クズが腹立つ話
それまでは、独り言のように呟いていたクズであったが、感覚的にその角の向こうに人が居ると察すると、
「誰か?」
と、声を強めた。
しかし、恐らくクズの存在自体が会話をしている二者にバレテいたのであろう。一瞬だけ会話が止んだのだが、シーンという効果音が出る間もなく、再開された。
クズの心中では、自らの存在が無視されたことに対する憤りよりも、熱い火の粉が飛んでこなかったコトへの安心感が大きな面積を占めた。これは、少女がクズに植え付けた恐怖心よりジンワリと広まった敵勢力への畏怖の念である。
だがそれ故に、クズはその場で迷った。こちら側に風向きが向いていない火の元へ飛び込んでいくか否か。
これが、親の仇とあらば、クズはこれほど迷わなかったであろう。無論、逃げる。いかに近しい人間といえども、
(俺まで死んでしまったら、あの世で余計悲しむからな)
と、尤もらしいこじ付けで自身を納得させつつも、最終的には自分可愛さで安全地帯に身を置きに行く。
だが、今回の件は、自らの仇なのである。これがクズたる所以とも言えるのだが、他人に起こる事象に対してはテンで興味がない。一方で我が身に降りかかるどんな事象には、ようやく常人並の行動力を発揮する。ただし、それが為に金貸しの世話になり、結句として改造人間にされたトコロを見ても、行動を取ることで全てが好転するわけでもないのだが。
クズは、迷った。葛藤。逃げる道も進む道も、その先にはクズ度合いが上がることしかないのだが、それでもクズは真剣に考えた。
(あっちに二人いるとして、こっちはまた俺一人で挑めばいいのだろうか?)
(さっきのあの糞女も、結局は俺が倒したわけじゃないしなあ)
(いやしかし、サポート役としての俺の役割は十分に果たせたんじゃないか?)
(そう考えてみれば、今回俺が突っ込んで行ったとて、またアイツが倒してくれんじゃね?)
(ン? アレ? じゃあ、俺行かなくても、勝手にアイツが?)
混乱してきたので、結論をシンプルにした。
(ああ、そうか。俺が主犯格を殴りたいんじゃないか。そういうことか)
クズは勇んで前進した。
「誰か? そこに居るのは誰か?」
先の「誰か?」から、時間にしてみれば三分も経っておらぬのだが、それでも単細胞のクズの心が決まるには十分な時間であった。
「ヤアヤアヤア! 討ち入りじゃ、討ち入りじゃ! 正義の名のもとに、お前らを一網打尽にしてやる!」
マルで酔っ払っているかの様なフザけたセリフを引き連れて、クズは会話をしている二者の前に立った。
すると、
「ああ、やっと来たか」
と、クズにとって聞き覚えのある声が返した。
「は? 俺はお前らを、ぶんなぐる為に来たんだぞ?」
会話をしている両者が違わず敵陣営の人間だと思っていたクズにとって、想定外の返しが来た為、クズが戸惑った。
「ハッハッハ、私だよ、私。さっきまで共に行動していたではないか」
先まで混乱をしていて、シンプルな結論を実行することでその混乱を誤魔化したクズにとって、その問いかけは頭を抱えざるを得ない難問であった。
「ハ? 手前は?」
その問いは、クズがクズたるからではなく、クズといえども人間である為に問うた。
「ハッハッハ、さっきまで一緒に居た私だよ」
会話をしていた内の、タキシードを着ていた方はそう答える。一方で、上下、年季の入った薄れた赤色のスウェットを着ていた方は、クズに対してウルサそうな視線を向けた。
その、聞き覚えのある口調ではあるが意味の分からないコトを抜かしてくるタキシード男と、あからさまにクズを邪見してくるスウェット男に、クズは少し困った。しかし、それと同時にクズはイライラした。正義の味方と言えばヒーロー戦隊モノを真っ先に連想するクズにとって、宣戦布告とは第一に敵陣営が怯む瞬間である。にもかかわらず、クズからしてみれば目の前に居るどちらが敵か、或いはどちらも敵かは知らぬが、どちらにせよどちらも平静を装っているのは癪に障った。
「オイオイ! 俺は、お前らの作った最終兵器、まあ定規なんだがな、ソレをブッ潰してきた男だぞ? それに、ソレを持った少女も、足がもげて死んだ。さあ、どうしてみる?」
クズは、威嚇とも言えぬ威嚇をした。本来、威嚇とは自らが優位に立つ為に相手にけしかけるものであるが、そこまで頭の回らぬクズにとっては、自分が言われて何となくムカつきそうな言葉を並べた。つまり、挑発である。
だが、案の定、
「ハッハッハ、そんなことは知ってるよ」
と、会話をしている一方からしか返答が得られなかった上に、クズが期待していた様な、相手からの怒り成分の含まれた返答が返ってこなかった為、返ってクズの腹が立った。




