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朽ちゆく剣と装甲兵   作者: トルトネン
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第二話 工兵

「あっちーな」


 季節は冬を向かえていたが、重労働によりウォルターの額には汗が流れていた。半ば地面に食い込んだスコップを放置して振り変えれば、連日慣らしてきた地面が見える。一息を吐き、首に巻いたタオルで額を拭う。汗で濡れた肌が服に張り付き、実に気分が悪い。塹壕掘りで上半身裸で腰に上着を巻き作業に当たる者もいたが、どこに生えているかもわからない毒性のある草に触れれば爛れ、発疹がができることから、この場所にはそんな間抜けな奴はいなかった。


「ウォルター少尉、サボらないで掘ってください。このままじゃ作業日程に遅れが出てしまいます」


 ゆっくりと息を吐き出し、ウォルターが空を眺めていると声を掛けられた。


振り向けばそこには部下であるハンナがいた。彼女の階級は伍長。ウォルターよりも年下で背も低いが、開戦から数年間鍛え続けられた体は、無駄な脂肪も筋肉も無く、一種の機能美すら感じさせる。その茶色い髪は動きやすい様に肩を境に切られていた。


「もう魔力が切れた」


 土を慣らし固めるのにウォルターの魔力は搾り取られている。もう土属性魔法を使うほど魔力が残っていなかった。


「あなたには立派な腕があります。土属性魔法の恩恵でスコップも硬化できるじゃですか。私も頑張りますから、さぁ」


 スコップを渡されたウォーターは嫌そうな顔で渋々受け取る。手に繰り返し豆ができるほど物を握ったのは、剣や槍以来、久しぶりだった。


 バルガルネ中央鉱山地帯での負傷により、後方へ送られたウォルターに待っていたのは部隊の解体の知らせだった。一連の戦闘により軍団こそは最小限の被害で済んだが、第442突撃連隊を始めとする幾つかの部隊はその戦力を大きく削られ、その損耗率は7割を超えていた。通常5割も戦力を失えば壊滅的打撃と考えると、7割という数字は異常過ぎた。


 基幹要員の大半を失い、部隊を立て直すよりも、解体した方が早いと判断され、ウォルターの怪我が治ったときには帰る原隊は残っていなかった。そんな呆然とするウォルターに待っていたのは工兵隊への転属。それも前線で活動するような部隊ではなく、後方で建設を行う部隊だ。


 事の真相は兵站地の拡大の為に、人手が足りなくなった工兵隊のお偉いさんが土属性魔法を使えるウォルターに目を付けたのだ。二年間も最前線で銃弾を潜り抜けてきたウォルターにとって、後方での作業は平穏そのものだった。雨の中、水虫を心配して塹壕内で耐えることも、爆撃で身体が吹き飛ぶことも、銃弾で身体を貫かれることもない。


 ただ、幼い頃から戦場に触れてきたウォルターにとっては、日常であり、日常でない光景に戸惑ってしまう。


「はぁ、調子が狂うな」


 口には出してみたものの、木々を切り倒し、土を慣らすというのにも少し慣れてきた。コツさえ覚えれば多少は楽に作業が行えるようになるし、日々の作業にも楽しみを見出せるようにはなっている。午前中は切り株を撤去するのに散々、土属性魔法を使ったので、もうウォルターの魔力の残りはほとんど無い。残りは手作業となるのだが、この切り株というのが厄介だ。しっかりと地中に根を張っているので、掘り返さなければ撤去することはできない。馬や牛に牽引させる方法もあるが、どちらも工兵隊には不足していた。


「おーい。オルトマン、馬の様子は?」


 斧で切り倒した樹木の上で、オルトマンと呼ばれた兵長が息を切らしていた。つい、数分前までがむしゃらに大木に斧をたたきつけていたため、疲労の色は隠せてしないし、隠そうともしていない。


