降り止んだ。


 ニコライの全身が透明な手で叩かれた様に痛む。音は聞こえる。鼓膜は無事だ。続いて両腕で床を押し、立ち上がる。舞い上がった土埃が全身にこびり付き、デザート色の迷彩となってしまった。


 状況確認の為に彷徨い出したニコライだったが、無事なものどころか生存者すらいなかった。一見寝てるだけに見える者もピクリとも動かない。酷いものは手足や胴体が千切れ、無機物と有機物の区別がつかなくなった兵士までいた。


 途方に暮れるニコライの視界はあるものを捉えた。それは防衛線要であり、最も強固で有力な要塞群の一つだ。丘全てがコンクリートと砲で固められていると言っても過言では無かったその姿は今は無く、代わりにニコライの目には大穴が空いていた。


「噴火、いや、弾薬庫が誤爆したのか。……だが弾薬庫だけでこんな爆発……」


 角度によるものか底が見えなかった。噴火ではない。明らかに人為的なものだった。辺りには爆薬が爆轟した際に現れる濃厚な硝煙の匂いが支配している。


 思考が纏まらないニコライに犯人の正体を明かすかの様な砲撃が始まった。


「このタイミングで砲撃!? 違うな。このタイミングだからこそか」


 普段ならば応射が始まるはずだが、シューグリス側からの砲撃は皆無だった。


 立ち直す暇さえ与えない念入りな砲撃の後に、何が行われるかはどんな新兵にだって分かる。降り注ぐ砲撃が止んだと同時にニコライは走り出した。目指すは健在な友軍の陣地。遠方からは鬨の声が響いていた。







 今では貴重となってしまったトーチカからは弛まなく火が吹き出ていた。その火は野砲から砲弾が発射される発射炎だ。フォルマ帝国軍が仕掛けた総量750トンもの爆薬は要塞を吹き飛ばすだけには止まらず、周囲にあった陣地まで徹底的に破壊していた。


 そんな中でトーチカに守られた無傷の野砲陣地は敵味方にとって最重要な場所。本来であれば最も強固だった要塞跡からは数個師団が攻勢に出ており、その中でも抵抗を続ける野砲陣地に対して、フォルマ軍は強行突破を試みていた。


「右の窪みに敵が入った」


「俺の位置からじゃ無理だ」


 兵士たちは窪みに入ったフォルマ兵を排除しようとするが、今の場所からはどうやっても狙えなかった。立ち上がれば見えるかもしれないが、今の状況では自殺行為と等しい。兵達の数十センチ上では鉛が往来している。迂闊にも立ち上がれば数秒もしないで撃ち殺されるのを兵は容易く想像出来た。


「肩が見えてる。任せろ」


 初弾を外せば窪みの奥に逃げられる。照門と照星を合わせ、注意深く狙いを付けたニコライはゆっくりと引き金を引いた。


 視認する必要はなかった。一発の銃声の後に絶叫が響く。斜めからフォルマ兵の体内に入り込んだ弾は、三角筋と骨の一部をえぐり取ると、そのまま後ろに飛び抜けた。


 入り込んだ位置を考えれば大量の出血とショックで戦闘どころではない。無力化に成功したニコライは周囲の兵士にも伝えた。


「肩を撃った。今日一日は戦闘は無理だろう」


 トーチカに乗り込もうと間合いを詰める兵士を確実に撃ち下ろす。坑道爆破と砲撃によってろくな抵抗を受けて来なかったフォルマ兵にとって、ここに来ての強烈な反撃は予想外だった。


 活気盛んに丘へと突撃を敢行していた歩兵達はすっかり足を止め、両者の間の斜面には100人ほどの死体が転がる。そのほぼ全てがフォルマ兵のものだ。何よりフォルマ兵にとって災難だったのは、野砲の生き残りがいたことだ。


 隠れていた瓦礫ごと砲弾に撃ち抜かれフォルマ兵の体は四散した。どうにか逃れた者もその体を敵の前に露出し、鉛玉が容赦無く息の根を止める。


 動きが鈍ったフォルマ兵だが、ニコライは安心出来なかった。障害物が立ちはだかった時に現れるのは何時も決まっている。


 ニコライの予想は直ぐ現実へと変わった。陣地から数百メートル先ではある意味時代錯誤とも呼べる代物が存在を誇示するかの様に動き始めた。


 敵は装甲兵を正面に立たせ、歩兵がその後に続いて突撃するというセオリー通りの戦法に出ていた。馬鹿正直の力押しとも呼べたが、時としては正面突破が最も被害が少なくなることもある。


