クズが解く話
「パソコンに関してなら大丈夫だよ。ガッチガチにパスワードで固めてきた上に、最終関門として私の独占欲をウィルスとして残しておいたから」
つまり、ノートパソコンの中の謎の声のデータを全て持って来たのではなく、少しだけ残してきたというわけだ。
「ハッハッハ、まあ、七つの大罪、強欲を残してきたのは少し不安ではあるけれども、私の独占欲データが作動するにはパスワードを突破することが前提になるから、欲望むき出しのウィルスが暴走することはないと思うよ」
「なるほどね」
クズは、話の本筋はよく理解できなかったが、「パスワードを固めてきた」という一言についつい納得してしまった。
「あ、それともう一つ、俺はこれからどうすればいいんだ?」
思い出したかのようにクズが問う。
「アア、そのことに関してだが、どうやら、私の肉体の方の、執事の彼がやられてしまったらしい。君の頭の中での探知機能でも、彼は全く反応していないだろう?」
クズの頭の中の地図では、確かに老執事の現位置を示すマーカーは、ピクリとも動かなくなっていた。
「え? 執事の爺さん、死んじゃったの?」
「残念だけど、ご愁傷さまだね。自分が死んだのに対して『ご愁傷さま』ってのも変だけどね」
謎の声は、あっけらかんとして冗談を吐く。
「何か、お前を見てると、まあ、姿が見れないから何とも言えないけど、本当に死んだのかってくらいアッサリしてるな」
「ハッハッハ、これでも心の中は大洪水だよ」
その言葉とは裏腹に、謎の声の肉声はとてもドライであった。謎の声は続ける。
「ああ、そうそう。執事の彼の死に伴って、ここからの指揮は私がとるよ。と言っても、やっぱり姿は見せられないけどね。でもまあ、恐らく敵陣営の内で戦闘に特化していたのは彼女だけだと思うよ。例えば彼女が偵察役だったとしても、彼女以上の脅威にはならないだろうね」
謎の声の言葉に、クズは思わず
「え? 何で?」
と問うた。
「だってそうだろう? 相手サイドからしてみれば、誰かしらから奇襲を加えられる理由なんて例のノーパソくらいしかないじゃないか。(まあ、敵が犯罪者集団で、あらゆる組織から狙われている可能性もなくは無いが)そう考えてみると、単騎で突っ込んでくるってのは少し解せないだろう?」
クズは腕を組み、少しだけ眉間にしわを寄せた。
「じゃあここでもう一つ仮定を付け足そうか。仮に、今回、彼女を単騎で我々に向かわせたことに、何らかの意図があるとすらばどうだろうか?」
「意図?」
「そう。単に我々を殲滅させるだけではなくて、例えば彼女の持っていた定規、アレは詳しく調べてみないと分からないけど、恐らく全身をハネムーン症候群の様にしてしまうものだろうね」
「ん? 何だ、その素敵な名称の群は?」
「ハッハッハ、腕枕をして寝た後に腕の感覚が無くなるアレだよ。経験したことは無いかな?」
クズは、意識が戻る直前の、全身のしびれがとれるような感覚を思い出した。
「きっとあの定規には特殊な機能が付いていて、全身の神経を少し鈍くする働きがあるみたいだね」
「ナルナル。素敵な名称の割には恐ろしい群だ」
「だから、君の場合は少し脳ミソの中の情報処理装置を使わせてもらったよ」
ここで、謎の声が「君の場合」と言うのは、駐在は別の要因で再起させたということである。クズは意識が朦朧としていた為、駐在の存在を知らぬ。なので余計なことをクズの頭に入れぬように、そのことについては触れなかった。
「要は、今の君はまだまだ全快ではないというコトだよ。情報処理装置を使って神経を誤魔化してるから、普段みたいに動けるようになっているってわけさ」
「ん? またお前に騙されてるってことか?」
「ハッハッハ、人聞きの悪い。感謝されこそすれ、疑われるとはね。まあ、ともかく、そんなえげつない装置を発明しちまったら、発明家として試さざるを得ないだろう? それと、私が睨んだところによると、恐らく彼女自身にも何らかの細工がしてあるだろうね」
クズはここでようやく、腕を解いた。
「まあ、長々と言ってたけど、つまり強いヤツの強さを見たかったってことでいいのか?」
「ハッハッハ、まあ、そういうことだよ」
「またあの女みたいなヤバい奴が来たらどうしようかと思ったけど、もういないなら何とかなるか」
クズは、安心したように眉間のしわも解いた。
無論、謎の声のいう敵陣営の中に少女より強い者がいない保証は無い。下手をすれば、少女はただの使いっぱしり感覚で投げ出された偵察部隊の可能性もある。それでも、謎の声は、クズのモチベーションを高い位置で保ち続けるように、わざと少女より強い者はいないと、クズに思わせた。
「ハッハッハ、後は簡単だよ。彼女の脳ミソから敵のアジトの情報を抜きだして、チョチョッとノーパソを奪還するだけだ」
「何だ、それだけか」
傍から聞くと、脳ミソから情報を抜きだす、とは何とも狂気じみた会話であるが、鼻から情報処理装置を吸引したクズにとってその行為は大したコトという認識ではなかった。




