クズが眠る話
老執事は続けて、
「では、最後に敵の情報についてお伝えします。と言いましても、先の研究室での説明にもあった通り、我々は敵についてほとんど何も知りません。唯一、ノートパソコンに埋め込んでおいた発信機によりアジトの大雑把な位置情報が掴めている程度です」
と、言った。
殴りこみやスパイ活動において、相手の所在地程度しか分かっていないレベルでコトを起こせば、十中八九失敗するだろう。いくら想像力に乏しいクズといえども、そのくらいは察しがついた。
「え、それって無理じゃない?」
その情報というのも、確実な位置情報ではなく、大雑把な位置情報である上に相手側がその機能に気付き、敢えて発信機を壊さずに間違った位置情報にすり替えてからこちらに発信している可能性もある。無論、クズはそこまで思考を巡らせていないのだが、それでも今回のミッションにおけるリスクの高さは容易に推測出来た。
「てか、そんくらいしか分かってない状況でよく決行しようと思ったな」
クズは苦笑いを浮かべながらつむじを掻いた。
「はい。ごもっともです」
老執事は答える。
「ですが、これは今貴方が考えているようなテンで勝算のない計画ではありません。確かに、情報量の少なさという視点から見ると今回の殴り込みは無謀に思えます。しかし、こちら以上に相手の方が情報がないのです。だからと言って成功率が飛躍的に上がるわけではありませんが、失敗率は大幅に下がるでしょう」
相手が知らない情報というのは、もちろんクズについてと唾液をコントロールできる能力についてである。この二つがあるからといってノートパソコンの奪還が容易になるとは限らないが、全滅するリスクはかなり軽減する。更に、一度殴り込みをかけることによって相手の情報がもっと分かるようになるだろう。少なくとも「大雑把な位置情報しか知らない」という現状よりはマシになるはずである。
クズは、
「ナルホド。百聞は一見にしかずってことか」
と、示した。クズの中で「百聞は一見にしかず」という諺の意味を「とりあえず行動あるのみ」と少し誤認していたが、今回の老執事の説明を一括する表現としては的を得ていた為、老執事も
「そういうことでございます」
と、頷いた。
「よし、じゃあ俺はもう寝ればいいのか? 鼻に管付けて」
話が終わったと見たクズは、
(そうときまれば即決行)
と、頭の構造が小学生の工作並にシンプルに出来ていることをありありと見せつける一言を、
(それが最善策だろう)
とでも言いたげに鼻の穴を大きくしながら老執事に放った。
最低限として翌日の殴り込みと脳の改造さえ伝えれば良しという意気できた老執事であったが、流石にもう少し、例えば大まかな連携についての話し合いや大雑把ではあるが相手の所在地の確認といった、ほんのり作戦に踏み込んだ話くらいはしようと考えていたので、薄くなった感情の内から驚きと呆れを表情に出した。
「え? まだ何かあるの?」
すでに寝る気満々だったクズは、老執事の表情を見て校長のお話後の来賓方から一言バリの面倒臭さを覚えた。
「あ、いえ。お伝えしたかったことは全てお伝えしました」
クズの一言に、老執事は再び無感情の表情に戻した。続けて、
「では、今から情報処理装置を埋蔵する機械をお持ちします。一時間ほどで参りますので、それまでに就寝の準備を整えておいてください」
と言った。
一般人と比べて想像力に乏しいクズであったが、そんなクズだからこそ人一倍、面倒臭さの嗅覚は優れていた。その嗅覚で感じ取った気配が空振りに終わったコトに少し違和感を感じたクズであったが、その違和感からもプンプンと面倒臭さを内包した悪臭が漂ってくるのを感知したので、それ以上掘り下げるのはやめて
「ん、じゃあそれまでに風呂入って歯ァ磨いて便所行っとけばいいってことか」
と、老執事に確認をとった。それに老執事は
「はい」
と、一つ頷いてから
「では私は一旦戻ります」
と、部屋を出た。
老執事から一時間後と時間を指定されたので、一つ時計を見たクズであったが、急に明日の作戦がとんでもない大事な気がしてきて、不意に明日の今頃は何をしているかを妄想し始めた。
(明日、帰ってきたらビール飲みたいな……瓶ビール)
(てか、無事に帰れるのかな?)
(てか、ツバ付けたくらいでやられる奴なんていないだろ……)
(てか、ノーパソの奪還後も俺はここに戻ってくるのかな?)
(ああ、そういえば、これが借金のカタなのか)
(別に大した額じゃなかったんだけど……)
(でも、タダより高いモノは無いって言うし……)
(いや……でも……やっぱり……)
壁に掛かった時計から視線を落とすと、気持ちも段々と落ちた。クズはその地面にドッシリと尻もちを付いた心持をズルズルと引きずって湯船に体を埋めると、そのまま惰性で歯を磨き、洋式便器に座り頭を抱えながら排泄をした。
そしてブクブクと肥えていく重い気持ちに繋がれたまま床に就くと、老執事を待たないまま眠りについた。




