恋の優越感と対抗心
「おっす、浅美」
朝。いつものように登校していると、亮くんに声を掛けられた。
「おはよー」
にこやかに挨拶を返して、一緒に学校へと向かう。
彼とは小、中学校とずっと同じクラスで、高校でも一緒のクラスになった。不思議な縁である。
私はよく男子に混じってサッカーやドッジボールをしていた。そこで彼とも親しくなり、今も時折、このように登校時間が重なった時は一緒に登校している。しかし亮くんは遅刻ギリギリの登校が多いため、こうして一緒に歩くのは、久しぶりだった。
「今日は早いんだね」
歩きながら、隣の亮くんに聞いてみた。
「今日は、ちょっと待ち合わせをしててね」
彼はポリポリと頬を掻きながら答えた。
とすると、この後誰か加わるのかな、と思っていると、通りがけのコンビニの前に女の子が立っていた。確か、同じクラスの瞳さんだ。私はあんまり話したことなかったのだけれど、亮くんと仲良いのかな。
瞳さんは亮くんを確認すると、笑顔で駆け寄ってきた。
「亮くん、おはよう。……浅美さんも」
彼への媚びるような挨拶とは違い、ついでのように挨拶されてしまった。お邪魔だったのかな。
「おはよう、瞳さん」
一応、挨拶を返すと、亮くんが瞳さんの手を取った。やっぱり、そういうことか。
「実は俺たちさ、昨日から付き合いはじめたんだ」
瞳さんの勝ち誇ったような笑顔が、鼻についた。
瞳さんと合流してから学校までの行程は、最悪だった。
手を繋いで歩く二人の、ひとつ後ろを歩いて。亮くんは、気を遣って話を振ってくれたり、会話に混ぜようとしてくれたけど、その度に、瞳さんが自分の話を始めた。瞳さんは、決して私の方を見なかった。
こんなことなら、用事があるとか、二人きりにしてあげるとか、適当なことを言って先に学校へ向かってしまえばよかった。
学校でも、瞳さんはすっかり彼女気取りだ。
元々、クラスでもあまり目立たない子だったのに、すっかり自信満々といった感じで、亮くんと話している。何だかその気取り方が妙に嫌みで、とにかく鼻持ちならなかった。
極めつけは、ある休み時間。
私と亮くんと仲の良い男子数名で野球の話をしているところに、瞳さんがやって来た。
「ねえねえ、亮くん。みんなに紹介して?」
彼女は亮くんの制服の袖をちょいちょいと引っ張り、小首を傾げ、目をぱちぱちさせて言った。
「実は、瞳さんと付き合いはじめたんだ」
亮くんが朝と同じように言うと、瞳さんは、よろしくね、と元気に言った。勿論、私の方は見ない。
皆が一通りリアクションをした後、野球の話に戻ると、瞳さんは最初、ふむふむ、と頷いていた。
しかし、私が好きなピッチャーの話をしようとした途端。
「ねぇ、私、野球の話わかんない。あの番組観た?」
話を自分の方へ持って行った。そしてその時だけ、私の方を少しだけ見た。明らかに、私を意識しての行動だ。
もう、現界だった。
私は、瞳さんへ果たし状を送ることにした。
この学校には、変なルールがある。
好きな男子に彼女が居る場合、その彼女に決闘を挑むことが出来る。その決闘の勝利者が、学校内での彼女となる。というものだ。
何の為にこのルールがあるのかは、誰も知らない。教師がこのルールを知っているのかもわからないが、生徒間で脈々と受け継がれて来たルールであるそうだ。
その為、面倒ごとがないように、付き合っていることを周囲に明かさないカップルも多いらしい。
瞳さんも勿論、ルールを承知していただろう。なのに、ああも幸せを振り撒いていたのは、余程嬉しかったからなのだろう。
しかし、私への挑むような態度は、負けず嫌いの私を亮くんへと執着させるには、充分だった。
亮くんのことが好きかと聞かれたら、わからない。
だけど、私の方が亮くんと仲が良い、亮くんのことを知っている、というプライドが、私を突き動かしていた。
午後の授業が始まる前、机の中の果たし状に気が付いた瞳さんは、ちらりとこちらを見た。
