クズが安心する話
「ハッハッハ、まあ理解してくれればいいんだよ。ああ、一つだけこの情報処理機能について補足をしておくと、これは電話の様に伝えたいことを本人の頭の中でまとめてから伝えるモノだけじゃなくて、こちら側の設定次第では頭の中の情報が全部……ではないんだけど、大体九割方は流れてくるようにもできるから気を付けてくれ」
機械の声がワザと今思い出したように付け加える。対してクズが
「え? じゃあ、今まで俺が考えていたことも全部伝わっていたってことか?」
と、まるで厭らしい者を相手にするように問う。機械の声は
「ハッハッハ、流石にイキナリそんな無粋な真似はしないさ。人間の頭の中ってのは最もプライベートな部分だからね。そこだけはどれほど親しい人間ですら、他人であるという以上はどうこうしていい領域じゃないんだよ」
と返した。
普通の人間ならば、「いやいや、お前の開発品だし」や「てか今回の目的って、思考データを抽出するノーパソを取り戻しに行くんだよな、その領域に踏み込みまくってんじゃん」と言ったツッコミを入れてもいいレベルの発言だったのだが、クズは
「フーン、じゃあどんな時にそんなけったいな機能を使うんだ?」
と、機械の声に訊いた。
「ハッハッハ、それは簡単さ。万一のコトがあったとして、君や執事の彼がバラバラにはぐれてしまった時に全思考を分かち合うんだよ。そうすればホラ、監視カメラを管理する時みたいに、頭の中にもう一つの映像が浮かんでくる。そしてそれは情報として処理された相手の感覚であるから、そこにいる瞬間に相手がどの辺りにいるのかが大体分かるだろう。更に、(ある程度こっちで管理するけど)君の記憶力が良ければの話になるがそこまでの道程が分かり合えちゃったりするんだよ。それならば、君と彼が互いに位置関係を掴めるだろう」
機械の声は答えた。
クズは顎にピンと伸ばした右人差し指を置き、眼球を右上に向けながら、
「フーン、そんなもんか。お前のことだから、何かもっと嫌らしいことに使うモンかと思ってたよ」
と、納得した。
クズは納得したが、建物内における全ての会話が筒抜けな上に頭の中まで覗き見られるという点では、この上ない嫌らしさである。機械の声はクズの思慮浅さを見越して情報処理装置の機能しか説明しなかったが、頭の中を覗き見ることが出来ると言うことは、実質、完全にクズを管理下に置いてしまったということである。それは、先の機械の声の説明にもあった通りに、情報を処理される側の人間がどのような経路を辿ってどこに居るのかが分かる。更には、その者が何を考えて何をしているのかも分かってしまうし、脳内の調子をデータとして解析することによって本人さえ知りえない様な情報、例えば体調面における情報や、遠い過去に遡り、本人さえ忘れてしまっている様な記憶でさえも、或いは知りえるということである。
機械の声の側からは、この情報処理装置にそこまでの価値があると分かっているのだが、当然それをあえて説明するようなことは無かった。仮にクズがそれを自ら悟ったところで、先のように「人間の頭の中は他人が云々」と諭せばよいだけであり、クズが怒りの感情を抱きそうになった場合は、それこそ情報処理装置で事前に察知し、どのポイントに関して不満なのかを解析し、その部分を巧いこと誤魔化せばよいだけである。
しかし、その様な懸念と企みもクズの思慮浅さゆえに徒労に終わり、機械の声は一先ず
「ハッハッハ、そう年上の人間を嫌らしいと形容するモノじゃないよ。まあ、君もきっと中年男性になるだろうから、その時に年下の人間から見下されると少しどころではなくヘコむことがきっと分かるさ」
と、冗談めかして会話を閉じる方向に進めた。それに対してクズは
「って言ってもな、お前が俺にしてきたことを考えてみれば、どう足掻いても嫌らしい人間にしか思えないんだよな」
と、機械の声の引いたレールに乗っかってきたので、
「ハッハッハ、ともあれ、君の思う嫌らしい私の素晴らしい発明品を取り戻すために、今日は何としても尽力してくれよな。じゃあ切るよ」
と、無事に会話を閉め、それに対してクズが
「まあ、やれるだけやってみるよ」
と、言い終えるか終えないかくらいのタイミングを見計らって電話を切った。
自分の言葉を中途半端に切られたクズは少しだけ不機嫌になったが、それ以上に
(ハア、面倒な電話が切れた)
と、機械の声との会話が終わったことへの安堵感に満たされた。
自分とウマが合わないと認識した人間とは極力接さない様にしてきたクズにとって、飄々と自らのペースで語りかけてくる機械の声との会話は少なからぬストレスを溜めさせた。なので、学生時代に強制的に参加させられたマラソン大会くらいの辛さを誇る試練から抜け出せた解放感により、クズは鼻を大きく膨らませて大きめの溜息をついた。