「少尉、午前中だというのに馬の奴らへばってやがります。さきほども自分から水を吸い取っていたばかりですよ。これじゃ自分が先に倒れてしまいますよ」


「兵長、まだまだ出せるだろう?」


「冗談にもなりませんよ。スタミナお化けの少尉と一緒にしないでください」


 顔を伏せたオルトマンだが、部隊の全員がまだまだ水が出せることは知っている。使いすぎの倦怠感が嫌なのだろうが、例え作業中は出さなくとも作業後に出すことになるのだ。ウォルターも作業によりいつもぎりぎりまで土属性魔法を使わせられるが、その分食料配給など何かと優遇されるので、納得済みだ。


 馬が早速へばったとなると、午後の作業はまた大仕事になる。何せ、密林と形容できる未開拓地を切り開かなくてはいけない。ウォルターは一輪車の中に集めた小石を投げ入れると、すっかり手に馴染んだ円匙を拾い上げ、作業を再開しようとする。


「少尉、お昼ですよー」


 手を振り、名前を呼んだのはハンナだった。空を見上げれば、日は一番高い場所へと昇っている。ウォルターが気づかないうちに昼の時間になっていたのだ。


「今、行く」


 ウォルターには楽しみが増えたことがある。それはなんと言っても食事だ。前線では満足に火も焚けずに、冷たく鉄臭い缶詰ばかり食べていたが、ここでは缶詰ではない暖かい食事にありつける。


 大なべによって煮られたスープがウォルターの食欲を誘う。労働後の食事は例え粗食だったとしても何事にも勝るご馳走と言える。今日のメニューはパンに、キャベツ、ジャガイモ、乾燥肉、山菜を入れたスープだ。前線でも野菜は食べることができたが、ほとんどは乾燥野菜ばかりで生野菜はお目に掛かれなかった。


 ウォルターは建築用の建材に腰を掛けて、他の兵士達も各々好きな場所に腰を下ろした。そうして40人ほどの人間が輪になって食事を始める。


「この時代になっても熟練の魔術師や剣士は10人分の兵士ぐらいの強さはある。だが、10年、20年と鍛えた魔法使いや戦士がたかだか数ヶ月ライフルの訓練した兵士数人にやられちまうんだ。つまらない世の中になったよ。一騎当千の英雄より代替可能な数十人のライフル兵の方が好まれるんだからな」


 愚痴を言い出したのは傭兵上がりのオルトマン兵長だ。元々傭兵とは馴染み深いウォルターは親近感がある。彼も魔法石と銃により戦争の仕方が大きく変わり、望まぬ形で兵士になったからだ。


 オルトマンが工兵に配属されたのは彼が持つ水属性魔法を重視したからだ。かつては敵に使った水属性魔法もここでは便利な水道屋扱い。今小隊のメンバーが食事に使う水もオルトマンが精製したものだった。


「例外と言えば飛竜乗りや装甲兵ぐらいか、どっちも倍率が高くて一兵卒には適正検査すらしてくれない。優先されるのはコネ、金、家柄ばっかだ、俺みたいな傭兵上がりは、身体も矜持も塹壕で泥に塗れになるしかない」


「平民上がりじゃ大空の魔女がいるじゃないか」


 パンに噛り付いていた別の兵士がオルトマンに答えた。兵士が思い浮かべたのは、バルガルネ中央鉱山地帯で活躍する飛竜乗りだ。平民上がりというのも珍しいが、驚くのはその18歳という若さだろう。


「あれは正真正銘の天才だろうが、まだ18なのに飛竜撃墜7、装甲騎兵撃破9だぞ」


「ウォルター少尉はバルガルネ中央鉱山地帯から来たんですよね?」


「本隊の撤退作戦中に負傷して、現役復帰したときには部隊は解体されていた」


 ウォルターが意識を取り戻ったのは、揺れる荷馬車の上だった。戦友の姿も敵のアインズの姿も無く、負傷した友軍の隊列に自分がいるのを見て、戦闘が終了したことが分かり、愕然としたのは今でも鮮明に思い出される。


