恋のおまじないは刻と言霊
お話や文章の表現等、手探りで試行錯誤しております。
アドバイスや感想などいただけると嬉しいです。
私の名前はかおり。高校二年生だ。
私の学校には、変なしきたりがある。好きな男子の学校での彼女の座を巡って、女の子同士が戦うのだ。
しかし、二年生になると、女子の間には、私たちは少し大人になった感を出す空気が流れ始めた。二年生は伝統的にそうなのかはわからないが、少なくとも、私たちの代はそうみたいだった。
一年生が決闘を行なったという噂を耳にすると、若いねー、なんて、年寄り染みた感想を漏らす。私もその道を通ってきたよ、と、上級生ぶりたくなるのだろう。だけど、三年生の決闘の話を聞いても、そういったことは言わない。年上だからだ。誰もこの二重規範を敢えて指摘することはしないが、人によっては、元気だよねー、なんて言ったりする。
そんな冷めた空気感を醸しているにも関わらず、自分の恋愛になると、みんな話は違ってくる。私は他人の恋の話を聞くのが結構好きなので、よく相談を受けたり、惚気話に付き合わされたりしていた。
そんな私にも、好きな人が居る。同じ軽音楽部の、高坂先輩だ。
高坂先輩は、決して口数の多い人ではないが、真面目で、素直で。そんな人柄に、私は惹かれていた。初めて先輩の奏でるギターの音を聴いた時、ギターを通して自分を伝えている様な不器用な先輩に、興味を持ったのが始まりだった。憧れているのかもしれない。この恋が叶うことは、ないかもしれない。しかし、それでも良いと思っていた。
「やっぱり、外で食べると美味しいねぇ」
昼休み。私は仲の良い子数人と、中庭で昼食を取っていた。あたたかい風にそよぐ草木を感じながら食べる昼食は、なんとも平和な日常という気がした。
「かなの唐揚げ、一個ちょうだい」
かなが、良いよ、と、唐揚げを一つ、私の弁当箱に入れてくれた。
かなとは、小学生の頃からの付き合いだ。仲良くなった切っ掛けは忘れてしまったが、いつの間にか親しくなっていた。かなはちょっとぼんやりとした子で、いつも私に付いて来ていた。私はそんなかなを、愛おしいというか、可愛いやつだなぁ、と思っていた。小中と、別のクラスになることがあっても、私たちの仲は変わらず、高校に入学し、久しぶりに同じクラスになった。それからは毎日一緒で、部活も同じ軽音楽部。楽器は、私がドラムで彼女がベース。一緒にリズムを刻んでいた。
「やっぱりかなは、料理上手だね」
「そうかな……。かおりちゃんにそう言ってもらえるのは、嬉しいけど」
かなは、照れた笑いを浮かべて、少し俯いた。
私も貰っていい?と、他の子もかなのおかずを少し貰い、交換会が始まった。その時、一人の女子が、遠くからこちらに手を振る人がいるのに気が付いた。
「あれ、軽音楽部の先輩じゃない?」
そちらを向くと、高坂先輩だった。どうやら、友達とサッカーをしている途中で、私たちが居るのに気が付いたらしい。
私とかなが手を振り返すと、高坂先輩は、友達に中断の合図をして、私たちの方に近付いて来た。
「俺、今日はちょっと部活遅くなるから」
先輩は私たちにそう言うと、かなの方を向いて言った。
「あ、弁当、美味しかったよ。ありがとう」
私は、ドキリとした。かなを見ると、うん、と返事をしながら、ばつの悪そうな顔をしている。
友達のもとへと戻る高坂先輩を見ながら、私は、自分の鼓動が速くなるのを感じた。現実を知ることへの恐怖から、何も言えないでいると、他の女子がかなへと問い掛けた。
「かなって、もしかして今の先輩と付き合ってるの?」
かなは私をちらりと見て、うん、と小さな声で言った。
「えー!いつからいつから?」
私の代わりに、周りの女子が質問を投げ掛ける。
「あの……、先月から……」
かなの言葉は、私の胸に深く突き刺さった。周りが恋の話で盛り上がる中、いつもは一番盛り上がる私は、声すら出せなくなっていた。
みんなで教室へ戻る途中、かなが恐る恐る私に近付いて、小声で言った。
「かおりちゃん、私……」
ごめん、と、かなの言葉を遮ると、私は一人、トイレへと向かった。
まだ、気持ちが整理できない。自分の心が、ぐにゃりぐにゃりと音を立てて歪んでいく様な感覚に襲われていた。
私にとって、かなは一番の親友だ。祝福してあげなければいけない。だけど、話が違う。
もう、元に戻るには、何かの形式に頼るしかないと感じた。
教室へ戻ると、かなは居なかった。私は、こっそりと、かなの机に果たし状を忍ばせた。
午後の授業が始まる前に戻って来たかなは、教科書を取り出す際それに気付き、体がびくりと反応していた。こちらの様子を窺うようにゆっくり振り向いたが、私はかなの顔を見るのが怖くなり、眼を閉じた。
放課後。教室には、二人だけが残った。
かなは俯き、肩を震わせている。その姿に、私は大きな罪悪感を覚えた。しかし、今更振り返ることは出来ない。私が教室の後ろの出入り口へ向かうと、かなはおっかなびっくりと、前の出入り口に手をかけた。
決闘場には、大小様々な振り子時計が並べられていた。
