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朽ちゆく剣と装甲兵   作者: トルトネン
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第一話 遺物

 戦況は悪化の一途を辿っていた。攻勢の末に単独で孤立した軍団が丸ごと敵に包囲されたのだ。真綿で首を絞められるように戦力を削られた軍は撤退を決意。作戦が始まろうとしていた。


「この突撃は未熟な部隊では果たせない。かと言って主力部隊を突破に消耗する訳にもいかない。そこで第442突撃連隊が選ばれた。我々は、バルガルネ中央戦線で戦い抜いて来た生え抜き、この任務には一番最適と言えるだろう。……我々の動きに数万の兵士の命が掛かっている。逃げ場は無い。生存への道は敵中にある。後続の味方、そして敵に第442突撃連隊の戦いを見せてやれ!!」


「「「うぉおおおお!!」」」


 連隊長の檄に、ウォルター・クロムウェル少尉は雄たけびを挙げて答えた。滅亡したクロムウェル家を離れ、戦場に身を置いて2年。今回の撤退戦が今までで最も厳しい戦いになるのは間違いなかった。


 味方の擲弾筒、迫撃砲、重砲あらゆる爆発物によって、敵が潜むであろう陣地が吹き飛んで行く。最初こそは兵士達が友軍の砲撃を見て歓声を上げていたが、敵の応射が始まると身体を丸めて、黙り込んだ。耳をつん殴る音と衝撃が辺りを震わせ、戦場に血と土が混ざった赤い花が咲く。


「始まりやがった」


 古参兵の一人が呟き、配属されたばかりの新兵が息を飲む。後方から大気を揺るがす轟音が響くと、遠方で火柱が上がるのがウォーターには見えた。


「……」


 砲撃が友軍を蹂躙する間、誰一人として喋る事はない。兵士はひたすら塹壕内で耐えていた。ウォルターは自身の魔法によって作られた塹壕の壁を叩いてみる。魔法によって壁を作り、水を押し出し、強度を高めたものだ。今回の出来はなかなかのものと言えた。


 ウォルターの土属性魔法で作った塹壕や陣地は他の塹壕に比べて丈夫であり、地下構造の連隊本部の構築を工兵隊と共に手がける程だ。


 一度ウォルターのいる陣地に砲弾が直撃したことある。通常、鉄筋入りのコンクリートで固めた陣地でなければ、砲弾が陣地に直撃すれば陣地は吹き飛ぶ。だが、陣地は砲撃に耐え、一人の死者も出さなかった。


 その事を知っている古参兵達はウォルターの周りに固まっている。自身が潜む塹壕は念入りに強化していて、飛びぬけて丈夫な事を知っているからだ。中には、嗜好品や食事を報酬にウォルターに陣地を強化させる者も居るほどだ。


 ただでさえ暑苦しい塹壕だが、筋肉質の男達によって、サウナの様な熱気に包まれていた。勿論、その事態に文句を言う兵士も、別の塹壕に移る兵士も居ない。例え1%でも2%でも死亡する確率を上げたいと思うのは兵士として、人間として当然だった。


 味方の砲撃が敵の後方に集中する。手前の塹壕から、敵の砲撃陣地への攻撃に切り替わったのだろう。揺れる塹壕の中で考えていたウォルターは、空気を揺るがす衝撃を感じた。敵の遥か後方から爆炎と黒色の煙が上がる。


「直撃か」


 確認するようにウォルターは言った。友軍の砲撃が遂に敵陣の砲撃陣地を捉えたのだ。それが砲弾に誘爆。現場は悲惨なことになっている。


 塹壕の中で、ウォルターはどのぐらいの時間を過ごしただろうか、不意に声が聞こえた。


「突撃!!!! 行け、行け、行けッ!!」


 その一言で塹壕一面から人間が一斉に塹壕から這い上がる。塹壕は段々に作られており直ぐに登ることができる。景気の良い突撃ラッパの音に支えられ、地面が掘り返された敵陣地に向かい部隊が一斉に突撃を敢行をする。


