クズがガードする話
クズが
「フフフフフフフ」
と不気味に笑いながら突進してくる少女に恐怖を感じたのは、彼女が放つ悪魔的なオーラに対してよりは、定規を持った右手がどう見てもマトモな人間のそれではなかったからである。
仮に誰かに
「この定規でそこの机を全力で打って欲しい」
と注文をつけたとしよう。よほど親しい人間からのお願いか、あるいは金銭等の報酬の譲渡がない限りは、頭のおかしい輩から変なことを言われた、と思うケースの方が多いであろうから、その場合として仮定する。
すると、大抵の人間は、その定規の長さや形にもよるが、利き手の指の付け根に沿って定規を置き、小指球側に下端がくるようにして握り込むであろう。中にはフザけて、二本の指でチョンと挟んで定規をしならせて叩く輩もいるかもわからぬが、大抵の人間は、先の様にして握り込んだ定規のより鋭利な方を机に向けて、簡単なナイフのようにして振り下ろすであろう。
しかし、持ち方こそ一般的な他者に対して十分な危害を加えることのできる定規の持ち方、つまり指の付け根に沿わせる様にして掴んでいたのだが、その少女は定規の中ほどを掴み、両端が同じくらいの長さが手の平からはみ出る様にして持っていたのである。その定規が三十センチの定規ならあるいは違和感を感じなかったかもしれないが、少女の手の中にあるブツは十五センチの代物であった。
そして更にクズが恐怖を感じたのは、定規の持ち方も踏まえて、少女が右の手首をグワングワンと回しながら向かってきたことであった。無論、関節を取っ払った様にして同じ方向に回し続けるのではなく、手首を軸として右手を半周させては戻す、半周させては戻す、というのを恐ろしい早さで繰り返しているのである。
その場で殺すと宣言した相手の前で、マルで小学生が初めて定規を持った時の手遊びの様な動きを含ませて突っ込んでくる女に対して、アアなるほど、と思う人間などおらぬ。ただでさえ、眼前で殺害予告をされているのに、しかも本気で殺そうと向かって来ている様子であるのに、その少女の右手の行動に関する意図がはかれない。
クズは思わず、
「え、その定規、何がしたいの?」
と問うた。しかし、既に突撃してきている少女に聞こえているはずもなく、
「フフフフフフフ」
少女はクルクルと回した手首を大袈裟に振りかぶった。
しかしその様が、人を殴りつけて怪我をさせるコトは出来たとしても、人を殺すコトが出来る様には見えぬクズは、若干の疑念を抱きながらも、醜く腰を引きながら頭を低くし、少女の右手をガードする様に両腕を高く上げた。
少女は右手の定規の射程圏内にクズを入れると、勢いをそのままに拳を振り下ろした。
例えば、勢いよく突っ込んでくる者に対して、「猪突猛進」という言葉の様に、大抵は原始的な、乃至は野性的な印象を抱く者が多いであろう。原始的や野性的な相手というのは、それだけで十分に相手を蹴散らすことが出来る場合か、あるいは極限まで追い詰められて他に為すすべのない場合の苦肉の策という場合が常である。
現に、クズが少女の行動を奇行とみなしたのも、あれだけ自信満々に殺意を投げかけていれば、少女は何か必殺の手段があると踏んでいたからである。無論、少女の右手の中にある定規、もしくは少女自身に何らかの秘密兵器的なモノが隠されている可能性もある。しかしそれにしても、成人男性相手と未成年であろう少女の体力を対比させてみると、どう足掻いても成人男性に軍配が上がる。
クズは、その醜く攻撃をガードする姿勢を作ったとはいえ、
(え、とは言っても、あんな女の子相手に負けるとは思えないけどなあ)
と、内心では少女を舐めていた。
しかし、少女の右手からはみ出た定規がクズの手に触れた瞬間に、クズの全身の力が抜けていった。
クズはその場にヘロヘロと座りこんでしまい、ダラダラと小便を垂れ流す。
頭の中はボーッとし、肉体を襲う痺れるような感覚に対する不快感を
「ダー、アー」
と、マルで駄々をこねる赤子のように表現する。
少女はクズの情けない様を見ながら、
「フフ、フフ! やっぱりネ! アナタは! 一度は悪魔と思っても、やっぱり女だからって思っちゃったのネ!」
と、クズを嘲り笑い、
「じゃあ、これからアナタをゆっくりと殺してあげるワ」
と、それまでも十分美しかった瞳をさらに輝かせながら、クズの頭部に蹴りを入れた。
「アー、アー」
ヘタリとしゃがみ込んでいたクズはその場に倒れ込み、陸上に放置された魚の様にビクンビクンと全身を痙攣させた。
少女は恍惚とした顔でクズを見下すと、
「フフフフフフフフフ!」
と、クズに指を指して笑った。