高坂先輩の姿を確認したが、先輩は、リングに背を向けて座っていた。
私とかながリングへ上がると、レフェリーがレコードに針を落とし、リングに上がって来た。
流れ出した曲は、私とかなの大好きなバンドの曲だった。かなは、私たちの思い出が蘇ったのか、さらに深刻そうな顔になってしまった。
「対戦方法は、相手が自分に対して嫌だな、と思ってることを当て合うってことにしよう。かなが思ってる私の嫌な所を、私が当てたら私の勝ち。かなは、その逆ね」
今適当に思いついたルールだったが、もう、相手の思っていそうなことを自虐的に言い合うくらいしか、わだかまりをとかす方法が思い浮かばなかった。
かなは泣きながら、うん、と言った。
レフェリーが、開始を告げる。先攻は、かなだ。
「いつも、ぼんやりしてて、泣き虫な、ところ」
かなは嗚咽と共に答える。私は、違うよ、と答えた。次は私の番だ。
「親友の幸せを素直に喜べなくて、決闘なんてしちゃうところ」
自嘲気味に答えると、かなは、そんなの!と強く反論した。次は、かなの番。
「大好きな、お友達の、好きな人と、付き合う、ところ」
いっそう言葉を詰まらせて、精一杯の思いで答えているようだった。私は、違う、と言う。
「いつも、かなの前で大人ぶってるくせに、こんなに幼稚なところ」
違う!と、かなは力強く答える。そして、かなは、かなが一番気にしていたであろうことを、嗚咽まじりに言った。
「親友との、抜け駆け禁止の約束を破って。さらに、一ヶ月も、内緒に、してた、こと」
私は、何も答えられなかった。レフェリーの手が挙がり、かなの勝利が決まった。
すると、全ての振り子時計の針が急速に逆回転し、針が止まった瞬間、一斉に、ごーん、ごーん、と鳴りだした。さらに、かかっていたレコードの曲も、いっそう大きくなった。
かなはついに大きく泣き出し、私に抱きついて、耳元で叫ぶ。
「かおりちゃんごめんなさい!私、付き合うことになって!本当は、どっちかが高坂先輩と付き合うことになったらすぐ言う約束だったのに!私、言い出せなくて!」
かなの心からの叫びに、私も泣きながら答えた。
「私も、ごめん!喜ばなきゃいけないのに!応援しなきゃいけないのに!こんなに子供でごめん!」
抱き合って泣きながら、お互いに気が済むまで謝り続けた。その間、私たちの声は曲と時計がかき消し続け、高坂先輩は、絶対にリングの方を見なかった。
決闘場が消えると、私たちはお互いの涙を拭き合った。頃合いを見て、まだそっぽを向いている高坂先輩に話し掛ける。
「先輩、すみません。こんなことに巻き込んでしまって」
「いや、二人が仲直りしたなら良かった。俺は、何も見てないから」
先輩の優しさが、心に沁みた。
「そうだ。俺は今日、元々部活遅れて行く予定だったんだけど、三人で遅れちゃったし、部活サボってスタジオ入るか」
かなと私は、頷いた。
スタジオを借りて高坂先輩がチューニングしている時、かなに外へと誘われた。
「先輩。私、かおりちゃんと飲み物を買ってきます」
「おう。俺はお茶な」
私とかなはスタジオを抜け出し、建物の外の自販機が並んでいる所へ向かう。三人分の飲み物を買うと、かなが口を開いた。
「かおりちゃん、本当にごめんなさい」
「蒸し返すのは無しだよ。二人で沢山謝り合ったんだから。それに、普通に考えて、大人げない私が悪いんだし」
するとかなは、昔を懐かしんでいる様子で言った。
「今日の決闘の私の答えはね、嫌な所は無い、なの。私にとってかおりちゃんは、小さい頃から憧れの存在で、大好きな人だった。だから、先輩と付き合うことになったとき、なかなか言い出せなくなっちゃって。そして、言わないまま時間が過ぎて行くに連れて、どんどん罪悪感が募って。今日、決闘することになった時は、かおりちゃんとの全部が終わってしまうのが怖くて、泣いてしまったんだけど、思いを全部言い合えて、良かった」
かなが言い終えると、私はかなの手を取り、二人で手を繋ぎながらスタジオへ戻った。なんだか、子供の頃の気持ちに帰れた様な気がした。
スタジオでは、高坂先輩が一人でギターを弾いていた。この曲は、私とかなの大好きなバンドの曲だ。決闘中に流れていた曲を思い出しながら、うろ覚えでコピーしているようだった。
「先輩。そこは、タタララ、ですよ」
聴き込んでいる私とかなで先輩に曲を教え、三人でその曲を合わせた。
私は、かなの変化に気が付いた。いつもは音が小さめで、少し遅れることが多いかなのベースが、今日は随分と堂々としていた。何だか、私たちの息が、今までで一番合っているように感じた。
「今日の練習、凄い良かったな」
スタジオ帰りのファーストフード店で、先輩が言った。
「なぁ、俺らでバンド組んで、文化祭出ない?」
「いいですね!」
私たちは即答した。
「バンド名は……目玉の唐揚げ、とかどう?」
「すっごく良いと思います!」
正直、少し引いていた私を余所に、かなは乗り気であるようだった。
かな、盲目になっちゃ駄目だよ。私はピクルスを除けながら、ひとり思った。