 地面をつかみ、土を踏み台にウォーターは塹壕を這い上がり、突撃を始めた。地面はところどころ砲撃や爆撃により掘り返され、走り辛い。穴に足を取られそうになるのを踏ん張り耐える。他の部隊の士官が怒号を上げて、命令を出す。それはどんな兵士にも分かるシンプルな命令だった。ウォルターも指揮下の部隊にその命令を伝える。


「突っ込め!!」


 砲撃は見た目こそ派手だが、塹壕や土嚢で守られている敵にまでは効果が薄い。まだかなりの敵が健在で待ち構えているとウォルターは経験から導き出し、それは実証された。


 ふいにウォルターの直ぐ隣にいた兵士が真後ろに倒れた。見るまでもない。撃たれたのだ。一声も上げない事を考えると即死だろう。仮に生きていたとしてもここで足を止めれば次は自分の番だった。


「ぐ、あぁ、あッ――」


「撃たれたぁ、クソ、撃たれたぁああ!!」


 銃弾で血を吹き出しながら次々と戦友が倒れて行く。ウォルターと塹壕まで、距離は僅かに15メートル。その15メートルが果てしなく遠い。


 ウォルターにとって、無数の槍兵が生み出す槍衾。騎兵の突撃とは、また違った恐怖だ。何せ、槍や矢と違って襲ってくる弾は認識できない。


 幾人もの人間が倒れるがそれでも兵士達の突撃は続く。塹壕に飛び込もうとしていた兵士が敵の銃剣により空中で串刺しにされた。自重により根元まで食い込んだ刃は生命を一瞬で奪ってしまう。


 ウォルターの目線の先で3人の敵兵がライフル銃に弾を装填していた。一人の兵士は慌て過ぎて指から弾を落とし、もう一人は撃ったばかりのライフル銃から薬莢を排出、問題は残る一人。


 敵の塹壕に飛び込むまであと2秒。3人目の敵兵は覚束無い手でどうにか、薬室に弾を送り込み、ウォルターに照準を合わす。


 ウォーターは精神論者ではないが、戦いにおいて音が齎す恩恵は知っている。ひと昔前の戦場のように声を上げた。


「うぉおおおおッ!!」


 放たれた銃弾がウォルターの頬を掠め血が滲む。致命傷にはならない。狙いを外した敵兵が今までと同様に銃剣を突き出すが、その攻撃をウォルターは仲間の犠牲によって学習していた。手に持っていたライフル銃の側面で剣先の軌道を逸らし、代わりにこちらの銃剣を叩きつけた。


 銃剣は、刃を横向きに突き入れたことも手伝って、肋骨の隙間から心臓に突き刺さった。悲鳴を上げることすらできない敵兵は、滑り込んできたウォルターの勢いに押されて塹壕内に倒れこみ、立ち上がらなくなった。


「この野郎!!」


 戦友がやられた事を気遣う暇も無く、真横にいた敵兵は装填を中断し、立て掛けてあったスコップでウォルターに殴りかかった。


 素早く銃を手放していたウォルターは、慣れた動作で腰に付けたショートソードを軽快に抜いた。


 上部から振られたスコップを撫でるような動作で弾き、兵士の首をショートソードで斬る。視線はその兵士には向かない。手から伝わる柔らかい感覚のみでウォルターには十分だ。


 背後に居た敵兵が銃剣でウォルターを突こうとするが尖端が塹壕内の壁に引っかかった。


「あ、っ」


 時間にしてみたら僅かな時間であったが、攻撃の態勢に入っていたウォルターにとっては十分過ぎる時間だった。首から引き抜いた剣を振り向き様に振り、兵士を袈裟切りする。


 肺から空気をだし、乱れた呼吸を整える。塹壕には自分が一番乗りだったようだ。ウォルターは胸を押さえて動かなくなった兵士から突き刺さったままの銃剣付きライフル銃を回収する。骨に刃の一部が食い込んでいるのか、抜くのに手こずった。


