1ー2 出発
「カイト、さっさと起きなさい」
「う~ん、ムニャムニャ」
「あらそう、起きないんだ、無視しちゃうんだ」
一瞬の間、後に衝撃。
「ドヘウッ」
無防備な腹へ無慈悲なボディーブローを叩き込まれ少年-カイト-は半泣きで目を覚ました。
「も、もう少しさ……優しく起こしてくれない」
「起きないアンタが悪いのよ、私を無視するなんて言語道断よ」
涙目のカイトを腰に手を当てながら見下ろす彼女-リーサ-は、また拳を作り始めカイトを睨みつける。
「カイトが起きないから、朝食お預けになってるのよ!!
さっさと着替えて、出てきなさい」
「うう、分かったよ」
ノロノロと動き始めるカイトを尻目に、リーサは居間へ向かう。
「あ、そうそうおばさんが、カイトに頼み事あるって言ってたからね」
「母さんが?」
「うん、そんなに急ぎの用事じゃ無いらしいけど」
「分かったよ、後で聞いとく」
こうして、カイトの一日が始まる。
振り返れば、この日がカイトとリーサの長い旅の始まりだったのかも知れない。
朝食を終え、カイトとリーサ、そしてカイトの両親は穏やかにテーブルを囲んでいた。
「母さん、そう言えばなんかあるって聞いたけど?」
「ああ、そうそう!!
忘れるとこだったわね」
そう言いながら、カイトの母-エルザ-が持ち出したのは、ここ数日で穫れた野菜やら魚、狩りの獲物の肉だった。
「……もしかして、また?」
「さっすが私の息子ね、そう、またよ」
この2年で、すっかり彼の仕事として定着したお供え物運び。
彼の住むバルナ村は、メルト大樹海に接している。
村人達は、樹海の浅い所に入り森の恵みを取り、狩りをして生活していた。
そして得た生きる糧の内、幾らかを森への感謝として村人達が作った祠へとお供えしていた。
その祠は、村人達が入れる範囲の最奥に作られていて、数ヶ月に一回お供えしに行く。
供えた物は、いずれ土へ還りまた恵みをもたらしてくれる。
そう願い、バルナ村の人々は祠を大事に見守り、扱っていた。
ところが、2年前から異変が起き始めた。
お供え物が、供えた翌日に消えていて代わりに別の物が置いてあったのだ。
置いてあった物は、見たことの無い果実やとても澄んだ水の入った筒など。
怪しんだ村人が村へ持ち帰り、村長や年寄り衆へ見せた所、果実は樹海の奥に生えている珍しい果実であり、水は妖精や精霊の魔力を宿した大変貴重なマナ水である事が判明。
後日、またお供えすると同じ事が起き村人達の意見が二つに割れた。
このまま続けようとする人達と気味が悪いから中断しようする人々。
そんな中で、当時16だったカイトは言ってしまった。
「誰もやらないなら、俺がやる」
今思い返しても、当時の自分を殴りたくなる。
なんで、こんな面倒な仕事を引き受けてしまったのか、と。
閑話休題。
「…イト、カイト、ちゃんと聞いてるの?」
「ああ、ゴメン。
またお供えしに行けば良いんだよね?」
「そうよ。急に遠い目してボーッとするんだから、お母さん心配だわ。」
「大丈夫です、今日は私もついて行きますから。」
「あら、悪いわね~。カイトの事、よろしく」
どうやら意識を飛ばしてる間に、リーサがついて来る事で話が纏まったらしい。
目の前にある沢山の供え物を1人で持たなくて良くなったのは、ラッキーか。
カイトとリーサは、供え物をくくりつけた背嚢を背負い、家を出た。
カイトの方が重そうなのは、男の意地である。
こうして2人は、出会いの待つ祠へと歩きだした。