「よく死ななかったですねぇ。あんな銃弾飛び交う戦場で、まぁ、ここは魔法石も取れない価値のない場所ですから、安全ですよ。私達のいる西部には要員4万人を誇るヴァンハイム要塞がありますし。志願兵として金を受け取り軍隊に入った時は、どんな地獄に送られるかとひやひやしました」


 その後も兵士達の愛も無い雑談が続く。ある兵士は兄弟がまた増えた。またある兵士は蒸れたブーツのせいで水虫になったなど、オルトマンは相変わらず愚痴が多かった。


「一時間の休憩後、作業を再開する」


 士官らしい指示を出したウォルターは、言うが速いか、横になった。食べ終わった兵士達もひと時の休息を楽しんでいる。一時間後、兵士達は休み足りないと音を上げる身体に鞭をうち、農具を片手に森の中に入っていった。





「作業終了、一日ご苦労だった」


 作業終了を伝えに来たのは、強面で頭部がすっかり上げあがったワーランド大尉だった。ワーランドはウォルターが所属する戦闘工兵中隊の最高指揮官。ワーランド大尉は作業が遅れていた別の小隊に付きっ切りだったのだが、最後になってウォルターの小隊の見回りに来ていた。大尉の印象をウォルターが聞かれたら、悪徳将校の四文字が浮かぶ雰囲気を持っている。実際は機転も効き、部下の気遣いもできる人物なのだが、見た目で損をしている典型的なタイプだった。


 ウォルターは小石が満載された一輪車の上にスコップや斧を置き、兵舎の方へ押していく。新しく土地を広げた場所なので、酷く道が悪く、がたがたと一輪車が揺れ、中身が落ちそうになる。こんな悪路でも1週間もすれば踏み固められていい道になるはずだ。


「さて、今日の仕事も終わりましたね。それじゃ、畑仕事しましょうか!!」


 後ろから追い上げてきたのは肩に纏めて農具を担いだハンナだった。


「ハンナは元気だな」


 あれだけの作業をしてまだ体力に余裕があるハンナに、ウォルターは関心させられる。


「私は元々農家で、お金を稼ぐ為に軍隊に入りましたからね!! 体力ならその辺の男性にも負けませんよ。……ってオルトマン兵長逃げるな。まだ水出せるよね!?」


 ウォルターの視界の端にはこそこそと農具を担いで、逃げようとするオルトマンの姿が映った。


「畑仕事はもう嫌だ! 川から汲んで来てください。魔力使いすぎると倦怠感と疲労感が酷いんですよ!?」


「何キロ先だと思ってるの。待ちなさい!! 収穫した野菜の取り分は増やすから!!」


 強面のオルトマンがハンナに追い掛けられているのは何とも笑いを誘う光景だ。始まった追いかけっこにウォルターは声を出さずに笑った。


 配給だけでも食べていけるが、働き盛りの男女が集まっている。食料は多い分には越した事はなかった。そういう訳でウォルターの部隊でも宿舎の近くに野菜を栽培していた。肥料は輸送に使う馬や牛の糞、人糞などがある。水は汲んで来るか、何人かいる水属性持ちが畑に水を蒔いている。


 オルトマンは傭兵時代の意地があるのか、農作業で水を出したがらない。後は何と言っても限界まで魔力を使えば、全身に酷い倦怠感が広がるあの感覚が嫌なのだろう。ウォルターも魔法を使い続けて何度もなったことがあるが、あの感覚は好きになれそうになかった。


「捕まえた!!」


 戦い一筋だったウォルターにとっては建物作り、野菜を育てるという経験は初めてだ。剣のクロムウェル家から建築のクロムウェル家でも悪くないか、どんな形であれ、家を復興させようと誓ったウォルターは悩み考えていた。


「あ、そうでした。ワーランド大尉がウォルター少尉をお呼びでしたよ。なんでも集めた小石で石のブロックが作りたいそうです」


 ハンナから告げられた言葉に顔を背けて、無言の拒否を表すが、結局現れたワーランド大尉によってウォルターの魔力は絞りつくされた。

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