 無事にライフル銃を引き抜き、塹壕沿いに進もうとしたウォルターだったが、塹壕の奥から4人の兵士がこちらに銃の照準を合わしていることに気づいた。敵兵と目線が合う。その目は雄弁にウォルターに対する殺意を物語っていた。


 ああ、死んだか。


 狭い塹壕内、4人がこちらに銃口を向けている。ウォルターは死を覚悟しながらも可能な限りな低姿勢で敵兵に突っ込む。手足が千切れても戦い続けろというのがクロムウェル家の家訓だ。


「ア、アアァアアッ!!」


 ダンダンダンダンッ――!!


 劈く様な銃声、胴からは夥しい血、頭部からは飛び散る脳漿。尤も、それはウォルターのものではなく命を刈り取ろうとした敵兵の物だ。


「無事かウォルター!?」


 塹壕の底から見上げるとそこにはウォルターにとって見飽きた顔があった。


「アジルか」


 ここ半年、苦楽を共にしてきたアジルだった。後ろから戦友が次々となだれ込んでくる。


「少尉もしぶといな!」


 背の低いアジルが、ウォルターの頭を鉄帽の上から撫で回す。恥ずかしくなったウォルターはアジルのヘルメットを小突いた。


「何人やられた?」


「見ていただけで、エレックと、タイナー、ウェスレイが即死。集められたのはこれだけ。このまま塹壕を進んで敵の銃座を潰そう。こっちだ」


 入り組んだ塹壕、ここまで来たらライフルよりスコップや剣の方が強い事をウォルター達は知っている。ライフル銃を手放さないで戦う敵兵達を叩き斬りながら、銃座の近くまでたどり着く。


「ここで塹壕が途切れてる。くそ、無茶苦茶に撃ちやがって」


 塹壕から独立した三つの陣地から、ウォルター達が潜む塹壕に向けて銃弾が滅多撃ちされる。どれも平地よりも僅かに高いだけの場所だが、こうなると数十センチの高低差がいやらしい。三つの陣地は互いの陣地を援護する事が出来る位置にあり、攻めるには非常に厄介と言えた。


 塹壕と陣地で撃ち合いが始まった。銃と頭だけ出したウォルターはしっかりと肩にストックを押し当て、頬を付ける。銃の照門と照星を敵兵に合わせ、発砲した。放たれた弾が小さく土煙あげる。狙いとは検討外れの場所だった。


「壊れてるんじゃないか。これ」


「少尉が下手くそなだけですよ。ちゃんと当てて下さい」


 装填を行っていた兵士が顔を向けずに言った。白兵戦技術に比べウォーターはどうも射撃は苦手だ。


 ウォルターはめんどくさそうにボルトアクションで薬莢を排出。腰の弾薬箱から弾を取り出し、装填する。狙いを付けようとしたが、それは中断された。


手榴弾(グレネード)だ!!」


 兵士の一人が声を上げる。放物線を描き飛んできたのは手榴弾。幸い、塹壕内には落下せずに手前に落ち、爆発した。


 塹壕内に潜り込んだウォルターの上に弾けた土がパラパラと降りかかる。


「……危ない。こっちからじゃ手榴弾は届きそうにないか」


 最初のような突撃は被害が大き過ぎてもうできない。既にウォルターの視界に捉えられるだけでも、敵銃座の遥か前で友兵の死体が幾つも転がっていた。


「少尉、アレ使えます?」


 いつの間にか、側に来ていたアジルがウォルターの肩を叩き呼び掛けた。


「ああ、問題ない。やるぞ」


 敵陣地を眺めていたウォルターは塹壕内に篭ると詠唱を始めた。


「集合っー! 少尉がアレを使うぞ」


 周辺にいた兵士がウォルターの周りに密集する。今手榴弾が飛び込んできたら一個小隊、40人は死傷するだろう。


「|大地よ、その牙を向けろ《アースクラック》」


 魔法特有の発光が地面を包むと、地面が一気に割れ、それが伸びていく。アジルが声をあげた。


「突撃用意、フォルマのクソ共をびびらせてやれ!」


 土属性魔法で塹壕内を掘り進み、一気に敵陣地へと肉薄する。まるでモグラのようだ。土が開けるとウォルターの前にいたのは間抜け面を晒す敵兵。


「敵s――」


 敵兵士が言葉を言い終わる前に、喉笛がショートソードによってかき切られた。フォルマ兵にとって不幸だったのは狭い塹壕内で兵達が密集していたこと。想定外だったのは時代遅れのショートソードを持った敵兵がいたことだった。


