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クズが窓を割る話

 クズが侵入を試みたのは、丁度日が当らない様になっている北側の窓からであった。

 窓からの侵入に関して、最も気を使わなければならぬのは音である。よっぽど人目につきにくいポイントから侵入したのならば、誰かに見られるコトはそうそうない。しかし、音とはなかなか厄介なモノで、空気に乗って飛べるところまで逃げて行ってしまう。例えば防犯ブザーの類も、音を掻き鳴らして周囲の人間を呼ぶことが真の目的ではあるのだが、それ以上に音が鳴るという事象自体に意味がある。目に見えるモノは隠せばいいのだが、音だけは隠せぬ為、鳴り響いたブザーを遠くに放ってやることによって、その間に襲う側はブザーを壊しに行く。そうなれば、襲われる側には逃げる時間が生じる。

 とどのつまりは誰かが来るかも知れぬという、恐怖心。いくら考えの浅いクズと言え、窓を叩いて割れば相応の衝撃音が発せられるコトくらいは想像がつく。

 クズは

(さて、どうしたものか……)

 と考えながら、何の気なしに唾液でコーティングされた右掌をニチャリと開くと、真ん中の三本の指の腹で軽く窓に触れた。そして、いかにもアダルトビデオでありそうなワザとらしい前戯の様にツーッと指を辿らせると、窓には三匹のナメクジが這ったような跡が付いた。

 その這い跡を五秒ほど凝視すると、クズはかつてあまりの金欠故、空き巣を目論んだ際に調べた窓の割り方を思い出した。無論、クズが実行できるはずもなく、その計画はクズの脳内だけで終わったのだが。

(そうか、ガムテープ。窓をガムテープでかためてやれば、音はしないってネットに書いてあったな)

 するとクズは、素手で撫ぜる様にして、右手の唾液を窓に塗り付けた。

 発想自体は至ってシンプルなもので、ガムテープの代理品として、粘度の高い唾液を使用するというコトである。要は、物体が衝撃音を発する際に、音の性質を聞き取り辛くしてやればよい。ここで唾液が振動を吸収するクッションとなる。この唾液クッションというのが秀逸であり、音を小さくするのみでなく、ガラス特有の高音の衝撃音を和らげる。

 唯一、この唾液クッションを使う際にポカがあったとすらば、それはクズはガラスを叩き割ったことである。

 概して、モノは叩き壊すよりも、抉り壊した方が音はせぬ。これは、クズがかつて調べた空き巣の方法にも書かれていたのだが、一つを調べると満足してしまうクズは見落としていた。

 それでも唾液クッションが十分な働きをした為、全くの無音ではなかったが、ほとんど目立たぬ程度の衝撃音のみで窓ガラスを破壊することに成功した。

 しかし、それでも窓を割る為にはそれなりの力を込めて打撃を加えなければならぬ為、その打撃音や、打撃による直接的な振動は屋内に居る人間には伝わったであろう。実行者であるクズとしても、周囲にはバレぬが対象物内に身を置く人間にはバレバレだな、と感ぜられる程度の感触は存分に感じた。

(ここからは、迅速な行動を!)

 窓が割れると即、謎の声がクズの脳内に言語情報を送信してきた。

(わかってる、わかってる)

 クズも、見た目ほど大きくない窓にせっせと自らをねじ込みながら反応する。

 窓縁に若干残ったガラス片にボディーバッグを傷つけられつつも、クズ自身は無事に潜伏に成功した。

(ああ、俺の……バッグが……)

 お気に入りのバッグに傷が付いたため、ガクッとテンションの下がるクズであったが、改めて眺めてみると、少女の定規によって地面に這いつくばった際にも汚れが付いていた為、何となく諦めが付いた。だが気にいっていたグッズが刹那に駄目にされてしまった事実に変わりはない為、下がったテンションは、戻るどころか降下を続けた。

 そうして、間取りも分からぬ家の中を、唾液でコーティングされた靴でトボトボと歩いていると、どこかから二者の会話する声が聞こえてきた。

「誰か? そこに誰か?」

 そもそも敵のアジトと思しき建物の中なので、クズは誰かがいるコトに関してはそれ程驚かなかった。

「誰か? 誰か?」

 それでも敵のアジトなので、警戒心を剥き出しにしながらソロリソロリと歩を進める。眼球から呼吸が出来そうなほどに目を見開き、唇で舌をキュッと挟み、体中の神経を研ぎ澄ませる。鼻炎故の欠点、ヒューヒューと鳴る鼻息を抑える為に、ゆっくりと肺を満タンにしながらソウッと吐きだす。

「そこにおるのは、誰か?」

 口蓋垂をガラガラと震わせながら音を出す。

「誰か? 誰か?」

 ゆっくりゆっくりと、クズは会話が聞こえる方へと忍び寄って行った。

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