クズが考える話
頭蓋骨がカチ割られて脳ミソが剥き出しになっている上に、自らの口からぶちまけた吐瀉物の滴った少女が、更に、ノートパソコンを取り戻しに行くという目的の為だけに、その亡骸を研究材料にされて弄くられている様を見て、クズは少女に対して少なからぬ同情心を抱いた。それによって、クズの少女に対する嫌悪感が拭われるわけではないのだが、それでも、まだまだ酒も飲んだことがないであろう少女の今後の未来を断っておきながら、その上で死後もこの仕打ちとなれば、弔いの花はなくとも、安い同情くらいは掛けてやりたくなる。
(まあ、これが俺じゃなくてよかったよ)
だが、やはりクズの心中は、自らを殺めようとしてきた少女に対する同情よりも、自身の無事に対する安堵感の方が大きな割合を占めた。
まるで心臓を湯船に浸けたかのように、クズの中に安心感が広がっていくと、それまでキンキンに高ぶっていた感情も緩やかに落ち着き、クズなりに冷静な判断力を得る。冷静に判断することが出来るようになると、人は反省をするようになる。また、それまで主観的に行ってきた事象に対しても、全くの外側から見つめ直すことは難しいにしても、少しだけ客観的な猜疑心を合間に挟んで判断することができるようになる。
すると、クズの脳内はもう死んでしまった少女に対する疑問で支配される。
(そう言えば、どうして未成年女の子なんだ?)
(そもそも、単騎で突っ込んできたってのも、よくわからん)
(さっきは偵察とか、定規の実験とか言ってたけど、それでも雑過ぎはしないだろうか)
(そう言えばさっきの女、時々口調がおかしくなってなかったか?)
(あれ? てか、冷静になって考えてみると、俺をあの少女の前に誘導したのって……)
そこでクズはハッとする。
(え? てか、爺さんも死んだって言ってたけど、それって?)
クズの心臓を浸す湯船の温度が上がっていく。
(え? そもそも、本当に爺さんとパソコンの中に居た人格ってのは、同一人物なのか?)
ドクドクと、心臓から溢れ出るマグマがクズの全身を巡る。
(でもちょっと待て、アイツが来なかったら俺は死んでたし)
アッツアツの血液から湧く湯気のような、激しい鼻息を吹きだす。
「ちょっと、いいか?」
まだまだ頭の中の整理もつかぬ内に、クズは、少女の脳ミソの解析を行っている謎の声に問い掛けた。
「ん? なんだい?」
「お前は本当に俺の味方なのか?」
愚直な質問。
「ハッハッハ、なんだい? 急に」
「いや、ちょっと冷静になって考えてみたんだけど、どうにも腑に落ちないっていうか」
「ホホウ? 例えば?」
機械を介さぬ、肉声が故に、謎の声のテンションが少しだけ尖ったのを、クズは感じ取った。
「だって、俺がそこで死んでる女と出会ったのも、そもそもが爺さんとお前の言葉の矛盾について考えてる時だったし」
「ハッハッハ、そりゃあ、私と彼が全く同じ状況と心境だったなら、同じことも言えただろうケド、私と彼は別行動をしていたんだよ。これは前にも言ったけれども、あくまでも私と彼は基のデータベースが同じだけで、各々の人間なんだ。そこに言葉の矛盾が生まれたとして、なんの不思議もないだろう?」
堂々と言い返す謎の声に、クズは口籠る。それに対して謎の声は畳みかける。
「あの状況で、私が『彼の元に向かってほしい』と言ったのは、君に加勢してほしいっていうのと、最低限、敵の情報を得たかったからってのがある。まあ、彼が何を考えて君に『逃げろ』と言ったのかは調べてみないと分からないけれども、もちろんそちらにも理由はあったはずさ。恐らく、君が納得し得る程度の理由がね」
軽快な口調で語る謎の声に、下を向きながら聞いていたクズが口を挟む。
「ちょっと待て、その辺の意思疎通なら、頭の中の会話で出来たんじゃないか? いや、確かに爺さんは頭の会話をする時にちょっと目を隠す癖があったけれども、そんなん気にする前にチョチョッと情報を送ればいいだけの話じゃないか」
そのクズの質問に、謎の声は少し黙った。
「……ハッハッハ」
そして、引きつったような笑い声の後、
「まあ、なかなか鋭い指摘だけれども、まあともかく、さっきの少女から引き出した情報に、その辺の答えも詰まっているから、とりあえず君に送るよ。ただ、簡易的にまとめてはおいたけれども、結構な量だから、少し頭を整頓しておいてくれないかな」
と、いかにも苦し紛れに聞こえる言葉で回答を濁した。
それに対して、良くも悪くも素直なクズは、
「よし、分かった」
と、謎の声に言われるがままに頭の中をグルグルと巡る疑問を、深呼吸と共に外に吐きだした。
「じゃあ、その情報とやらを送ってくれ」
「ハッハッハ、じゃあ送るよ」
大海ほどではないが、水溜まり程度の水を得た魚くらいには良くなった調子で、謎の声はクズに情報を送り込んだ。




