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慣れてきてしまったら危険のサイン

「日向ちゃーん。ちょっと台所のお鍋見てくれる?」

 蓮華の声が家の中に響く。日向は持っていたタオルの山をソファにいったん置くと急いで台所へ向かった。吹きこぼれそうになっている鍋の火を急いで止める。

「あ、危なかったー」

 あと少し遅れていたら大惨事だいさんじになっていただろう、と額に浮かんでいた冷や汗をぬぐう。するといきなり後ろから抱きつかれた。

「ありがとー! ああ、やっぱり女の子がいるって安らぐわあ。ここむさくるしい男ばっかだから癒しが足りなくて……日向ちゃんをこうして朝から見れるなんて最高っ!」

 ぎゅうぎゅうと圧迫死しそうになる強さで抱きしめる蓮華の腕をどかそうにもできず、うめき声をあげていると、通りかかった凪が蓮華をひっぺはがしてくれた。


「すいません、爽快な朝から変態が出没していて。おはようごさいます、日向さん」

 もう黒いスーツに身を包んでいる凪が爽やかな笑顔であいさつする。しかし表情とは裏腹に言葉は毒舌だった。

「あ、おはようございます。な、なぎさん」

 言い慣れない言葉に恥ずかしいやらなんやらで噛みながら挨拶を返す。その様子を見て、凪に首の根っこを捕まれながら蓮華は悶える。

「恥じらう日向ちゃんも可愛い! これは心のメモリアムにしっかり収めなきゃっ」

「あははは」

 蓮華の見た目は胸が大きくて、とても魅力的な大人の女性なのに、中身は残念だった。

 対処法が分からず乾いた笑みを浮かべながら、日向はなるべく蓮華から距離を取る。

 安全第一だ。


「昨日はあんなにてきぱきとした言葉遣いだったのに、今日は敬語なんですね」

 凪が不思議そうに訊ねた。

(そういえば昨日はかなり偉そうにタメ口調で話してた……)

 あれから少し反省したのだ。さすがに警戒する相手だとしても、年上に失礼だったと思う。それに、

「今日からお世話になるので」

 日向はぺこりと頭を下げた。

 そのとき、リビングから正宗の声が聞こえた。

「おーい、飯はまだか、飯はー」

 その声で朝ごはんの準備途中だったことに気づいて、台所の作業へ戻る。素早い手つきでお味噌汁とご飯、おかずをよそると両手で盆を抱えて運んだ。

「和食なんですがどうぞ。お口に合わなかったらごめんなさい」

 洋風のリビングに似合わない和食の朝ごはんを運ぶ。

 今朝のメニューはこんがり焼きあがった小魚に煮物と白菜の漬物、丸い肉団子をいれたお味噌汁に土鍋で炊いた白米だ。

「……まじかよ」

 正宗は口をあんぐりと開けて目の前のお皿を見つめた。その様子に日向が心配になると、いきなり橋を持ちご飯とおかずを口にかきこんだ。

「うまっ……い、いや。まあまあだな」

 慌てて言い直す正宗に日向は微笑んだ。どうやらお気に召したようだ。

「すごくおいしいよ。日向さんの料理はどれも絶品だ」

 凪もはしで小魚をつつきながら手放しで褒める。表情はあまり読めないが梓馬も、もくもくと無言で口にはしを運んでいるので、こちらも問題ないようだ。

「おかわりはいっぱいあるので遠慮なく言ってください!」

 元気よく日向はお盆を抱えて言った。



「はー……不思議だ」

 誰もいなくなった部屋でお茶をすすりながら日向はつぶやいた。

 なにが不思議かというと、ここのアジトやマフィアたちへの慣れっぷりだ。

 出会ってまだ一日と少ししか経たないのに、もう昔から暮らしているような感覚になっていた。


 あれからここで身を潜めることになった。手紙の件は一度横へ置いといて、日向を捜索している警察を完全に撒くことにしたのだ。

 ここで外に出てはどこで捕まるか分かったものじゃない。だからここら周辺が落ち着くまでは一歩も外に出ず、この家で生活することになった。

 正直、マフィアのアジトと言っても生活するには十分な広さの家で、必要なものは全て揃っていたし、家に帰れない身の日向には有難かった。

 だが何もしないでただ飯を食らうのは気が引けたので、凪たちの反対を押し切って家事をやらせてもらうことにした。

 毎日食事がコンビニ弁当やカップラーメンだったらしいので、最初は「総長の娘さんを働かせるなんて」と渋っていた凪も、朝昼晩と三食料理を食べれることで、反対の勢力も弱まっている。

