クズが大人しくなる話
申し訳程度に薄っすらと掛けられた上品だが脆弱なカーテンを貫通した光がクズの瞼も貫いた。
拉致される前は、ただでさえ北窓で日当たりが悪い上に遮光カーテンを用いて完全に日光を遮断し切った暗い部屋に住んでいたので、クズにとって寝床の上で浴びる日光とは大層鬱陶しいモノであった。
しかも前日の疲れもあり、今朝の太陽はクズにとって余計にウルサさを覚えさせた。
(うーん、昨日は頑張ったからあともう少しだけ……)
クズは心の中で、朝一番の清々しさを主張してくる陽気に対して寝坊の言い訳をしながら、二度寝に洒落こもうと掛け布団を頭のてっぺんまで引っ張った。
布団自体はキレイなのだが、クズが拉致されてから一度も洗濯をしていない為に、こびり付いてしまった汗と埃が混じった臭いで朝の新鮮さに蓋をすると、クズの意識は夢現の狭間に引き返した。
クズが二度寝を始めてから三十分程経つと、次第にクズは昨日の変について頭の中が整理され始め、それからもう三十分後には冷蔵庫からサイダー水を一本取り出していた。
(舌をやられてから、朝には炭酸が欲しくなるな)
前日の発泡酒とは違ってゆっくりと飲みながら考える。
(しかし、やけに脳ミソが……重いのか軽いのか……胃もたれした時にスーッとする胃薬を飲んだ時の胃袋の様な脳ミソって言うか……)
(これが、寝る前に言ってた脳ミソを改造するってことなのか? 難しい話はよくわからんが……)
(にしても、このサイダー水、美味いな。昨日のクソみたいな液とは大違いだ)
(てか、色々とスゲエ発明をするのはいいけど、それを施工される側にもなってみろって話だよな)
チビチビとサイダー水を垂らすように口に含むと、舌の上で炭酸が弾けたモノを躍らせる。そして口内で丁度いい塩梅にヌルくなったところで、少しだけ普通の唾液を出してやり、それらの混合液を喉に通す。
(あー、そう言えば、唾液の残量は大丈夫かな? んー、まあ後でいっか。コトを起こすのは夕方って話だし)
直前になってから慌てる類の人間であった為、クズは準備は昼過ぎからと考えた。
(さ、喉に炭酸も通したし、後は執事の爺さんが朝メシを持ってきてくれるのを待つか……テレビでも見ながら)
クズは、老執事が朝食を配膳しにくるまで、教育テレビで児童向けの番組をボンヤリと眺めた。
老執事が朝食を運んでくると、クズは夕方のことは何にも聞こうとせずに、黙々と朝食を味わった。昨夜のコトもあり、クズ側が今回の特攻について触れてこないだろうと踏んでいた老執事サイドも、もう脳ミソに情報処理装置を埋め込むことが出来たから、口で説明するよりも、動作確認の意味合いも含みながら装置に直接送り込んだ方が正確だし手っ取り早いと、何も言わなかった。
この日も、件のスープを見ると、クズは
(アー、このスープは……)
と、少しためらったが、
(だが、美味いことは美味い)
と、可愛らしいカップに注がれたスープをクイッと飲み干した。今までなら、ここでおかわりを要求して、他の主菜や副菜、更には主食にすら手を付けていなかったのだが、今回はおかわりを要求せずに、他のお菜を食した。これは単にクズの気まぐれであり、特に
(栄養バランスを考えて)
とか、
(スープ飽きた)
とかの意図があったものではない。しかし、そのスープの中毒性を知っている老執事の側からしてみれば、このクズの気まぐれの行動にも何かしらの意図があるように、もしくはスープに何らかの欠陥があったかのように思われ、つい
「本日はスープのおかわりはよろしいのですか?」
と、クズに問うてしまった。
こうなってしまえば、いくらこのスープが大丈夫な液体であると言われたクズといえども、やはりこのスープは怪しい液体であり、それを飲まなかったことで老執事側に何かしらの不都合があるモノだ、そして自らの心身に何らかの影響があるのではなかろうか、と沈めておいた猜疑心が再び浮力を得てクズの心の表面に浮かびあがってきた。
「やっぱり、このスープ、何かあるんだろ!」
そこで老執事はハッと自らの失言を反省した。
「ああ! もう! やっぱり! だってそうだよな! おかしいもんな! 今まで、スッゲエ美味そうな肉とかあったのに何故かこのスープだけでいいとか! おかしかったもんな!」
しかし、老執事はそこから慌てることも無く、落ち着いて瞳を閉じた。そして、フッと目を見開いたかと思うと、ギャンギャン騒いでいたクズが急に大人しくなった。