放課後、初めての決闘だ。
学校での日程を全て消化した。教室は生徒達が部活へ向かったり、家路に就いたり、この後の予定へ向かう前の喧々諤々とした雰囲気に包まれた。
そんな中、私は黙って席に着いている。瞳さんも同じような様子だったが、途中で話し掛けてきた亮くんに、先に帰ってて、とだけ伝えていた。
そして、少し時間が過ぎると私と彼女の二人だけになり、西日の射す教室は、静まり返った。
私が無言で立ち上がると、彼女もそれに倣った。お互い、それぞれ教室の前と後ろにある出入り口へと向かい、同時に戸を引いた。
普段、廊下があるはずのそこには、広い子供部屋のような空間が広がっていた。
とても広い空間だったが、隅に乱雑に置かれたおもちゃ、それらを仕舞う為の箱、壁紙の柔らかな色使いが、幼い子供の為の部屋を連想させた。
そしてそこに小さなテーブルと椅子が幾つも置かれ、そのテーブル全てに、コップに入れられたジュースが置かれていた。
部屋を見回していると、帰ったはずの亮くんが居た。決闘は彼氏立ち会いのもと行われる決まりである。どこからか呼び出されたのであろう。
最初、不思議そうな顔をしていた亮くんだが、合点がいったような顔をすると、近くの椅子へ座り、ジュースのストローへ口をつけた。
私と瞳さんは、中央に置かれたリングへと上がった。すると、どこからともなく男が一人現れた。
どうやら、この人が噂のレフェリーなのだろう。
決闘の為の部屋は、その時々で様子が違うらしいが、必ず真ん中にリングがあり、そこへ行くとレフェリーが現れるのだという。
決闘は、勝負の内容までは決まっていない。現彼女と挑戦者の双方の納得した方法によって対決する。このレフェリーはどんな対決方法であっても、絶妙なジャッジを下すらしい。
私に勝負の内容を決める頭はない。対決方法はただの喧嘩だ。
瞳さんも、それは承知済みらしい。
レフェリーが手を挙げ、私たちは睨み合う。
そして、レフェリーの手が鋭く振り下ろされた。
「えーい!」
瞳さんが両手をぐるぐると回しながら突進して来る。威力が無さそうだと思った私は、棒立ちのままそれを迎え撃つ。
ぽか、ぽか、と音がしそうなほど、痛くない。
「な、なんで……」
瞳さんは絶望したかのような表情を浮かべた。精一杯の攻撃だったらしい。
隅に置かれていたおもちゃの人形達が、キャッチボールを始めた。
こんなことは早く終わらせて、日常へ戻ろう。そう思った私は、加減しながら、ぽん、と瞳さんの頭を叩いた。
途端、瞳さんは泣き崩れた。
「ひどい!どうして、私がこんな目に遭わなきゃいけないの!」
瞳さんが悲劇のヒロインになった瞬間、レフェリーが私の手を取り、上へと掲げた。
私の勝利が決まった瞬間、部屋中のジュースが見えない誰かによって、勢いよく飲み干された。
私が亮くんのもとへ向かい、これ見よがしに腕を組んでみせると、瞳さんはいっそう大きく泣いた。
「えーん」
それから、学校内では私が亮くんの彼女になった。
しかし、私にとって誰かの彼女になる、というのは初めてのことで、どうすればいいのかまったくわからなかった。
とりあえず、いつものように友達として接していると、亮くんに校舎裏へと呼び出された。
「学校では、浅美が俺の彼女なんだからさ」
そう言って、突然、唇を奪われてしまった。
私は、瞳さんへの罪悪感も手伝って、そういうものか、と納得するしかなかった。
それ以来、亮くんは度々、校舎の人気のないところで、キスを迫るようになった。
私は、やはり彼に対して恋愛感情が無かったということを悟った。
「君は最高だよ」
気持ち悪い。
「プライベートでも、君が彼女なら良かったのに」
そんな気無いくせに。
「好きだよ」
嘘つき。言葉が軽い。
感情が零れていくかのように、学校での周りの物への興味が冷めていく感じだ。
こんなことなら、決闘なんかせずに暇な男子と遊んでいれば良かった。
誰か、私に挑んでくれないだろうか。