クズが笑う話
作戦の決行に際して、部屋を出る直前に老執事はクズに試験液を渡した。
「まずはこれだけ、少しずつ口に含んでください」
前日に痛い思いをしたクズはその試験液が目に入った瞬間にキュッと両手を退けた。そして
「んー、そのクスリ、どうにかなんねえかなあ」
と、クズは強張った顔面を左側のみ、無理矢理笑わせた。それに対して老執事は
「あまりにゆっくりだと困りますが、舐める程度に少しずつ口に含ませていけばそれほど苦痛は無いと思います」
と、言う。されど
「んー、でもなあ」
と、クズが駄々をこねるので、老執事は
「大丈夫です。実際に、少量だけの時は問題がなかったではないですか」
と、諌めた。その言葉にクズは、
「うーむ」
と、下を向きながら少し考えた後、
「ハァ、まあどちらにせよ飲まなきゃどうにもならんってことか」
と観念した。
それでもまだ渋い顔をしているクズに、老執事は
「軟らかいもの……例えばシャーベットを食べるみたいに、試験液を舌と上顎でチュルチュルと押しつぶすようにすると楽ですよ」
と、無表情には似合わぬ可愛らしい擬音を用いた助言をした。その可愛らしい助言を受けたクズは思わず、
「フフッ、まあ、感覚的には舌と上顎の凹凸で摩り下ろす感じなんだろうけど……それにしてもチュルチュルって言うのは可愛いな」
と、茶化した。
すると老執事は、クズから視線を少し下に外し、二秒ほど硬直した後、また戻した。そして
「すみません、取り乱しました」
と、言った。その言葉自体は老執事らしい無機質な音であったが、直前の動作には老執事の羞恥心が滲み出ていた。それにクズは
(やっぱり、この爺さんも大本はあの機械の声なんだな)
と、よくわからない安堵感に包まれた。だが口では
「いやいや、ちっとも取り乱してなかったじゃん。いつも通り、いつも通り」
と、老執事にいらぬ気を使った。
しかし老執事はその気遣いに気付くこと無く、
「では、こちらの試験液を少量ずつ、口に含んでください」
と、話を本線に戻したので、クズは自らの親切心を無下にされたと感じ、精神的に一歩だけ後退した。
老執事から試験液の入ったペットボトルを受け取ったクズは
「ん、じゃあ飲むけど」
と、沈んだ調子で呟くと、チラリと老執事に対してウルサそうにする視線を投げかけて、キャップを捻り、試験液を一口だけ含んだ。
案の定、安っぽいサイダー味の飴玉の味のする液体に、クズは
(まあ確かに、少しずつ含むことには問題ないけどさ)
と、老執事の言葉に納得しながら
(いやでも、それにしても何と言うか、もっとどうにでもなりそうなもんだけどな)
と、やはり後ろ向きな感情も抱いた。それからクズは口に入れてはジュワジュワと吸収されていく試験液を、一口含むごとに
(ハア)とか(フウ)
と、内心で溜息を付きながら機械的に流し込んだ。
クズがペットボトルの内の三分の一ほどを吸収したところで、
「ん、何かシュワシュワしないし消えなくなった」
と、吸収されなかった分の試験液を吐き捨てながら老執事に言う。それに対して
「ハイ、前回含んだ分の余りが残っていた為だと思われます」
と答える。それに
「ああ、あの痛かった時の分か、ナルナル。あれは激痛だったなあ。誰も教えてくれなかったし」
と、クズが嫌味を飛ばしたが、老執事は
「ハイ、それでございます」
と、機械の声バリの気付かなさでスルーした。
クズは嫌味をかわされたことで少しブスッとしながら
「じゃあ、残った分はどうするの?」
と問う。それでも老執事は淡々と
「予備用として持っていてください」
と、返した。続けて、
「とは言っても、ハダカのままのペットボトルをカバンも無い貴方に渡しても困ると思いますので、こちらをお使い下さい」
と、有名な登山グッズのメーカーのボディバッグを差し出した。それを見たクズは
「え、このボディバッグ、貰っちゃっていいの?」
と、今まで後ろを向いていた分、随分と嬉しそうに驚いて見せた。
「ハイ、ご使用ください」
これは、下手に丈夫な入れ物を開発するよりも、既存の登山用品の方が丈夫で扱いやすいだろうと言う考えによるものである。更に、クズが知っていなければあまり意味がないのだが、有名なブランドの商品を与えることにより、クズのモチベーションを上げていくという意味合いも含まれている。幸いにもクズがそのブランドの商品を知っていた為、この作戦は見事に功を奏し、
「やっぱりここのはカッコいいな」
と、クズはすっかり上機嫌になった。
その様を見た老執事は、
「では、もう一本、こちらの試験液も予備として入れておいてください」
と、機械の声の考えた通りに、クズがウキウキとしている間に今度はスポーツ用の給水ボトルを差し出した。
「オオ、こいつはいいな。こうやってピッタリとはめるヤツがある」
と、ディアゴナルになった給水ボトルを差し込む部分に、ボトルを差し込んだ。
老執事がとどめに
「お似合いですよ」
と、クズに投げつけると、クズは満更でも無い様な顔をしながら
「フフ、フフ」
と、気味の悪い声色で小さく笑った。




