クズが辿る話
老執事が上機嫌になったクズを先導し、両者は揺れるエレベーターに乗り込んだ。その不快にたゆたう狭い箱の中でも、クズはニヤニヤとボディバッグのベルトを撫ぜると、満足そうに大きな鼻息を放った。そして
「ウーム、やはり良いモノは違うな……」
と、誰に対するでも無い自慢を一つ入れると、再びニヤニヤとしながら、今度は本体の方をスリスリと摩った。
エレベーターが止まり、
「では、これから外に出ます」
と、老執事が言っても、
「ん」
と、その言葉には素っ気ない返事をするだけで、
「いやでも、これは高かっただろう」
と、やはりボディバッグに執心していた。
これに関して老執事側からしてみると、クズの物欲の強さは想定外ではあったが、心がボディバッグに傾いている為に作戦場所へと誘導するにあたって何も文句を垂れてこないのは悪くない状況であった。
建物の外に出てからも、ボディバッグに対して初めてできた恋人のようにデレデレとするクズの惚気を
「ハイ」や「そうですか」
で受け流しつつも、老執事は
「次の角を左です」や「次の信号を渡ります」
といったように、言葉で引っ張って歩いた。
そして、いよいよ敵のアジトの一キロ圏内と思しき領域に足を踏み入れると、老執事は口で言っても聞き流されるだろう、と、クズの脳内の情報処理装置に直接話しかけた。
「ここからは、いよいよ敵のアジトの周辺になります。恐らく、貴方の顔は割れてないと思われますが、私の顔は認識しているでしょう。何と言っても開発者ですから。と言うことで、ここからは私と貴方は少し離れて歩いてもらいます」
唐突に脳内で老執事からの言語情報を受信したクズは、
「オオウ!」
と、間抜けた声を上げて驚きながら、ボディバッグに落としていた視線を老執事の方に上げた。そして、
「アレ、いつの間にか住宅街に入ってんじゃん」
と、呟く。
ようやく顔を上げたクズに老執事は脳内で話しかける。
「はい、この辺りに敵のアジトがあると思われます。なので、ここからは極力脳内の情報処理装置で情報交換……会話を行う様お願いします。それも出来れば、さも普通に歩いているが如く、考えるにしても一人で考えているように振る舞う様お願いします。要は散歩をしている様に」
「分かった。で、さっきの件だけど、何で俺と爺さんは離れて歩かないといけないの?」
クズは、老執事に言われた様にワザとらしく散歩をするフリをしながら情報交換を続ける。
「はい、それは私と貴方が関係者だと思われない様にする為です。敵陣としても単騎で乗り込んでくるとは思ってもいないでしょうが、それでも戦力を全て把握されるのと不確定な戦力がいるかもしれないといった状況では、相手も少なからぬ警戒をしてきます」
「ナルナル。んで?」
「さすれば、敵も簡単に動いてくることはできないはず。結句、こちら側も余計な労力を費やさずに済むかもしれません」
「アア、それは確かにそうだな。楽できるのに無駄に頑張るってのは馬鹿馬鹿しいもんな」
「それもありますし、無駄な体力を使ったりすると、それだけで(ただでさえ低い)作戦の成功率がグンと落ちますし、それに伴ってリスクも付き纏ってきます」
「ハイリスク、ローリターンってやつか」
「そう言うことです。と、いうことで、ここの道は住宅街の中ということもあって狭すぎます。これでは我々はさも仲の良い二人組に見えてしまいます。なので、今から貴方に迂回ルートを提示しますので、貴方はその道に沿って来てください」
という言語情報に加え、老執事はクズに地図を送信した。
「ああ、さっき貰った道のりパターンの内の一つか」
「はい。今送った方はカーナビ機能に加え、私がいる地点を記す機能も付いているので、ご使用ください」
「ん、ありがと」
「では、作戦を決行します」
と、老執事はクズに送信すると、そのまま真っ直ぐと歩き続けた。
クズも、脳内の迂回ルートに沿って、老執事と別れる様に別の道を辿った。
傍から見ると、何てことも無い、一人の老人と一人の男であった。ひょっとして少し洞察力に優れた人物から見れば、クズの素っ気ない振る舞いに違和感を感じるように見えるかもわからないが、それでも自らの妄想地帯にドップリと浸かりながら歩いているようにしか見えぬ。そこまでは偶然つま先の向きが同じであっただけで、この二人がまさか(もともと盗まれたモノではあるが)窃盗を試みる共謀者だとは誰も思うまい。
クズと老執事は、互いの位置関係をしっかり把握しながら周囲を見渡しながら、歩を進めた。特に、言われるがままに地図を辿るクズとは別に、老執事の方は敵が持っているであろう目的のノートパソコンに取りつけた発信機からの反応がないかを確かめながら歩いた。
そして別行動を取り始めてから二十分程経つと、クズの脳内に二つの情報が飛んで来た。
一つは、
「危ないので、一旦逃げてください」
という老執事からのモノで、もう一つは
「次の地点に至急向かってほしい」
と、現在老執事がいるポイントに向かえという、機械の声からのモノであった。