「装甲兵3、歩兵……多数!!」


 装甲兵の有無は大きく指揮に影響を及ぼすが、シューグリス兵も伊達に三年間要塞を守り続けた訳ではない。物陰から装甲ライフルを引っ張り出し、結束手榴弾や即席の爆弾の用意を始めた。その他の兵士は装甲兵に隠れる敵兵を撃ち出した。


「味方のMEPはどこ行きやがった」


「爆散したか、土の中だ」


 一発の手榴弾が友軍の潜む場所へと飛び込み爆発を起こした。まだ歩兵が手榴弾が届く様な距離では無い。そうなると考えられるのは歩兵以外だ。


「ああ、うぁあ゛あああ!!」


 上半身に満遍なく破片が食い込んだ哀れな兵士はのたうちまわる。死ななかっただけマシとはとてもじゃないが言えない。厄災を持ち込んだ犯人をニコライは直ぐに見つけた。装甲兵だ。まるで投擲兵器のように強化された腕を使い手榴弾を陣地へと投げ込んできていた。


「あいつか」


 攻撃方法は分かってもニコライが所持する装甲兵に有効な武器は結束手榴弾くらいだ。火力は単純に5、6倍に跳ね上がるが、極端に投擲距離は落ちる。装甲兵を無視して続く敵兵に11mm弾を撃ち続けるしかない。


「あの図体でちょこまか動きやがる」


 弾かれるか、当たらない徹甲弾にイラつきながらも、対装甲ライフルを持った兵士は射撃を繰り返していた。距離は残り70メートル余り。ニコライに残された距離はそう多く無い。


 歩兵ライフルを地面に置いたニコライは脇に置いて置いた結束手榴弾を拾い上げた。投擲距離は15メートルほどだ。


 ハンマーとシールドを構え迫る装甲兵にニコライは息を飲む。銃は危険だが、それでも視覚に雄弁に恐怖を伝える鈍器は重圧が大きい。


 装甲兵との接近戦を覚悟を決めたニコライの目は、装甲兵の頭部に吸い込まれる14・5mm弾を捉えた。明らかに今まではとは違う音。甲高い音で弾かれていた弾が、破壊音を立てて装甲内に入り込み、その弾頭に蓄積された運動エネルギーを存分に装甲兵の中身に伝えた。


一見すると魔力切れで動かなくなった装甲兵だが、中で何が起きたかはニコライには容易く想像できた。


「1機仕留めたぞ!!」


 歩兵は大きく喧伝する様に叫んだ。残るは2機。どちらも旧式となりつつあるアインズだ。先頭の装甲兵が撃破されたことにより最短距離を突き進む直線的な動きから、障害物を利用して迂回する遠回りに変わった。


 重すぎる衝撃を肩で受け止め、対装甲ライフルを撃ち続ける兵士達だが、銃弾が直撃することはない。


 シューグリス兵達と装甲兵の間はとうとう20メートルを切った。士官の一言で接近を続ける装甲兵に即席爆弾や結束手榴弾を投げ込まれた。ニコライもそれに漏れず投擲する。


 連続で炸裂した爆発物はあらゆる方向から装甲兵に衝撃と爆炎となって襲いかかったが、仕留めるには至らなかった。


「装填完了」


 後方から聞こえた声はニコライ達歩兵が守るべき野砲陣地だ。振り返れば鼓膜を揺るがす様な轟音と共に砲撃が行われた後だった。放たれた弾は今までの繰り返し発射していた榴弾ではない。弾核内に無数の子弾を詰め込んだキャニスター弾だった。


 本来は砲撃後に空中でばらまかれた散弾が歩兵を殺傷する兵器であり、事実キャニスター弾の直撃を受けた装甲兵はまだ動く。だが、無数の散弾を装甲で受け止めたために装甲はいたる所で凸凹に変形し、非常に鈍重になった。


 そんな装甲兵に火炎瓶、手榴弾が殺到する。地面の上を踊るように抵抗する装甲兵だったが、直ぐに動活動を停止した。一部の兵士が歓声を上げる中、ニコライは指を指す。


「左から装甲兵が来てるぞ!!」


 右と正面を担当していたニコライからは大剣で肉片を巻き上げ、陣地に侵入する装甲兵が映った。最後の最後まで発砲を続けていた数人がミンチに変わる。


「中に入り込まれた」


 近くに居た兵士が怒鳴った。塹壕の淵、瓦礫の影に潜んでいたシューグリス兵達の注目を一身に浴びた装甲兵はその視線に答えるかのように、大剣を振り回し、二連式の散弾銃を腰から抜いた。