 雪崩れ込んできた土により、兵士は土に飲まれ、塹壕内に倒れこむ。そうならなかった者も体勢が崩れる。そして現れたのは凶器を持った男達。


 予め射撃準備を済ませていた仲間が一斉に発砲。少なくとも敵兵5人が立ち上がれなくなった。正面の塹壕に向けていた銃をウォルター達に向けようとするが、ウォルターを先頭にした切り込み隊が襲いかかる。


 塹壕では剣を振り回すよりも突きなどの刺突の方がやり易い。鋭利な剣を敵兵の喉元に突き刺したウォルターは剣を引き戻し、次の獲物に目をやる。


 長身でがっちりとした体格の敵兵が吶喊して来ていた。ウォルターは自身を狙おうとした銃剣の突きをいなし、次の攻撃を密着することで防いだ。


 銃床をウォルターの顎目掛けて振ろうとした男だったが、ウォルターの左手がそれを阻害した。


 純粋な力では不利だが、力比べをするつもりはなかった。当然のようにウォルターはショートソードを男の下腹部に差し込んだ。刀身は腹部から背中に抜け、男は陸に上げられた魚の様に口を開け閉じしている。


 糸が切れた人形のように力なくウォルターにもたれかかってきた敵兵を両手で押し込んで盾代わりにする。死体から幾つかの衝撃が手に伝わる。銃剣や打撃の身代わりになってくれた不運な敵兵に、謝罪と感謝を内心に示しながら近くの敵を手当たり次第に切り伏せる。


 短刀を持った兵士を撫で斬りにした時、円匙を持った新たな兵が殴り込んできた。それはウォルターの頭部を狙ったものだ。咄嗟に左足を突き出し、男の陰部を蹴り上げる。


 苦痛に歪んだ男が声を上げた。以前、円匙は振り下ろされるままだが、先ほどまでの鋭さと速度は無かった。顎の下から剣先を入れられ、血を噴出しながら兵士は倒れ、痙攣を繰り返していた。


 ウォルターは純粋な剣技で金的は習わなかったが、軍に入隊してから身に付けた技術だった。


「怯むなッ! 一気に陣地を奪い取れ」


 陣地の相互支援で敵を食い止めていたフォルマ兵にとっては悲劇、その一言だ。白刃が煌き、兵士は倒れ、投げ入れられる手榴弾。友軍の陣地の内に射線も通ってなかったのが致命的となってしまった。結局、同様の手順で残り二つの陣地を占拠するのに、ウォルター達は20分と掛からなかった。


 奪い取った陣地の中でウォーターは水分を取り、装備を整理する。剣に付いた血を拭うための懐紙が切れていたので、都合よく落ちていた軍服を剥ぎ取り、綺麗に拭き取った。そこら中に血と硝煙の臭いが広がっていた。兵士の中には椅子代わりに死体の上に腰掛ける者もいる。深い意味は無い。ただ、汚れていないところがそこだけだった。


「予定よりも陣地を早く確保できたのは大きい」


「包囲網の一部は破ったが、このまま返してくれるとは思えん。熾烈な追撃をかけて来るだろう」


「連隊長殿自ら、MPE(機動強化外骨格)で敵を食い止めてくださっている。我々も本隊撤退を確認してから続こう」


 ウォルターが所属する部隊の士官達は、敵から奪った陣地の中で、話し合いを続けていた。遠くの戦場からは砲撃や銃撃の音は聞こえるものの、塹壕を奪取してからこの一帯で戦闘は途切れている。


