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クズが転がっている話

「ハッハッハ、一時の感情で国家権力に逆らうと、後悔するよ。若いねえ」

「フフ、でも、国家のワンちゃんが来た瞬間にだんまりを決め込むようなクッズい大人にはなりたくないナア」

 血糊と言うには少し粘度の無い血液が、定規を伝って少女の右足をなぞった。

「ハッハッハ、キレる若者ってヤツかな。恐ろしい恐ろしい」

「フフ、アナタもズタボロになるまで切れてみる?」

「ハッハッハ、遠慮しとくよ」

 先刻までは姿を現さぬ謎の声に苛立ちを見せていた少女であったが、駐在に定規付きの飛びひざ蹴りをかましてからは、一転して活き活きとした表情になった。

「サア、ここに転がっているゴミクズ共みたくなりたいでショウ? なりたいよネ! だってワタシがそうしたいモン!」

 美しい目をキラキラと輝かせながら、少女は続ける。

「だからサ、早く出てきてヨ! いたいけな少女にここまで言われて、大人としてのプライドとかが疼かないノ?」

「ハッハッハ、何を勘違いをしているのか分からないけれども、少なくとも君の右足についているソレがある限り、君は私の手の平の上で吠える可愛らしい少女でしかないんだよ。ハッハッハ、まあ、ぶっちゃけて言うと、ソコの警察官が乱入してきたせいもあって少し機を逃した感は否めないけれども、今の私なら、君を僅かな時間で服従させることも出来るんだよ」

 謎の声は、少女の禍々しい煌びやかさに対しても十分の余裕を見せつける。

「フフ、市民の平和を守るための勇気も、邪魔モノ扱いされちゃったら可哀相ネ」

「ハッハッハ、でも、彼の勇姿もあながち無駄ではなかったさ。おかげで確信が持てたからね。君のその定規で、二人ともパッパラパーにしちゃったんだろう?」

「サアテねえ、どうかしら? 清き乙女ってのは涙ですら武器にしちゃうんダカラ、ワタシに限っては月並みな表現で行くと『全身凶器』ってトコロかしら」

 会話を続けながら、少女は五感を用いて謎の声の出所を探る。

「フフ、フフ、フフ! そう言えば、そこのゴミクズと国家のワンちゃんの他に、あっちの方でお爺ちゃんがぶっ倒れてると思うんだけど、アレも知り合いナノ?」

 少女が鎌をかける。口ぶりこそ変わらぬが、可憐に輝く眼でグリングリンと周囲を見張る。

「ハッハッハ、今更そんなことを隠しても仕方ない。君がいうところの素敵な好々爺も、私とそこに寝っ転がっている彼の知り合いだよ」

「素敵な? 好々爺? そこまで言ってないケド、そのお爺ちゃん、ゴメンなさいね。首と胴体を別個にしちゃった! しょうがないよネ! ついつい、楽しかったんだモン!」

「ナルホドね。これでここまでの大局的な流れがわかったよ。ようやく、まあ、それはすでに決定事項だったんだけど、君をためらいなく殺めることが出来るよ」

 謎の声は、それまでの弾んだ声色から一転して、少女の心臓に喨々と冷たく広がる口調で言い放った。

「ハァ? 何を言ってんノ?」

 少女が訝しげに問うと、即、少女自身にその問いの答が返ってきた。

 パンッという少し控え目な破裂音が鳴ったかと思うと、カラカラカランと、少女の膝に張り付いていた血に染まった定規が地面に落ちた。

「ア、ア、ア、ア……」

 そして、少女の右ひざについていたリングと共に、少女の右足も根元から外れ落ち、支えをなくした本体も、ドシャリと崩れ落ちた。しかし不思議なことに、断裂した少女の右下半身からは、全く血が流れてこなかった。

「ア、ア、ア、ア……」

 クズや駐在のビクンビクンとした痙攣とは違い、少女はマルで寒中に居るかの如し、ガタガタと震えながら悶える。

「ア、ア、ア、ア……」

 少女はすでに、少女ではなくなっていた。それまでの澄んだ瞳からは精気が消え、小気味よく言葉を発していた口からは唸りと涎しか出てこぬ。

 暫くして少女の呻き声と震えが治まると、少女は何とも恐ろしい形相のまま息を絶えた。その様を見た者は、そこに地獄を感じるかもしれない。だが、この地獄は地獄変にて描かれた地獄とは程遠く、ただただ醜いモノが醜く死にゆくだけであった。

 その一方で、

「アー、アー」

 と倒れていたクズの口から再度、謎の物体が飛び出してきた。その物体は少女の膝に張り付いた時の様にビー玉状ではなく、マルでサンオイルの様なゼリー状であった。

 そのゼリー状の物体は、活きのよいナメクジの様に地面を這った。とは言っても、地面上の埃や砂などは巻き込まずに、その空間の中でゼリー状の物体だけが動いているかの如く移動をした。その物体は、駐在の腹部の傷口までズリズリと這い寄ると、そのままヌメヌメと吸収されるように傷口に侵入していった。

 ゼリー状の物体が完全に吸収されると、駐在の腹部の傷は、その周囲の衣類に付着した血痕すら残さずに消えてしまった。そして駐在は

「アー、アー」

 と言う呻き声をやめたかと思うとスクッと立ち上がり、虚ろな目をしながらフラフラとどこかへ去ってしまった。

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