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クズがコーヒーを飲む話

 それは事情を解していない者が見れば、ロボトミー手術(検索注意、脳の一部を切り取ってしまうことで精神病患者や凶悪犯罪者を大人しくさせてしまう手術です)を彷彿とさせる様な人為的なおぞましさを内包した禍々しい光景であった。明らかに老執事のアクションを起動元として、クズが急に大人しくなったのである。

 ひょっとしたら老執事に威嚇されてクズがショボ暮れたのではなかろうかという捉え方もあるのだが、それまでのクズの怒り方までを光景の一部として含むならば、両者の会話の内容は理解できずとも、たかだか一人の威嚇程度で怯むことは無いだろう、と察することが出来る。しかも、一瞬たじろいだとしても、それまでの怒りエネルギーがクズの内部に残っている限りは再びそれを爆発させるはずであるし、何より老執事側からクズのエネルギーを反射させる様な雰囲気が見られないのである。

 大人しくなったクズは、

「なるほど」

 と、口を尖らせながら顎を掻くと、そのまま食事を再開した。

 一方でクズを大人しくさせたとみられる老執事は、先の失言以降全く感情を表さないまま、

「ハイ、説明した通りでございます」

 と、クズに返した。

 それから、この二人の間に会話らしい会話は無かったのだが、それでも不意にクズが

「フーン」

 と頷いたかと思うと、老執事が

「多少の誤認はありますが、概ねその通りでございます」

 と応ずる。

 一見するとそれぞれが独り言を、乃至は各々の妄想の内に作りだした第三人物と会話をしている風に映る。後者の方はあながち間違っていはいないのだが、どちらにせよそれは見ていてほのぼのとする様な気持ちの良い食事風景ではなかった。

 では、先の現象は一体どういったモノであろうか。

 それは先述にもある通り、各々の脳内にいる人物と会話をしていたのである。これは、一般人の誰しもが経験のある様な脳内シュミレーションの類のモノではなく、クズが寝ている間に脳内に施工された情報処理装置により、クズと老執事間で会話が行われていたのである。

 老執事が一旦目を閉じたのは、自らの脳内に設置された情報処理装置の電源をオンにしていただけであり、簡易的な装置が取りつけられているクズは常時スイッチが入っているので、傍から見れば老執事のアクションによりクズが大人しくなったように見えただけである。これにより老執事が目を閉じてからカッと見開くまでの合間に、それまでのダラダラとした会話は一切省かれ、互いの脳内である程度まとめた概念を電子メールを送受信する要領で交換する。これが、クズと老執事の内部で行われていたために、外観からは気味の悪い絵図に映ったということである。

 クズが眼の前に置かれた食事を全て平らげてしまうと、手を合わせて無言で軽く頭を垂らした。すると老執事が

「ホットですね、かしこまりました」

 と、食事の片づけをしてから部屋から出て行き、約五分後に戻ってきて

「どうぞ」

 と、一杯のホットコーヒーをクズの前に置いた。

 それに対してクズは

「ン」

 と、老執事に向けて緩く開いた右掌を向けると、無糖ブラックのままのコーヒーをズルズルと汚い音を鳴らしながら啜り始めた。

 クズは一瞬

(ン、これちょっと苦みが強いかも)

 と、顔の左半分をピクリとをしかめたが、それでも飲めぬほどではないと、そのまま飲み干した。

 そして空になったカップを老執事に差し出すと、

「じゃあ、さっきも言った通り、詳しいことは後で頭の中で教えてくれ」

 と言い残し、席を立った。カップを受け取った老執事は

「はい、かしこまりました」

 と返すと、食卓の後片付けをしてから退室した。

 それからクズはテレビでニュースを少し見た後に、再び教育テレビの児童向け番組を見始めた。

 テレビを見始めてから一時間ほど経ち、クズの腹の塩梅が丁度良くなり、重い瞼を無理矢理持ち上げながらテレビ画面を眺めていると、電話が鳴り始めたのでクズは体をビクッと起こし、キョロキョロと周囲を見渡した。

 最初は眠気でボンヤリとしていたが、聞き覚えのある電話のベルにアァと一つ溜息をつき、クズは

「……ハイ」

 と、覇気無く電話に出た。

「ハッハッハ、どうした、まだまだ午前だってのに元気がないね。そんなんだから私みたいな高齢者に『これだから最近の若者は……』って言われるんだよ。ハッハッハ、まあ、私達の頃は逆に元気がよ過ぎて『これだから最近の若者は』って言われてたんだけどね。まあ、いつの世になっても違う世代ってのは異なる生物に見えるってものなのかな。むしろ異性よりも世界が違うかもね」

 クズの元気の無さに対して、機械で作られた様な声にもかかわらず、何とも人間らしいエネルギーに溢れた調子であった。機械の声は続けて、

「ところで、情報処理装置の具合はどうだい? まあ、私が作ったものだから万に一つも不具合は無いと思うが、それでも億……いや兆に一つくらいは何らかの要因が相まって不具合を起こすってことがあるからね。人間が作った物に百パーセントは無いってことさ。まあ、今の私は機械の中にいるんだけどね。ハッハッハ」

「ン、アア。さっき執事の爺さんとこれで会話したばっかだし。大丈夫だよ。てか、お前は電話じゃなくて直接頭の中に話しかけられないのか?」

「ハッハッハ、悪くない着眼点だ。まあ動作確認も含めてそっちの方法でもよかったんだけど、不具合があったケースを考慮すると、確実に君と会話をすることが出来るこちらの方がいいと思ってね」

 クズは腹の中では

(いや、さっき執事の爺さんの時に使えたんだから大丈夫だろう)

 と思いながらも、口では

「なるほどなぁ」

 と、感心したフリをした。

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