クズが戻る話
クズが球を吐き出したのを見て、老執事は
「では、コントロールの方法を説明します」
と、語りだした。
「コントロールは基本的にはタッチパネルの様なものです。恐らく、球体の表面がツルツルした方と少しザラつきが感じられる面があると思います」
老執事の説明にクズは球を手の上で転がしてみると、その球は丁度半分くらいでツルツルの面と少しザラザラする面に分かれていた。クズは確認の合図の為に老執事に対して球を持っていない左手でオッケーサインを出した。老執事はそれを見て説明を再開した。
「はい。そのツルツルの面をなぞると、その指を動かした方向に唾液が動いて行きます。ただし、それほど速く動くことがない上にコントローラを口に入れてから最初に吐き出した唾液にしかコントロールは効かないので注意してください。それと、コントローラは口に入れる度に対象がリセットされるので、それも覚えておいてください」
老執事の説明が一通り終わると、クズが手を挙げて質問をする。
「あ、ちょっといい?」
「はい、何でしょうか」
と、老執事。
「えっと、このコントローラってのは、口から出たツバを動かすことしかできないの?」
その質問に対し、機械の声が返答をした。
「ハッハッハ、まあ、天才偏差値が五十程度の普通の天才ならばその程度で満足するんだろうね。液体を遠隔操作でヒョイヒョイと動かせるって、まあそれだけでも十分にスゲエことなんだけどね。でも、天才偏差値マックスの奇跡的な天才である私にとっては唾液を動かす程度じゃ満足はしなかった。しなかったんだよ。私はそのコントローラにオート機能を付けた。それは事前に唾液の進行方向をプログラミングして暗証番号を設定しておくことで、その時に対象となっている唾液がコントローラで操作しなくても自動的にそのプログラムを遂行するんだ。しかも、そのプログラムはコントローラが口内にある時に組まれるから、唾液自体が完全に独立したモノとして勝手に動き回ってくれるんだよ。これは、幾つかのプログラムを設定しておけば複数の唾液を動かすことが出来るということだ」
機械の声が一気に語る。もちろん話を理解できていないクズは、
「で? どういう?」
と聞き返す。機械の声は少し落ちた声で
「まあ、君には使いこなせないだろうから、こっちで勝手に使うよ」
と、話を閉じた。
要は唾液を複数動かすことが出来るということなのだが、機械の声としてはクズがその機能は理解できても使用方法、特にプログラミングについて理解することが出来ないだろうと思い、あえてややこしく説明した。そうすることで、クズ側からは
(あ、これは無理だな)
と、その機能に対して関心が無くなる。そうなれば、機械の声は勝手にプログラムを組んでおいて、いざという時にクズに暗証番号を教えてやれば緊急事態にも対応できる可能性があると踏んだのである。
その様な機械の声の腹なぞさっぱり知らぬクズは、まんまとその通りに
(まあ、何言ってるか良くわかんないけど俺には無理だな。ツバのコントロールだけ少し練習して今日はゆっくりしよう)
と、のん気なことを考えていた。
クズはそれから二十分程唾液のコントロールの練習をすると、
「うん、もう大体コツは掴んだから、もう部屋に行ってもいい?」
と、問うた。それに機械の声は
「ハッハッハ、もういいのかい。まあ、練習したくなったらいつでも部屋に備え付けてある電話でしらせてくれ。恐らく君はエレベーターの動かし方が分かんないだろうから、直ぐに彼を送るよ」
と、言う。そして
「じゃあ、君、彼に部屋まで送ってもらってくれ。ハッハッハ」
と、続けた。その言葉に老執事は
「では、こちらです」
と、クズをよく揺れるエレベーターに促し、部屋まで送り届けた。
クズは部屋に戻り時計を見ると、老執事に連れられてからわずか二時間足らずでまた戻ってきたということに気付いた。
よく、苦痛な時間ほど長く感じられると言うが、今回のパターンはクズにとって苦痛な時間とは少し違った。かといって決して楽しい時間というわけでもなかった。
クズにとって、この二時間弱はあまりにも衝撃的なコトがギッシリと詰まっていたため、その間がたった二時間で済んだということに、クズはそれに対しても衝撃を受けた。
しかし、そんなこともテレビのチャンネルを替えれば同様に切り替わってしまうもので、クズは半日以上残った一日を、いつも通りに怠惰に過ごした。




