クズが嘔吐する話
地べたに這っていた時のクズは、意識こそあれ、本人としての自覚は保てていなかった。つまり、一種の記憶喪失の様なもので、少女に操られていたわけではなかったのだが、それでも自らの意思はどこか遠くへ吹っ飛んでしまい、残された本体は外部からの刺激に対してジタバタともがくか奇声を発して抗うことしかできなかった。
少女が地に伏してから暫くすると、クズは呻き声をやめ、ビクンビクンとしていた震えも治まった。そしてどこか遠くを眺めていた眼球にも力が籠り、臀部を空に向かって突き出したうつ伏せ状態のまま、周囲をギョロリと見渡した。
それからクズは、全身がザーッと温まっていくのを感じた。それはチョイと腕枕をしながら昼寝をした直後の、感覚が無くなるほど痺れきった腕が徐々に動くようになっていくような感覚であった。
そうして次第に視野が広がっていくと、目の前に少女が転がっているのを見つけた。
初見では少女がどの様に倒れているのか分からなかったが、視界が明瞭になるにつれ、段々と状況を掴むことが出来た。
(ン? アイツの足、捥げてねえか?)
(てか、ピクリとも動いてねえし)
(そう言えば、さっき意識が遠くから近づいてくる時、断末魔みたいなのが聞こえた様な……)
(エ? てか、あんなに派手に足が取れててもちょっとも血が出てないとか、病気か何か?)
(ハハン、こいつは今、虫の息。若しくは既にそれすらもしていない!)
全身が動くようにクズはスックと立ち上がると、くたばっている少女の方を目がけて粘性の低いサラサラとした胃液をぶちまけた。
「ハァハァ、散々やってくれたからなぁ、ハァハァ、三途の川でパンツを洗ってこいとか、ハァハァ、お前がその汚ったない顔でも洗って来いよ!」
息を荒げながら、クズは先まで見下されていた少女を見下した。
クズは、酷く痛む胸部を押さえながらも、こみ上げてくる吐瀉物を残さず少女の亡骸にぶっ掛けた。クズの性癖として、汚損愛好症や死体愛好症なぞといったものは無かったのだが、それでも自らを虐げてきた少女の死体を醜くすることに対して、少なからぬ高揚感と満足感を得た。
曲がりなりにも、正義という名目で奪還作戦に加担しているクズであったが、死んでいる少女に向かって揚々と嘔吐するその様を見て、そこに正義を感じる者はいないだろう。それでもクズは、胃袋から悪臭漂う酸をピチャピチャと絞りだした。
自らのコントロールで排出できる分の胃液を全て吐き終えると、クズは止めに、特別に粘度の高い唾液を吐き掛けた。
(ヘヘヘヘ、ナルホドね。ツバのコントロールも悪くねえ)
クズの生成する唾液は、機械的に作られた試験液が基となっている為、唾液特有の悪臭が付かない。クズとしてはその点だけ不満であったが、それでも自らの胃袋で生成した吐瀉物によって十分に臭いがついたコトに加え、唾液の粘度をより高めることで、クズの感性としての汚らわしさは増したので、結句として満足した。そうして少し落ち着くと、
「ハッハッハ、彼女も猟奇的な趣向を持つ気が見られたが、君もその節があるのかい?」
と、謎の声が話しかけてきた。
「誰だお前は!」
クズは、少女を見下していた目玉をギョロリと回した。
「ハッハッハ、誰だとはつれないなぁ。私だよ。君が止めに吐き捨てた唾液を作った天才だよ!」
その答えに、クズは固まった。謎の声は続ける。
「ハッハッハ、訳あって姿を見せることは出来ないんだけど、ちょっと大変なことがあって、私も脳内指令だけじゃなくて参戦しに来たよ」
声こそ機械で作られたモノではなく、成人男性のソレであるが、他人を馬鹿にしたような、余裕を全面に押し出してくるような喋り方に、クズはその声の主が機械の声であることを納得した。
「エ? じゃあ、お前がウイルスとして入ってたノーパソはどうなってんだ?」
普通の感覚であれば、このような状況における質問としては、何故姿を現さないのか、や、少女を殺めたのは機械の声であるか、等が咄嗟に飛び出てくるものである。しかし、クズの口からは、機械の声が管理していたノートパソコンの状況を問う質問が飛び出て来た。
「ハッハッハ、やっぱり君はどこか抜けている。それでもどうして、咄嗟に出てくる質問が実に的確だから面白いよなぁ。ハッハッハッハッハ」
それまでは機械で作られた声だった為、「ハッハッハ」という笑い声も音声データという印象であったが、今回の謎の声の笑い声からは、息を吐きながら音声を発しているというコトが感じ取れた。




