クズが予定を聞く話
電話が切れるとすぐに、老執事がスープのおかわりを持って来た。
皿が目の前に置かれると、その液体が自らの吐き出す唾液よりも汚らわしいモノに思えたが、モクモクと立ち上がる湯気に乗った上品な香りに、クズは思わずスープにがっついた。そもそも機械の声がスープの凄さは説明したが、危険性についてはほとんど説明しなかったこともあり、クズはそのスープを一口飲むと、先の会話は忘れたようにスープを飲み干した。
クズがスープを飲み終えると、老執事が口を開いた。
「では、今後について説明させていただきます」
「フンフン」
程よく膨れた腹を摩りながら、クズはテキトウに相槌を打つ。
「まず、明日早速、敵のアジトに乗り込みます」
「え? 明日?」
クズは一通り最後まで聞くまで黙っていようと思っていたのだが、話があまりにも急だったので、思わずツッコんだ。
「はい、明日です。貴方にとっては急な殴り込みに思えるかも知れませんが、これはこちら側で年密に練られた計画の下に決行される殴り込みなのです。が、貴方が心配する必要はほとんどありません。戦力的に観ても、私がメーンで貴方がサポート役です。この右手もこの通り先ほど新たなモノに取り換えてきましたし、基本的には隠密行動ですので大丈夫です。特に、貴方のサポーターとしての役割はほとんどが見張りです。なので、貴方自身に危害が及ぶ可能性は(ゼロではないが)とても少ないです」
ゆっくりではあるが、機械の声とは違い淡々と冷たい口調で喋る老執事の雰囲気に飲まれ、クズは何となく理解できたような気になった。
「なるほど。少ないのね、それで?」
「はい、そこで、今から明日の計画について説明します」
「つっても俺は見張りなんだろう?」
「はい、ですが、いくら見張りといえどもこの作戦に従事する以上はコトの全体像を頭の中に入れておいてもらう必要があります」
「フーン、俺、そういうの苦手なんだけどなあ。イメージ系のヤツ」
クズが目を瞑りながら首を傾げる。
「その点に関しては心配ご無用です。本番前に簡易的な脳内改造を施しますので、細かいトコロは説明を省きます。今回の説明は明日の流れだけを」
「ナルホド。ん? あー、てか、脳内改造って?」
クズが眉を寄せる。
「はい、簡易的な情報処理装置を埋蔵させていただきます。と、言いましても、実際にしていただくことは鼻から吸引していただくだけですので、大した負担にはならないはずです。鼻炎の時に耳鼻科でやる様なあの装置をイメージしていただければ、それほど危険なものではないとお分かりいただけるかと」
クズは松花粉によるアレルギー性鼻炎を患った際に母親に促されて通った耳鼻科クリニックを思い出した。そこでは、やつれた院長が直々にクズを診察したのだが、クズはその診察の終わり際に鼻にゴム製の管を突っ込んで薬を流入したことがあった。
(ああ、あのスッゲエ楽になるヤツか)
実際には脳内改造なぞ、どれほど恐ろしいことなのだが、老執事が例えた耳鼻科においてあるネブライザーがクズの中で好印象だったため、クズの改造に対する猜疑心は薄れた。
「フムフム、あの鼻にシャーッとするやつでどうするんだ?」
「はい、そちらを吸っていただくことにより、肺胞から血管を通して脳内に超小型の即席コンピュータを設置させていただきます」
「フーン、それって直で血管に繋いじゃ駄目なの?」
「それでもいいのですが、結構な量を注入することになるので、それが負担になるかと思います」
「あー、殴り込み、明日だもんなー」
「はい、鼻からの吸引でしたら、就寝中に行うことも可能ですし」
「へー寝ながらか。それは楽でいい」
クズは、腕を大きく組んで大きく頷いた。
「では、明日の予定についてお話します。先ず、明日は普通に一日を過ごしてください。特攻するのは夕方の一七時くらいからになります」
「え? 朝っぱら一番か夜中にこっそりじゃないの?」
「はい、こちらが完全にプロの組織でしたら夜中か朝方に行動をしたかもしれませんが、私と貴方は隠密行動にかけてはズブの素人です。と言うことは、何かあった時の為に逃げ道も確保する必要があります。そうなりますと、下手に警戒されやすい時間帯に行くよりも人の入れ替わりが激しい昼過ぎから夕方にかけての方が良いのではないかという考えの下です。もちろん、素人の考えなのでこの作戦自体が完全に裏目に出てしまうこともありますし、人の入れ替わりが激しいということはそれだけ人がいるということなので、目的のノートパソコンを奪還した後に囲まれるケースも想定できないわけではありません。が、その為に貴方がいるのです」
これまで老執事の言葉は水道水を飲んでいるように淡白だったが、最後の「貴方がいるのです」だけ、少し熱さ感ぜられた。
「つまり、夕暮れ時の一般人に混じってシレッと任務を遂行してしまおうって腹か?」
「はい。その時間帯でしたら、こちらもそうなりますが相手も騒ぎには出来ないはずです。日が暮れかけている時に任務を遂行するのは、そう言った側面もあります」
これは、日が高く気温の高い時間帯よりも日が沈みかけで気温の下がってきた時間帯の方が音が伝わり易くなるため、騒音を出した時に近隣の住民に介入してもらいやすくなるというニュアンスで言ったのだが、そんな意味には気付く訳の無いクズは、
「ああ、そっちの方が買い物時だしな」
と、違った意味で捉えた。だが、あながちそれも間違いではなかったので、老執事は訂正をいれなかった。