 今も敵の追撃を打ち砕く為に、連隊長指揮下の装甲兵と対装甲兵用の大口径兵器が正面で暴れ続けている。小隊の目標は、この陣地の確保維持だ。鹵獲品を集め、準備を行いながらウォルター達は気休めの休息を取っていた。それが崩れ去ったのは兵士の一言だ。


「敵のMPE(機動強化外骨格)だ!」


「なんでこんなところに、司令部に支援要請だ。急げ」


 陣地は蜂の巣を突いたような騒乱に包まれた。銃撃と爆発音が響く。味方が攻撃を始めたのだ。敵の姿をウォルターも視認できた。


 銃の存在以上に戦いの形式を塗り替えたそれは、巨躯からは想像できない速度で陣地に迫っていた。妙な事に今まで出会ってきたフォルマ軍の基本編成の3機ではない。連隊長の部隊に襲われたはぐれ装甲兵が友軍の陣地だった場所に来たのかもしれない。


「固有の魔術兵装無し、大剣と散弾銃のノーマルのアインズだ」


 相手は属性魔法や魔法石を利用した魔術兵装を持たないノーマルタイプであり、それもフォルマ帝国軍の主力機を退きつつあるMPEの第一世代機であるアインズだ。


「結束手榴弾はまだあるか?」


 通常の手榴弾では分厚い装甲と魔力に守られたMPEを足止めもできない。そうした中で現場が生み出した答えは4、5個の手榴弾をワイヤーや紐で纏めた結束手榴弾だ。単純な構造だが、効果的な代物と言えるのだが、周囲に集まっていたウォルターの部下の返事は芳しくなかった。


「結束手榴弾どころか、普通の手榴弾ですらほとんど残っていませんよ」


 陣地に篭った友軍が苦し紛れに発砲するが、人よりも高速で移動する対象を当てるのは難しい。ウォーターにはまず不可能な芸当だ。先読みをした兵士の弾が装甲兵に命中するが、平然と突き進んでくる。


「落ち着け、第一世代のアインズだ。場所によっては14.5mmで貫通できる」


 対装甲兵用の兵器は連隊長直下の部隊に集中していたのが災いした。歩兵が装甲兵に勝つには多数の手榴弾で足止めを行い、1ダースの14.5mm対装甲ライフルで繰り返し蜂の巣にするしかない。歩兵との戦闘が想定されていたウォルターの部隊には数丁しか残されていなかったのだ。


 そもそもが大口径ライフル銃の数が圧倒的に足りていない。急速な発展のせいで生産機械も機械を扱える人間も不足している。ウォルターも銃の使い方こそは知っているが、それがどうやって作られているか知らなかった。


 取り回しが悪い14.5mmライフル銃を懸命に使い、兵士達は懸命に射撃を行う。そのうちの一発がMPEの肩を捉えたが、装甲を削るだけで致命傷にはならなかった。


「移動だ。移動しろ!!」


 装甲兵を止めようとするが、それは適わない。陣地まで駆け込んできた装甲兵がウォルターの見る前で、対装甲ライフルごと兵士を大剣で切断したからだ。


「そ、装甲兵が来たぞーッ!!」


「味方のMPEはどうしたんだ!?」


 戦友を立て続けに葬り去られた兵士達は、呪詛の言葉を撒き散らしながら、射撃を繰り返す。


 伏射で撃ち続けていた対装甲兵の一人が敵の装甲兵から逃れる為に、起き上がろうとするが、遅かった。大剣を叩きつけられ、ピクリとも動かない。


「分散しろ、射線には立つな巻き添えを食らうぞ」


 周囲の兵が焼けくそ気味にライフル銃を撃つが、装甲を貫通することなく全てがはじき返される。ウォルター自身も近距離ということもあり、珍しく弾を命中させたが、装甲兵は動き続ける。


