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クズがインターホンを押す話

 クズに送られた情報の中にも入っていたのだが、少女の脳みそをカチ割った位置から敵陣営までは、徒歩で五分ほどしか離れていなかった。

 クズは一応、謎の声と共に敵のアジトへと向かったのだが、謎の声は相変わらず姿を見せなかったので、見かけ上は一人だけで乗り込んでいった。

 敵の本拠地と思しき建物の前に立ったクズは、体のどこかが宙に舞っていってしまいそうな緊張感を覚えた。例えるならば、初めて、一人で定食屋に入り込む直前の感覚に似ていた。

 築十年も経ってなさそうな二階建ての一軒家は、完全に住宅街の内にとけ込んでいた。木を隠すなら森の中、建物を隠すなら住宅街とでも言いたげなほどに馴染んでいるその建物の内に、果たして誰が人に触れると意識を遠くに飛ばしてしまう定規や、快楽データを主人に送信することのできるサイコキラー少女を造った人間が住んでいると思うだろうか。

 頭に内の情報の中では確かにその物件がアジトだと示しているので、到着するなりクズは

「ここか……」

 と呟いたが、侵入しようとマジマジとその一軒家を眺めている内に、

「ここか?」

 と、疑問符がついた。

「ハッハッハ、大丈夫だよ、大丈夫。そこが目的地であっているよ」

 敵の拠点に辿り着いても、変わらず声だけで対応する謎の声は、意気揚々と喋る。

「ハッハッハ、定規ですら武器にして、少女ですらサイコキラーにしてしまう人間だよ。逆に考えてみれば、そこらの一軒家を設備の整った秘密基地に仕立て上げるくらい、お茶の子さいさいだろう」

「ウーン、そんなもんなのかな」

 クズは、謎の声の言葉を今一つ呑み込みきれないまま、インターホンのチャイムを鳴らした。すると、インターホン越しに

「……ハイ、どちら?」

 と、明らかにクズを怪しむ、男性の声が聞こえた。

「あ、エット、ちょっと、伺いたいことが、エット、あるんですけど」

 緊張気味にクズが応える。

「ハア、で、どちら様?」

「あ、アット、宗教とか、新聞の類の勧誘とかじゃなく、エット、お宅のお譲さん? 娘さん? とにかく、その件で、お話があるんですけど」

「娘? 家に娘なんぞ居ませんが? 人違いでは?」

「え? エット、あの、その、人違いでした、すいません!」

 クズがそう言うと、プツッというインターホンが切れる音がした。

 クズは、元々ツラの皮は厚い方ではあったのだが、それでも顔面から火が噴きでるほど、恥ずかしくなった。これは、単に人違いだと言われたからだけではなく、それ以上にインターホン越しの男性の声に対して一切の違和感を感じなかった為である。男性の声は、娘のいない男性であると信用させるには十分な現実味を帯びていた。

「オイ、やっぱりここじゃないんじゃないか?」

 マンマと謎の声にしてやられたと思うクズは、あからさまに不機嫌な態度を言葉にも貼っ付ける。

「ハッハッハ、敵さんも中々のアクターだね。それとも……」

 ここで謎の声は、主犯が自らの感情データをコントロールし、インターホン越しくらいならば何を言われても動じぬように調節しているのではなかろうか、と、言いそうになったが、不図口を止めた。

「ん? それとも?」

 クズは普段から揚々と喋り切る謎の声が中途半端に口を噤んだのに対して歯切れの悪さを感じた。

「ハッハッハ、ゴメンゴメン、いやいや、それとも、君に送ったデータには無かったんだけど、実は敵さんは一人じゃなかったのかもしれないな、とね」

「え? じゃあまた、俺はあの女みたいなやつと戦わなけりゃならないのか?」

「いやいや、そういうことじゃなくて」

「あ、わかったぞ! 真の敵は自分の内側に云々とか抜かすつもりだろう?」

「ハッハッハ、そんなセリフを、私が言うとでも思ったのかい?」

 事実として、クズの脳内には情報処理装置が仕込まれているので、そういった面ではクズの内側にも敵はいると言える。

「お前なら言いそうではあるけどな。『言ってみたかった』っつー口上を添えて」

「ハッハッハ、違う違う。私が言いたいのは、少女の記憶の中にある敵陣営が、敵陣営の全てではないという可能性だよ」

 謎の声に一言に、クズは眉間に皺を寄せた。クズが理解していない様子を見て、謎の声はかみ砕いて説明し直す。

「エット、例えば件の少女が、仮定上複数人いる主犯格の内の一人に改造されたとして、その改造された人間としか接点がないとすらば、少女の中にある敵陣営ってのは、主犯と少女しかいないだろう?」

「ん、ん?」

 クズは、目をつむり、左手の中指で眉間に寄った皺を軽く抑えつけながら、考えた。

「つまり、他の奴らはどっかに隠れてたってわけか?」

 そして、二十秒弱考えた後、目玉だけ開いて、それでも謎の声は姿を隠しているので、どこを見るわけでもなく、問い掛けた。

「ハッハッハ、その解釈で十分だよ。さすれば、さっきインターホン越しに出てきた輩が少女の存在は知っていたとしても、少女のことを知らぬ可能性はある」

「ナルナル」

「ハッハッハ、ってことで、もう一回だ。ピンポンしようか」

 クズが何となく納得したところで、謎の声は再びクズを嗾けた。

 そもそも、これから特攻に行くのに、しかも出発時には隠密行動をとる、という作戦であったのに、インターホンを鳴らして敵に玄関を開けてもらうトコロにツッコむべきなのだが、少女を倒した上に、既にクズがインターホンで宣戦布告の様なモノをしてしまった以上は、住宅街の中で怪しい行動をとる方が愚策だと考えた謎の声は、作戦を正面突破に切り替えた。

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