「人間って環境によって、ちゃんと変化するのね……」

 しみじみと人間の不思議について関心する。始めは一つ屋根の下にまだ若いと言える男女が一緒に住んでいるのはどうかと思ったが、心配なさそうだ。

 なによりも蓮華がそこら辺には気を遣ってくれてるようだった。

「それに、この家にそんな下心があるような人いないみたいだし」

 日向もお茶を飲み終わると、コップを洗うため立ち上がった。

 そしてある一点に視線をそそいで、ぴたりと動きを止めた。


「なあ、俺のプリン知らねえ? 冷蔵庫に入れたんだけどなくなっててよ……」


「き……きゃーっ! この変態‼」

「は!?」

 目の前にいる正宗を見て、日向は顔を手で押さえながら後退する。そして手元に持っていたコップを投げようと振りかぶった。

「ちょっ、待て待て。何だよ急に」

 正宗は日向の腕を押さえると、コップを取り上げて机に置く。

 日向は自分が何をしようとしてたのか自覚すると顔から手を外して謝ろうとした。しかしまたもや叫び声をあげると顔を覆った。

「な、なんで、裸なの!? 変態、痴漢、近づくなっ」

 正宗が日向の腕を抑えるために近づいたせいで、はっきりと正宗の鍛え上げられた上半身が目の前にあった。肩と腕辺りに刺青も入っている。

 お風呂上りなのか、わずかにシャンプーの香りがして肌が濡れている。そのせいで一層、生々しく上半身が見えて日向は顔を真っ赤にした。

「裸って上半身だけだろう。シャワー浴びてたんだから仕方ねえ」

「午前の十一時にっ!?」

「そうだ。昨日徹夜で銃、磨いてて風呂には入んなかったからな」

「うん、っていうかそれより、なにか上に着て。お願いだから」

 部屋の隅で一生懸命顔を隠している日向に正宗もめんどくさそうにしながらしぶしぶシャツを一枚羽織る。

 やっとのことで腕を下ろすと、まだ少し赤い頬で始めの質問を返した。

「プリンならさっき梓馬さんが食べてた。名前が書いてないから誰の所有物でもないって……」

「はあ!? あいつっ!」

 最後まで日向の言葉を聞かず、正宗は部屋を飛び出していく。

 日向はへなへなとその場にへたりこんだ。

「大丈夫なわけないか……これは結構用心したほうがいい」

 自分に言い聞かせるように呟いた。

 


 午後は何もすることがなく退屈だったので庭の手入れをすることにした。

 アジトには外から見えないように外壁で囲まれた小さな庭があるが、誰も手入れしないようで自然と化しているのだ。

「うーん、チューリップの球根でも植えるか、よし」

 さっそく軍手をはめて作業に取り掛かる。まず雑草抜きから始まったが、どうにも雑草が頑固で抜けなかった。

「抜けなさいよー、この頑固野郎! そりゃあ抜けたくないのは分かるけど、こっちだっていろいろあるのよ。お願いだから抜けてー!!」

 わめきながら腰を浮かして雑草を抜く手だけに体重をかける。力いっぱい引っ張ったとき雑草の根っこが切れて土が壮大に舞った。その拍子に日向も後ろへ体を倒しそうになる。

「っと。…………なにしてるんですか、日向さん」

 冷めているが怒った色が混じっている声音にびくりと日向は肩を揺らす。背後には倒れそうになった日向を抱きかかえる凪の姿があった。

「えっと……雑草抜き? いや、でもね、この雑草がどうにも抜けなくて、ね」

 しどろもどろで手を動かしながら説明する日向を凪は凍りついた笑顔で眺める。

「なぜ日向さんが雑草抜きを? もし、怪我でもしたらどうするんですか? 現に今も危なかったですよね」

「いや、その……、あのね」

 質問攻めにあい、うっと日向は声を詰まらせた。

 凪はどうにも日向に過保護なのだ。

 弁解べんかいの声を発しようとしたとき、わっと驚いた声が響いた。

「……お前らって、まさかそういう関係だったの? いや、うん。別に誰にも言わないから。邪魔したな」

 よそよそしくその場を後にしようとする正宗の行動に、日向は置かれている状況を把握する。

(えっと、今わたしは凪さんに助けてもらって、抱きしめられていて……!?)

 日向は飛び上がるように立ち上がった。少しだけ凪は名残惜しそうな顔をする。

「別にもう少し寄りかかってくださっててもよかったんですよ?」

「なに言ってるんですか! 正宗さん、これは断じて違います、誤解です! 私はただ凪さんに倒れそうになったところを助けてもらっただけです」

 徹底的に誤解を正すために必死で言うと、横からポツリと「別に誤解されてもよかったんですが……」と言葉が聞こえる。

「じょ、冗談はよしてください!」

 日向はあくまで冷静を装うと雑草取りを再開した。しかし内心、心臓が激しく高鳴っているのがわかる。

(そりゃあ、性格はともかくこんな整った顔でそんなこと言われたら、誰だってドキドキしちゃうでしょ!?)

 自分で自分に言い訳する。

 それに一切気づかない凪は気を取り直して、日向の雑草取りを手伝い始めた。

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