クズが舌を打つ話
クズが再びチャイムを鳴らしても、家主と思われる男性はインターホンに対応しなかった。先ほどの件の直後であり、見るからにカメラ付きのインターホンなので、モニターに映り込んできた厄介そうな男を無視するというのは、当然と言えば当然の対応である。
しかし、幼き頃に視聴していた戦隊モノの特撮の影響で、悪人とは即ち正義と戦う義務があると思い込んでいるクズにとって、この家主がクズの来訪に応じぬというモノは、実に卑怯臭い行為以外の何物でも無かった。
クズは、一つ大きく舌打ちを入れた後、
「オイ」
と、不機嫌さを前面に出しながら謎の声に話しかけた。
「俺はいったい、どうすればいいんだ?」
「と、言うと?」
「は? 『と、言うと?』だと? 何故俺が説明をせにゃならない? 実行犯……まあ、俺たちは正義だから犯って言葉はあまり使いたくないが、コトの発端はお前だろう?」
「ハッハッハ、そんなにカリカリしても仕方ない。しかしまあ、君の言い分も尤もだ」
という謎の声の一言に、クズの表情は少し柔らかくなった。
「お、お前にしちゃ、なかなか素直じゃねえか」
「ハッハッハ、私はいつでも聖人君子だよ」
謎の声は、相変わらずジョークを挟んだが、語彙力の低いクズは、聖人君子が分からず、
「成人ってのが大人な態度を表しているのは分かるんだが、クンシってのは何だ?」
と、誤った解釈をした。
謎の声は、クズが何を言っているのか分からず、数秒間、場が沈黙で凍った。しかし、「聖人」を「成人」と誤解したことを察すると、
「ハッハッハ、そりゃあいい。確かに、キリストも釈迦も、下卑た大人になるのが嫌だったから、良い大人になったのだろうね。ハッハッハッハッハ」
と、笑った。それに対してクズは、
「まあ、子供が一人で宗教を創って布教するってのは難易度は高そうだよな」
と、結句として聖人君子の意味を解さぬまま、謎の声の冗談を素直に受け止めてしまった。
「よし。じゃあ話もまとまったところで、特攻しようか」
謎の声は、冗談を吐いたままのテンションで、これから少し飲み会にでも行くようなノリで、クズに支持を出した。
「ハァ? ちっとも話がまとまったようには思えなかったんだが?」
普段ならば、テキトウなことをクドクドと言っておけば何となく納得してしまうクズであったが、流石にこの程度では誤魔化されぬ。
「ハッハッハ、まあまあ。君は私に『どうすればいいんだ?』と質問してきた。話がまとまったってのはテキトウな言い回しだと思って聞き流しておいてくれ」
「そういうことなら、最初からそう言えってんだ。変に小難しい表現を多用されても、俺は分からんぞ」
「ハッハッハ、私としては、君にとって未知な語彙をどう解釈するか、これを楽しんでいる部分もあるのだよ」
「お前とてお前で、結構なサディストだよな」
主犯の男に対して抱いたほどでは無いが、クズは引き気味の口調で言った。
「ハッハッハ、手厳しい」
柔らかな声で、謎の声は言う。続けて、ピシッと筋が引き締まった声で、
「じゃあ、行こうか」
と、呟いた。
謎の声は呟くと同時に、クズの頭の中に直接、
(とりあえず、唾液を靴と手の平につけてくれ。靴は先端を固めて安全靴タイプにするイメージで。手の平にはメリケンサックを作るイメージでいいんだけど、一応、何かあった時の為に少し粘着力は強めにしておいてくれ)
(オッケ。分かった)
謎の声に返事を送信すると、クズは早速唾液を生成しようとしたが、いくら噛みしめても唾液は湧いてこなかった。
「アッブネ、唾液の補充忘れてた」
クズは唾液の代わりに独り言を吐きだすと、慌ててボディバッグの中の試験液を手に取り、一気に口内に含んだ。
「アッガッグァッ」
すると案の定、口内が惨事になり、クズはカハカハと喉の奥を鳴らした。
「ハッハッハ、ついでにもう一つ、この場で指示を出しておこうか。落ち着いて行動したまえ」
クズの苦しむ姿を見て、声を震わせる謎の声。それに対して、クズはモジャモジャとする舌で、
「うるせえ。だったら、もっと、ちゃんと、したグッズを、作れって、話だ!」
と、途切れ途切れに喋った。
「ハッハッハ、まあまあ。落ち着きなさいって。それに、あんまりここで長話をしていても、また面倒なことになりかねないから、落ち着いて、それでもピシッピシッと行動すること!」
謎の声に対して、まだまだ変な感触の残る舌を一度打った後、クズは
「ハァ、じゃあ、改めて」
と、靴の先端に唾液を垂らした。