「うぉおおお!!」


 ある兵士が眼前に迫った装甲兵に銃剣を突き立てたが、分厚い装甲に無効化された。


「うぁ、ぎぃ――」


 不利を悟り背を向けて、逃げ出す兵士だったが背中から横一文字に切断された。鮮血と肉片が虚空に撒かれ、仲間へと降り注いだ。


「てめぇ!!」


 直ぐ横に居た兵士が仲間の仇と円匙を片手に飛び掛かるが、大剣により飴細工のようにへし折られた。


 顔が青くなった兵士は柄だけになったスコップを投げ付け、スリングにより背中に回していたライフル銃を取り出そうとするが、装甲兵は既に大剣を振り上げていた。


 カンッカンッ――と装甲兵の頭部に連続して銃弾が命中する。その音はライフル弾が命中するよりも小さな音だ。ウォルターの視界に飛び込んできたのは、回転式拳銃を持った下士官だった。


「早く逃げろ!!」


 下士官が装甲兵の頭部目掛けて撃ち続けるが、命中を嫌がった装甲兵の大剣により銃弾が防がれた。そうしてあっさりと距離を詰められた下士官が、振られた拳によりウォルターの足元に下士官が転がってきた。


 咄嗟に体勢を逸らしたため、下士官はまだ息がある。止めを挿すつもりなのか、装甲兵は周囲の兵を蹴散らしながら向かってくる。


「やっぱり……デカイな」


 こんな近距離で敵のMPEを見るのは、ウォルターは初めてだ。その姿はかつて見た甲冑を着けたどんな敵よりも威圧的。ライフル銃を地面へと置き、近くにあった陣地構築用の円匙を拾い上げ、ショートソードを抜いた。どうしてそうしたかはウォルターにも分からない。無意識にそうしていた。


 馬鹿な真似は止せとばかりに倒れた下士官が見詰める中、ウォルターは一歩踏み出した。


「少尉、何してるんだ。円匙とショートソードなんか持って……おい、まさか冗談だよな。おい、馬鹿!! 待てってばウォルター!!」


 離れた位置にいたアジルが静止する。自分でも馬鹿なのは自覚している。目の前の装甲兵は誕生以来、騎士や傭兵を蹂躙し続けた。そこには剣の名門クロムウェルで歴代最高の逸材と呼ばれた父と兄も含まれている。それでもウォルターは挑まずにはいられなかった。第一、今更逃げ出せる距離じゃない。


 巨大な体躯は全て鋼鉄、魔法石によって生み出された動力は圧倒的な力で歩兵を蹴散らす。まるでおとぎ話に出て来る鋼鉄の魔物のようだとウォルターは息を飲む。武者震いか、恐怖か分からないが、身体がかすかに震えていた。


 愚かな歩兵がまた挑んできた。嘲笑うように待ち上げられた装甲兵の手には巨躯に見合った大剣が握られる。


 一瞬の出来事だった。操縦者は魔力を機体の魔力回路に流し込み、軽々と足を踏み込みで大剣を振る。いつも通りの覆らない現実とばかりに地面から大剣を引き抜いた装甲兵の中身から笑顔が消えた。


 あるはずの感覚は無く、代わりに小さな、それでいて確かな衝撃が装甲兵を襲った。装甲の隙間から操縦者が視界をずらすと装甲の間接部に4つの傷が付いている。間接部とは言え、小破とも呼べないダメージだ。それでも装甲騎兵は笑えなかった。敵兵の呟いた言葉に。


「かったいなぁ。あと何回だ」


 操縦者の意図を読み取り、アインズは動いた。大剣を横一文字に振る。刃はウォルターを捉えることはなかった。


 敵が頭を伏せたか、一歩引いたかは分からない。しかし、明確にこちらの動きを見て回避した。得体の知れない恐怖を操縦者は感じた。大剣が引き戻る前に抱え込むようにアインズはタックルした。手応えはない。代わりに訪れたのは再びの衝撃。傷は重なるように胴部の間接部に8カ所付いていた。


