クズが諭される話
言葉を失ったクズを見て、機械の声は
「ハッハッハ、『驚くのも無理は無い』。これ、一回言ってみたかったんだよね」
と、笑った。
その笑いがパソコンからなのか、老執事からなのか、ますますクズは混乱した。
「まあ、混乱するのもわかる。でもまあ、ここにいる私と彼は、同一のデータであるというだけで同一人物じゃないんだよ。クローンってことじゃないんだけど、何て言うのかな……例えば、同じゲームソフトを持っていたとして、プレイする人物が違えば、同じソフトでも全くの別物になるだろう。その感覚だよ。まあ、ちょっと彼からデータをこちらに移す時、こっちの方を優先させちゃったから、その分だけ彼の方は少し機械的な部分があるかもしれないけどね」
クズは、老執事に変顔を鼻で笑われたのを思いだすと、少しだけ納得できた。
「うん、確かにそうかもな」
「完全でなくとも、少しは理解してくれたようだね。こうなると、このノーパソがいかに危険かも何となく察しが付くだろ?」
「いや、それはちょっと分からない」
「はあ、君は本当に想像力に乏しいな」
機械の声が溜息をつく。とは言っても、実際に息を吐き出してはいないのだが。
「考えてみな。そこにいる彼、いくら機械的とはいえ、私と同じ人格を持っているということになるんだよ。これがどういうことか。簡単に言えば宗教のような事を電子化するということなのだよ。あれは、人の考え方を啓蒙的に広めていくものだろう? 私の発明は誰かの思考を全く同じデータとして、他人に埋め込むことと、抜き出すことが出来るんだ。一概に宗教を悪とする訳でもないのだが、ワンクリックで洗脳が出来るということだ」
「せ、洗脳?」
その言葉の響きの恐ろしさだけで、クズの声色が震える。
「そう、洗脳。だって、自分が正しいと思ったことを他人にインストールできるわけだ。恐ろしいだろう?」
「あ、ああ。ああ。恐ろしい、それは、恐ろしい」
クズの口調がしどろもどろになる。
「だから、私はそれを回収するために、君を改造したんだよ。ここまではさっき説明したな?」
機械の声が荒ぶる。
「なるほど、つまり俺は、お前に洗脳されたってことなのか?」
青ざめた顔でクズが問う。
「いや、違う。そうだけど違う。何かゴメン、君なら素直に騙されてくれると思ったけど、それ以上に素直だった」
「……俺は、洗脳されてるのか?」
少し声に迫力を付けながら、クズは再び確認する。
「いいや、そこは大丈夫だ。大丈夫だよ。君の思考データは何にも弄っていない」
機械の声が答える。普通はそんな一言で信じろと言っても無理があるが、複雑に物事を考えないクズは、少し安堵した。
「ただ、君の体だけ、少し弄らせてもらった」
クズの顔色が再び血の気を失う。
「今の君は、まあ、散々言ってきたが、改造人間だよ。改造人間。ロマンだろう? 男の、ロマン。ハッハッハ、カッコいいじゃないか。改造人間。しかも、正義の改造人間なんだよ、悪じゃない。正義の! 悪の組織を倒すための! まあ、私もその悪の組織の目的とか概要とかはよくわからないんだけど、兎に角私の発明品を悪用しようとしているから、悪の組織! それを倒すため、君は改造された。私によって、改造された」
機械の声は嬉しそうに語る。
「で、だ。いくら改造されたと言っても、それがどう改造されたかを知らねば、君は何もできない。そう、説明書が無いと機械を動かすことが出来ない。だが逆に言えば、決して仕組みは分からなくても操作の仕方さえ分かってしまえば、君は立派な改造人間として正義になれる! 正義、いいだろう、正義。まあ、私はノーパソが戻ってくればそれでいい部分もあるのだが、これは君のモチベーションを上げる為にあえて大袈裟に言おう。正義! 正義! 正義!」
機械の声が正義を叫ぶと、老執事も
「そう、正義」
と、呟いた。
すると、クズも段々と自分が世界を救う様な正義の使者のように思えてくる。そしてつい、
「せい、ぎ」
と口に出してしまう。そこに機械の声はラッシュを掛ける。
「正義だ、正義! 安いものだろう、君の借金の返済の条件として、正義を貫くだけだなんて」
借金という、クズの枷に触れることで、クズに反発できなくさせる。
「さあ、君は改造人間として、私の発明品を取り戻しに行くんだ」
「ああ、わかった。これで借金はチャラなんだな? 現ナマを用意しなくていいんだな? てか俺、ブッチャケ殺されなくて済んだんだな?」
クズの顔が明るくなる。
「そうさ、まあ、これから多少の危険は伴うかもしれないが、私が君を殺すことは無い。まあ、改造中にちょっとヤバいかもと思った瞬間はあったけど、君は生きているじゃないか」
「ああ、生きている!」
クズは鼻息荒く、拳を振り上げた。
「さて、ここで君にどういった改造を施したか、簡潔に説明しよう」
機械の声はそれまで熱く語っていた口ぶりを、急に落ちつけた。