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クズが吹きかける話

 夕暮れ時になり、老執事が夕食を運んでくると、クズはあることに気が付いた。

(そう言えば、今日これが一発目の飯だ。朝は発泡酒だけだったし)

 そして、クズはそのディナーの内容を見ても、全く空腹感を感じることがないことも気が付いた。

(あー、朝食も昼食も取ってなくて、結構体動かしたのに、全然腹減ってねえな)

 満腹ではないのだがあまり食欲が湧かないということで、クズは改造される直前のようにスープのみ口にした。

(うん、味は分かるな)

 いくら空腹感がないとはとはいえ、味覚が戻ってきたことを確認しながら、クズはスープをじっくりと味わった。

 そして老執事にスープのおかわりを要求して、老執事が部屋から出た直後に部屋の電話が鳴った。

 クズは、電話の主が機械の声であることは分かり切っていたので、あまり出たくは無かったのだが、万一、自らの心身に関して重大な欠陥が見つかった旨を伝える為の電話とあらば面倒がってもいられないと首を振り、一つ大きなため息をついてから受話器を取った。

「……ハイ」

 機嫌がよくないことを故意的に伝えるようにクズはやるせなさそうな声を出したが、

「ハッハッハ、元気かい? ご飯はどう? 味は分かるかい? やっぱりご飯は美味しくなきゃ人生の意味がないからね」

 と、機械の声は今までにないテンションの高さでクズの不機嫌を無視してきた。

 それに対してクズは「アアアア」と声に出して分かるように溜息を吐き出し、

(そもそもお前のせいで味覚がぶっ飛んだんだけどな)

 という気持ちを乗せて

「まあ、おかげさまでな。おかげさまでな! おかげさまで味が分かるようになったよ!」

 と、皮肉をぶつけた。だが、機械の声はそんなことは気にせずに

「ハッハッハ、味がわかったようなら何より。まあ、それよりも私が聞きたいのは君がご飯を食すことが出来たか否かってところなんだよ」

 と、クズに問うた。その問いにクズは

「は? それってどういう?」

 と返す。冷静になって考えてみれば、機械の声から問われる時点でそれは改造による影響だと気付きそうなものだが、不機嫌な感情によって物事を論理的に考えるコトを放棄したクズの脳はその当たり前のことに気付かなかった。

 機械の声はクズの素っ頓狂な思考回路を想定していたかのように返す。

「ハッハッハ、当たり前じゃないか。君を改造するのに一時間や二時間で終わったとでも思っていたのかい? 君は、丸っと一週間かかったんだよ。まあ、設計とかなんやらを入れるともっと掛かっているけど、単純に君自体を弄くり回したのは一週間だよ。その間、君はずっと眠っていたわけだ。催眠波の力は偉大だね。(まあ実質はほとんど麻酔の力だけどね)でも、それだと君は餓死餓死に衰えてしまう。たかだか改造、君に目的も説明する前の段階でおっ死なれても、こちとら投資しただけで丸損なんだよ。そこで、私は君の食事に細工をしたのさ。美味しかったかい、スープは?」

 そこでクズはハッとする。受話器から耳を外し、目を最大限に見開いて眼球を上方に持ち上げ、首も仰向けに折る。

 そして、何に興奮したわけでもないのだが、自分の中のアルコール温度計がグングンと登っていき、メータを振り切って上部で破裂するような感覚に陥った。その上から漏れた赤い液体を吐きだすイメージで大きく鼻息を受話器の送話口に吹きかけた。すると機械の声が

「ハッハッハ、また欠伸でもしたのかい? 本当に君は大物の気質があるなあ」

 と、言ってきたが、受話器を耳に当てていないクズにはそれが聞き取れなかった。

 クズが受話器を耳に当てると、まだまだグングンと温度の上がり、クズの脳内に溢れ続ける赤く染まったアルコールの如く、クズは機械の声に向かって口から出てくる言葉を無造作に浴びせかけた。

「お前、それもか、それもか、それもか! どっからが? お前はどっから俺を弄くり回したんだ? どこから俺は? どこから俺はお前の手の上にのっていたんだ? クッソ、スープだったか、スープだったか! どっからだ? 俺が金を借りるように仕向けたのもお前か? 返せない様に仕向けたのもお前か? 俺が高校受験に失敗したのも! 未だに童貞なのも! 無職なのも! 全部お前の手の上での出来事だったってわけか? そう言えば、お前はこんな電話なんて使わなくても俺の声が全部聞こえてるんだろ? 俺が生まれた時から全部! 聞いてたんだろ? なあ、どうなってるんだよ? 俺はこのままだと何にも食べれないじゃないか!」

 スープに何か細工がしてあるという点に気付いたのは、機械の声があってのことである。無論、機械の声としてもそこだけをクズに教える為にクズに問うたのである。しかし、機械の声の予想を超えたのは、それ以外のクズの人生の責任まで丸々と投げつけられたことである。

 クズの側から見てみると、

(今日はスープだけでいいか)

 と、自らの意思で決めていたと思っていた事象が全て機械の声がそうなるように仕組んでいたのである。それがクズの歪んだ思考回路の中でグニャングニャンに反射屈折し、今までの人生全てが自らを改造する為の布石だったというトンデモ理論を写しだしたのである。もちろん機械の声がクズの財布の管理などしていないので借金するように調節した事実は無いし、それ以前のクズの人生も自身で選んで来た道である。

 機械の声は、クズのアホみたいな思考回路に呆れつつ、

「いや、君の人生は知らないけど、そのスープは私の発明品の一つでね。唾液用の試験液を生成する過程で、どうせなら持ち運びが出来る試験液って思ってね。すると、どんどんと脳汁が溢れかえってきて、サバイバル用の栄養満点、腹もち抜群のスープが出来たってわけさ。まあ、結句唾液用とは別物になっちゃったけどね。それだけさ。今度、特許でもと思って君に試飲してもらった感想が聞きたくてね」

 と、説明した。実際には、そのスープを積極的に飲ませるために中毒性のある謎の粉を混ぜたりもしたのだが、今のクズにその説明まですると信頼が微塵も残らなくなってしまうと考え、説明を端折った。

「本当に、それだけなのか?」

 良くも悪くも単純なクズは機械の声に騙される。

「ああ、でも、美味しかっただろう? どうだい?」

「まあ、不味くなかった……美味かったよ」

「ハッハッハ、ならよかった。そろそろ執事の彼が君のおかわりを持っていくはずだから、この辺で切るよ」

 機械の声は、クズにトカゲのしっぽすら見せない様にして逃げた。

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