「が、ひゅッ」


 肉薄して爆薬を投げ付けようとしていた兵士の腹部を散弾が突き破った。密集していたニコライ達に向けて続けざまに発砲を行う。


 鈍い衝撃の後に甲高い音が響く。鉄帽に散弾の一発が命中した音だ。ニコライが己の幸運を実感するには目の前の装甲兵が邪魔をした。


「来るぞ」


 真横に居た兵士に呼びかけたニコライだったが、そこにいたのは散弾によって顔面を喪失した兵士だった。


「うっ――」


 装甲兵は瓦礫の隙間を縫う様に迫る。大剣を振り上げた装甲兵が目の前まで跳躍した。逃げる間も無く一人が文字通り叩き潰された。ニコライも体当たりにより馬に跳ねられたかのように地面を転がる。


 倒れたニコライ目掛けて装甲兵は足を上げた。再び跳躍してニコライを潰す気だ。


「どけっ!!」


 警告からほとんど間も無く、まだ息のあるニコライと装甲兵に向けて、友兵から幾つもの手榴弾が投げ込まれた。ニコライは隠れる場所を探したが皆無だ。近くにあるのは戦友の亡骸。迷う暇は無かった。


 生きて帰ったら墓に酒をやるから。心の中で呟いたニコライは死体の下に潜り込んだ。鈍器で殴られるかのような衝撃の後に香ばしい臭いを感じた。


 衝撃で生前よりも不細工になり焦げしまった戦友を自身の上から転がし、ニコライは途中で四つんばいになりながらもその場を離れる事を優先した。


 振り返れば爆薬の爆轟により黒煙を上げながらも、陣地から逃げ去る装甲兵がいた。大きく痛んだ装甲から考えると、操縦者がこれ以上の戦闘は不可能と判断したのだろう。


「あの野郎、逃がすかッ」


 一部の兵士が追撃を掛けようとしたが士官がそれを静止した。


「追うな!! 全員着け剣。来るぞ」


 着剣が意味するものは一つ。敵との白兵戦だ。ニコライは腰に吊り下げた短剣をライフルの先端部に装着する。追撃をかける為に陣地から身を乗り出した兵士が全身を穴だらけにして帰ってきた。当然息は無い。


 ニコライの背中側から友軍の野砲が火を噴く。装甲兵に放ったキャニスター弾が本来の対象に牙を向いたのだ。十数人もの絶叫と悲鳴が上がった。


 ライフルと頭だけ出して、陣地から斜面を覗いた。そこには丘の上から下まで埋め尽くすようなフォルマ兵が溢れている。ニコライが咄嗟に撃ったにも関わらず、その数の多さから偶然にも銃弾は命中した。お礼に帰ってきたのは無数の銃弾。装甲兵に気を取られたせいで、歩兵にラインを上げられたのだ。


「やばい。直ぐそこだ。うじゃうじゃいやがる」


 周囲の兵士は覚悟を決めるように歯を食いしばり、唾を飲んだ。シューグリス兵が待ち構える中、陣地の中にフォルマ兵は飛び込んだ。前列の大半はライフル弾に身体を貫かれ、その場に崩れる。二列目からは敵味方入り混じっての白兵戦へと変わった。スコップが敵の顔面へと叩きおろされ、銃剣によって柔らかい皮膚が貫かれる。水面に飛び出でてきた魚を銛で突くように、銃剣によって空中で敵兵を捕まえたニコライはそのまま地面へと打ち捨てた。


 貫かれた兵士は痙攣を繰り返すが、ニコライは気にしてる暇はなかった。血走った敵兵が陣地内に入り込もうとしている。繰り返し何度も何度も銃剣を突き入れる。銃剣が折れ曲がり、拾った銃剣で再び、同じ事をニコライは繰り返した。


 気づいた時には周りの仲間は消え、変わりに溢れんばかりの死体が転がっていた。呆けたように佇むニコライの腕を誰かが引っ張った。野砲の操作を行っていた兵士だ。確か名前はタレスと言ったはずだ。階級は軍曹。30代ほどの人相だが、酷く疲れた顔をしている。


 タレスの後ろには、守るべき野砲を失った砲兵達が控えていた。その手には死者には不要となった武器が集められている。


「野砲は?」


「手榴弾を投げ込まれてぶっ壊れたよ」


 タレスはふて腐れたように答えた。


「もうここは駄目だ。後方の陣地に引くぞ」


 数えられるほどに減ってしまった兵達が移動を始める。太陽は未だに高い位置のまま。長い一日になりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