 ウォルターは硬い装甲に負けないように武器を自身の土属性魔法で硬化させていた。武器の重量すら利用して、装甲兵の攻撃から逃れ、装甲を全力で殴り傷つける。ぶつかった円匙と剣が跳ね返される。その反動する回避に利用した。


 ウォルターの両眼が動き一つ見逃さないと、見開き、鋼鉄の暴雨風から逃れる。巻き込まれたら無事では済まない。


 恐慌をきたした装甲兵は、一先ず距離を取り落ち着き、馬鹿正直な斬り合いから、文明の利器を利用した戦いに切り替えることにした。全身の魔力回路に魔力を伝え、装甲兵は後方へ飛び跳ねた。大剣を叩き付けるように地面へと突き刺し、後ろ腰から引き抜いたのは、装甲兵用に作られた中折れ式の二連水平散弾銃。対装甲兵用徹甲弾と対歩兵用散弾があり、今回は後者が装填されたままだ。


 装甲兵は間髪入れずに発砲した。一発目はウォルターが飛ぶように真横に転がり、散弾銃の狙いが甘さが手伝い除けられた。しかし、二発目は別だ。しっかりと狙いを付け避けられないタイミングで装甲兵は引き金を引いた。


土よ、我が壁となれ(アースウォール)


 光を伴い伸びてきたのは、分厚い土の壁。それはウォルターが着地と同時に使用したものだ。


 壁に深々と散らばった散弾がめり込むが、貫通する事はない。『外してしまった』分厚い装甲の中で、装甲兵は言葉を漏らした。レバーを曲げて散弾銃をブレイクオープンさせ薬莢を排出。次弾を装填しようとした装填兵だが、それは叶わない。


 土壁を踏み台に飛び出したウォルターが装填を邪魔したからだ。装填が終わらない散弾銃を投げ捨て、装甲兵は拳を振る。


 当たったと思われた拳も掠っただけ。ワン・ツーと、逆の手でパンチを繰り出すが、ウォルターが股下へと滑り込み当たらない。それどころか装甲兵に三度目の衝撃が胴部に走る。蓄積したされたダメージは確実に装甲を破壊していた。


 分厚い装甲をショートソード円匙により叩き続けるウォーターの手はじんじんと痛む。それでも止められない。選択を間違えれば体を潰され、判断に遅れれば、体を引き裂かれる。


 脳からはアドレナリンが休むことなく分泌され、心臓の鼓動も早い。両眼は僅かな指の動きすら見逃さないように、瞬きすらしない。口が乾き、目も乾いている。通常であれば異常とも言える状況だが、今のウォルターにとっては正常だ。寧ろ、まだ足りない。


 大剣を地面から引き出した装甲機兵とウォーターとの戦いは既に数分になろうとしていた。周囲での戦闘は止み、ウォルターの戦友達はただ黙って見ている。


 下手に撃てばウォーターに当たり、無謀にも白兵戦を挑めば、自分達は10秒も立たないうちにミンチとなる。本隊へ支援要請を済ませ、負傷者の治療と移動にあたる者以外は、ただただ見ているしかできないのだ。その誰しも、戦場では一騎当千と呼ばれる者たちがいたことを思い出していた。


 かつては猛威を振るった彼らも銃と魔法石の普及で、大半が死ぬか必要とされなくなった。そんな彼らの残党が目の前で装甲兵と渡り合っている。その戦闘はまるで劇か踊りのようだ。


 繰り返される攻撃の中で、ウォルターは笑っていた。血肉が踊る白兵戦は何年ぶりだろうか――もう味わうことはないと思っていた斬り合いが実現したのだ。かつて先祖が数世紀にも渡り、自分たちが心血を注いで作り上てた剣術が否定され、蹂躙された。


 ウォルターが気付くと、数十回と叩いてきた装甲は凹み割れ掛けていた。編隊を組み、歩兵を伴い行動する装甲兵を単体で白兵戦で挑む機会なんて二度と来ない。貰った。もう少しで勝てる。迫る大剣をすり抜け、亀裂目掛けてショートソードを差し込もうとした。


