クズが食いつく話
クズ程度の頭では、目の前の両者の内のどちらかが謎の声だという発想には至ることが出来なかった。それは、クズの頭に血が上っていたというコトもあるが、それ以上にクズの思い込みとして、謎の声はクズより後から侵入してくる、というモノがあったからである。
「ご託はいいから! 誰か! お前えらは、誰か!」
「ハッハッハ、君は私が登場する度に、怒っているね。さっきまで一緒に作戦を練っていた仲じゃないか」
タキシード男は、それまでクズと共に行動してきた謎の声と同じ声で言う。と言っても、タキシード男の声が変わったわけではなく、クズの認識の内で、タキシード男と謎の声が一致したというコトである。
「アッ! 今まで姿を見たこと無かったから、全然分かんなかった。お前だったのか!」
クズはある種の感動を覚えた。これは、クズの内側に合った謎の声へのイメージと、実物との合間に生じたギャップから生じたものである。タキシード男を見る前は、クズの中で「謎の声=老執事」という等式が成り立っていた。無論、それまでに散々謎の声が言っていたように、謎の声と老執事を結ぶモノは全くの=《イコール》ではなく、≒《ニヤリー》である。この、イコールとニヤリーの差が、クズへの誤解を生んだ。
見かけ上は、老執事と微塵も似つかぬ風貌に、クズは
「俺はもっと、お前は執事の爺さんみたいな感じだと思ってたよ」
と、口にした。それまでクズの言葉に内包されていた警戒心と恐怖心が消える。続けて、
「しかし、お前がそんなにダンディと言うか、老体の次はナイスミドルとはな」
クズは余裕が出来たコトにより、周囲の状況を見渡せるようになった。
「しかもロマンス・グレーか。執事の爺さんは真っ白けだったのに、何て小生意気な!」
「ハッハッハ、年上に対して小生意気とは、随分な口のきき方じゃないか。まあ、実に君らしくはある」
「ところで、お前から見て対面に居る赤いスウェットの男は?」
気が楽になったことにより、クズは見知らぬ相手に対しても、タキシード男に対するソレと同程度の警戒心で接した。
「ン? これがさっきのインターホンの方?」
スウェット男はクズを訝しそうな目で一瞥した後、ブヨブヨとした二重アゴに生えたカビの様な髭を摩りながら、タキシード男に尋ねた。タキシード男は答える。
「アア、そうだよ。私と彼で、ここに来たんだ」
「フーン」
と、スウェット男は、一重のポッテリとした細い目を更に狭めて、クズを益々怪しみながら、猜疑の目を向けた。続けて、
「じゃあ、貴公がワタシの愛玩具を壊してくれたんだね?」
スウェット男は、口内が乾燥しているのか、開く度にニチャニチャと音を鳴らす。その音が耳に纏わりつき、クズの神経を逆なでてくる。クズはイライラとしながらも、ソレを顔に出さない様にして答える。
「愛玩具? 知らん!」
しかしながら、いかにポーカーフェイスを気取っても、クズの声に多少の不快感が乗った。それでも、スウェット男はクズの感情を読もうともせずに口を開く。
「フーン、まあ、いいや。そこのタキシードの彼とも話は済んだし、もう帰ってもいいよ」
「ハァ? 何を言ってるんだ? お前は! 俺は! お前をぶん殴りに来たんだぞ! 帰ってもいいなら帰るけれども、一発だけ殴らせろ!」
クズは、スウェット男と対面するまでは
(あの女以上の脅威が出てきたらどうしよう)
と、一抹どころではない不安を抱えていた。だが、(声だけとはいえ)それまで同行していたタキシード男と仲良く話していたことも大きな要因ではあるが、スウェット男はクズが脳内で引いていたラインの脅威にならないゾーンに該当するオーラの持ち主であった。つまり、
(まあ、こいつなら倒せるだろう)
と、クズは判断したのである。
クズからしてみれば、完全に格下に舐めた態度を取られたのだ。しかも、スウェット男の口から繰り出されるニチャニチャ音により、クズの頭には血が上っている。熱しやすく冷めやすいクズは、スウェット男からしてみれば図らずとも己がペースに勝手に乗ってくれた形となった。
少し前までの、割かし冷静であったクズだったならば、
(俺がインターホンを押してからこいつらに出会うまで、三分も経ってない。カップ麺も出来ない内に、話がつくものなのか?)
と、至極当然な疑問が浮かんでいたはずであった。けれども、こんな疑問も抱くことが出来ぬほどに、クズの脳内は客観視出来ぬ熱を帯びていた。
クズのその有様を見て、タキシード男は、
「まあまあ、少し落ち着きなさいよ。君が彼をどう思っているかは知らないけれども、君が入ってくるまでの間に、彼との話し合いはもう済んでしまったのだから。君は少し来るタイミングを逃したようだ」
と、件の疑問を導き出させるようにヒントを出した。すると、クズはその撒き餌にしっかりと食いつき、
「イヤイヤ、タイミングもなにも、俺がピンポンを押してから、まだ話し合いが付くほど時間が経ってねえだろ」
と、室内に掛けてある丸い時計を見ながら、それでもインターホンを押した時間が分からぬので、明確な時間を出さずに答えた。




