クズが口を挟む話
クズが二つの指令の内のどちらに従うべきかは至って明確であった。
この作戦の最も大きな部分は「老執事が前、クズが後ろ」である。そして更に直前の会話でも、二人が共謀者と思われない様に振る舞うコトを確認している。
つまり、老執事の言う通りに、老執事が危険と見なした場にクズまで行くことは無いのである。
そのまま老執事を放置しておけば老執事に何らかの危害が加えられる可能性はかなり高い。しかし逆に言えば、クズの上位互換である老執事が危険を感じる状況あるということは、クズが行ったところで共倒れ、下手をすればその危険と対峙している老執事の足を引っ張ってしまうかも分からない。
このことからも、クズが取るべき最善手は機械の声を介して老執事の状況を掴むことに合った。これは、老執事本人に状況を問い正すという手もあるのだが、老執事がクズに情報を送信する際には一瞬ではあるが目を覆う動作により隙が生まれるため、やはり危険地帯からはマルで遠くに居る機械の声を介するのがベストな選択肢である。
クズは一切迷わずに踵を返し、老執事と別れてから辿って来た道をそのまま引き返した。しかしこれは、作戦上の深い考えがあったわけではなく、単に
(ンー、指令が割れた時にどうするかも聞いとくべきだったけど……まあ、面倒だから引き返すか。『俺は爺さんの言に従っただけ』って言い張ればいいし)
と、面倒臭い事態には首を突っ込まない様にする精神からくるモノであった。
クズが引き返す道すがら、機械の声と老執事からの第二の指示は無かった。なのでクズは来た道をズンズンと戻っていったのだが、そこで初めてある疑問を抱いた。
(あれ? 機械の声の中身って、執事の爺さんだよな……あれ?)
クズは、自らの浅い思慮に何とか潜り込んで、必死になって考えた。
(だったら、どうして意見が割れるんだろう? てか、機械の声の方があの爺さんの思考回路の主体だっけ……それ、どういう?)
と、老執事と別れた地点まで返ってきたクズはそこで足を止めた。
(え? てかそもそも、執事の方の爺さんが何らかの支持を出すとすらば、それは一旦、機械の声の方を通すと思うんだけど)
普段あまり物事を考える癖の無いクズは、しゃがみ込んで頭を抱える。そして数秒考えた後に、晴れやかな顔をしながら立ち上がった。
(分かった! 誤作動だ!)
「残念、不正解」
「ハ?」
と、クズが振り向くと、そこには綺麗な瞳をした一人の少女が立っていた。
少女は肩ほどまでの黒髪を揺らしてケタケタと笑いながら、
「誤作動ではないヨー」
と、クズの方にその美しく輝く瞳孔を向ける。続けて、
「うん、誤作動ではないんだヨ。まあ、普通の人だったら誤作動って考える前に訊き返してくると思うんだけどネ! でも……」
と捲し立てる少女の言葉を遮り、クズが
「いや、お前誰だよ」
と、問うた。
すると、少女は一転して不機嫌そうな顔をして、
「ハア、これだからゆとり世代ってのは……」
と、溜息をつく。対してクズが返す。
「いや、お前もゆとりだろ。寧ろアレだ。俺らの世代はまだ土曜日半休の時代だった分、マシだと思うぞ」
「フフ、アナタってなかなかズレてるネ」
「よく言われる」
「よく小説に出てくるような魔性の女的なキャラクターだったら、こういう場面では『そういう人、嫌いじゃナイワ』とか言うんだろうケド、反吐が出るよネ!」
「まあ、俺はあんまり本を読まないからよく分からないけどな」
「ウン、多分ワタシ、アナタのコト嫌いだワ」
変わらぬ麗しい眼睛を輝かせながら、少女は明るい口調で続けた。
「アナタのコト嫌いだワ、アナタのコト嫌いだワ、アナタのコト大っ嫌い!」
次第に声が大きくなっていく。外観には全く違和感を感じないのだが、その違和感の無さが逆にクズに恐怖を感じさせる。
「もうワタシ、アナタのコト殺しちゃってもいいよネ? 殺しちゃってもいいよネ?」
流石にヤバいと思ったクズが口を挟む。
「ちょっとタンマ、よくわからんのだが、少し落ち着こう。そうだ、そう言えばこの辺に一見、民家に紛れた隠れ屋的な喫茶店があるらしい。そこに行かないか?」
クズは、出発前に老執事から送られた周辺情報から情報を引き出した。
だがやはり、そんなクズの素っ頓狂な誘いなぞ
「ハァ? 何言ってんノ?」
と、撥ね退けられた。しかも少女は更に加速する。
「やっぱりアナタはズレズレ。この世のズレ、社会のズレ! そんなズレはワタシが責任を持ってぶっ壊さないと! いいよネ! もう殺しちゃってもいいよネ!」
少女は興奮しながらそう言うと、ギリギリと歯ぎしりをし始めた。その口元を見ると、上前歯が一本だけ変な方向を向いていたので、クズは思わず
「ズレてんのはお前の前歯だよ」
と、言った。