 横合いから何かが迫るのを五感が捉えた。油断も慢心もしていた訳ではない。ただ、勝利を意識してしまったウォルター反応は僅かに遅れた。独特な光沢を放ち、銃撃により表面にに凹凸ができたそれはアインズの足。ウォルターに残された時間は無い。視界のすぐそこに迫っていた。


「ぐっ――痛ッうぅ」


 万全であれば紙一重で回避できていた攻撃が肩が引っかかる。ぶつかって来たのはつま先に当たる場所だ。桁違いの膂力によって繰り出された蹴りにより、骨折も脱臼もしなかったのはウォルターが幸運だったからだ。


 その幸運も二度は続かない。痛む半身を無視して姿勢を制御させたウォルターに待っていたのは迫る鉄塊だった。


 アインズのがむしゃらに振られた腕がウォルターを捉えた。抜かるんだ地面、蓄積した疲労、あと一歩という現実に焦ったのかもしれない。世界が揺れ動き、天地が逆転した後に訪れたのは、身体が砕かれるような衝撃だ。


 まるで大型の魔物に跳ねられたかのように、何度もバウンドを繰り返し、ウォルターはようやく止まった。


「あ、うぐ……」


 鉄の匂い、土の匂い、動かない手足。地面に倒され、動けなくなった。ウォルターの圧倒的な優位が蹴り一つでひっくり返されたのだ。意味するものは敗北だった。


「ウォルター!! おい、ウォルター!! 近寄らせるな、撃て、撃て!!」


 薄行く景色の中でアインズが駆け込んでくるのがウォルターにもわかった。


 結局のところ、剣の時代は終わっている。単体の装甲兵すらもう止められない。悔しいがそれが現実なのだ。分かりやすく旧世代の異物として他の者と同様に散るのも悪くないか、そんなことを考えてしまったウォルターは自分で自分が馬鹿らしくなった。


 何を腑抜けた事を考えている。逃げ落ちる馬上でクロムウェル家の再建を果たすことを誓ったことは。祖国が滅びるまで戦い抜いた父や兄はの意味は。目の前の戦友達を見捨てるのか――。


「じょう、だんじゃ、ない」


 震える手で近くに落ちたショートソードをウォルター再び握ろうとする。気持ちとは裏腹に体は確実に限界を迎えていた。


 首すら満足に動かせない。その現実に歯を食いしばっていたウォルターだったが、上空から迫る影に気づき口角を上げて笑う。勝負には負けたが、試合には勝った。


 本隊に連絡して呼び寄せたそれが来たのだ。獲物を切り刻む鋭い爪と牙、風を捉える両翼は急降下の為に畳まれ、身体には筒状の容器が結び付けられている。ウォーターは口に溜まった血反吐を吐き、確認するように呟いた。


「き、急降下爆撃。竜騎士の爆撃隊」


 空と混じるような青い髪を靡かせ、竜騎士がゴーグル越しの睨み付けたのは瀕死の友軍と慣れ親しんだお得意様。それも反応の鈍い旧型のアインズだ。


 すっかり付き合いの長くなった相棒をやさしく一撫でしながら、地面ぎりぎりへとダイブした竜騎兵は、手綱と逆の手でレバーを引っ張った。目標は友軍と交戦中のアインズ。重りが無くなり、飛竜の身体は直ぐに持ち上がり、急上昇を始める。


「ひゃ、アハアアハハハ!」


 ばら撒かれた容器はアインズを中心に落下。笑い声により顔を上げた装甲兵だったが、既に遅く装甲に航空爆弾が機動強化外骨格にめり込んだ。


「あ……」


 一瞬の間を空けて訪れたのは、大爆発。周囲には轟音と衝撃波が走り、爆炎が上がる。爆発により装甲を食い破られたアインズは破片を撒き散らしながら倒れこむ。その姿を確認することなく、衝撃波に体を叩かれたウォーターの意識は完全に途絶えた。




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