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クズが垂らす話

 唾液への汚らわしいという認識が改まることは無かったが、口から武器を吐き出して戦うこと自体には抵抗がなかったため、クズは自らも唾液を吐きだそうと口をすぼめた。

 だが、舌の位置を工夫したり、歯で舌を刺激したりしても、クズの口内は潤わなかった。

「ちょっと、ツバが湧かないんだけど」

 クズが訝しげに呟く。

「ハッハッハ、それはそうだろう。君の唾液腺は私の施した改造によってバージョンアップしたんだよ。そりゃあ、今までの様に単純な動作で唾液は出てこないさ」

 機械の声は、クズの苛立ちを弾き飛ばすような陽気な調子で言う。

 世の中の機械類は複雑な動作が出来るほど価値が上がる。また、それに伴い使用方法がウンと難しくなっていく。例えば電卓を例にとってみる。四則演算さえできればいい単純な電卓は百円ショップで買うことが出来る。一方で、様々な関数を計算することのできる関数電卓や、電卓界のカリスマ的存在ともいえる電子計算機、つまりコンピュータ等は、百円の電卓の数十倍、数百倍、乃至は数千倍以上の高価な値段で売られている。そのコンピュータを取ってみても、一般人が使用しているようなノートパソコンから銀行等の巨大なデータを管理するようなスーパーコンピュータまである。その使用難易度も、商品の入っていたビニール袋の裏にチョコッと書かれている程度の百円均一の商品と、薄い手帳くらいのサイズの取扱説明書の付いてくる関数電卓、そして開発メーカーの一部の人間くらいしか使いこなすことのできないスーパーコンピュータでは、雲泥の差がある。

 そもそも、今までは人間としての生理現象として自動で出てきていた唾液を、人間の手によって、しかも用途に合わせた形態で自由自在に操るということである。

 つまり、今までは自動で行ってきた単調な動作を、自らの管理の基で複雑な動作に切り替えられたということである。これは、今まで使っていた百円の電卓が、急にスーパーコンピュータに変わっているようなもので、取扱い方法を知らぬ者がチョイと使用することが出来るようなものではない。

 機械の声は、その説明をクズにしてもどうせ理解してもらえないだろうと思い、

「ほら、それは要は義足みたいなものだよ。慣れるまでは上手く使えないかもしれないけど、直ぐに慣れるさ」

 と、実に分かりやすく簡潔な説明を一言添えた。

「ああ、そういうことか」

 義足とは、足がある状態に近づく為の物であり、人体の一部を改造する、というよりは何らかの原因によって足りなくなった人体の一部を補うといったことを主としているので、今回の様に既存の唾液腺の機能を向上させるとは少しニュアンスが異なるが、人工的な人体の一部を取りつけるという共通点があったので、クズもすんなりと納得することが出来た。

「ハッハッハ、だからそこにプロを用意したのだよ」

 と、機械の声が言うと、老執事はクズに向けて軽く頷くように会釈をした。

「じゃあさっき言ってた『基本のキ』ってのは、そもそもツバを吐きだすところから始めるってことか」

 クズは数学の授業で新しい章に突入するような期待と不安を抱えた。

「では、唾液の生成の方法を教授します」

 淡々と喋る老執事が続ける。

「先ほど、唾液を作る基となる試験液を口内で吸収していただいたと思います」

 クズは頷く。

「それは、唾液腺に蓄えられており、そこでコンディションを調整することが出来ます」

「なるほど、つまりタンク的なところに入ってるってことか」

「はい、そういうことです。しかし、いきなり粘度や硬度をコントロールするのは難しいので、最初は唾液腺に蓄えられた唾液を口内に持ってくる練習をしましょう」

「わかった」

 クズは老執事を怪しむこと無く、素直に首を縦に振った。

「では、私の言う通りにしてください。先ずは、両方の奥歯を三秒ほど、強めに噛みしめてください」

 クズは思い切り噛みしめた。

「それによって、水道の蛇口が開くイメージです。口内に唾液が溢れてきませんか?」

 クズは、自宅の洗面台を思い浮かべた。それは恐らく、唾液を最も吐いたであろう場所であり、尚且つ蛇口が付いている場所だからである。そこで、歯を磨くためにコップに水を注ぐことを脳で再現する。と、コップに水がコポコポと溜まるイメージに沿って、クズの口内に唾液が溜まってきた。

「唾液は出たでしょうか?」

 老執事の確認に、クズは頷く。

「では、それを自分の足元に吐き出してみてください」

 クズは、溜まったコップの水を流しに捨てるイメージで、ダバァと唾液を足元に垂らした。するとその唾液は、本来の唾液のように糸を引くこと無く、スルッと滑らかに床に着地した。

「ちょ、このツバ、何かおかしい」

 小学時代の下校の際に、帰路の上にある橋の上から下を流れる川に向かってよく唾液を垂らして遊んでいたクズは、今までの自分の唾液との違いに思わず声を出して反応してしまった。それに対し機械の声が

「ハッハッハ、さっき彼が言ったじゃないか。この唾液はコントロールされていないんだよ。まあ、つまりただの液体ってことさ」

 と、説明した。

「え、コントロールできないって、何か普通のツバが出てくるのかと思ってた」

「ハッハッハ、でも、今の君にとってはそれがテンプレートの唾液、つまり普通の唾液ってことになるんだよ」

 クズは、足元に垂らした唾液というよりは水のような液体を見ながら、機械の声の言葉に

「へー」

 と、呟いた。

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