クズが調節する話
クズの口が徐々に閉じてきたのを見て、老執事は説明を再開した。
「では、十分に唾液の補給が済んだようなので、次は唾液の粘度、硬度、量の調節方法を説明します」
クズは中途半端に開けた歯の隙間からヒューヒューと吐息を鳴らしながら、
(次からはしっかりと全部説明しろよ)
という気迫を視線に乗せて老執事を睨んだ。
しかし、感情が薄くなっている老執事はそんなものにはお構いなく、機械的に説明を続けた。
「先ほどは、両奥歯を三秒、強く噛みしめることで唾液を分泌させました。調整はその前に行います。先ず、粘度。これは左奥歯のみを噛みしめることで調節できます。噛みしめる時間が長いほど、粘度が挙がります。粘度の単位で説明してもイメージしづらいと思いますので、これは自分の感覚で覚えてください。次に硬度。こちらは右奥歯で調節できます。こちらも、自分の感覚で覚えてください。それから量は、前歯を噛みしめることで調節できます。こちらは大体一秒で普段出ていた量が分泌されます。後は先の通りに感覚で。それぞれの調節が終わったら、最後に両奥歯を三秒、噛みしめてください。因みに、粘度と硬度のミニマムは先ほど貴方が吐き出した程度ですので、覚えておいてください」
ゆっくりと丁寧に行われた老執事の説明に、何となくわかった様な気分になったクズは、とりあえず一つ頷いた。それを見て老執事は
「では、暫く練習してみてください。試験液が切れたと思った場合は仰ってくだされば持って参ります」
と、クズに練習を促した。
クズは一通り練習してみて、普段の唾液を作るのに、粘度が二秒、硬度は噛まなくても良し、量は老執事の言葉の通り一秒ということを覚えた。
そして、練習してみて浮かんだ疑問を投げかける。
「いや、量が調節できるのはいいとしても、粘度と硬度が変わるのって何か意味あるの?」
その疑問に、機械の声が答える。
「ハッハッハ、何につけてもバリエーションが多いってことは状況に合わせることが出来るってことだよ。逆に、バリエーションが少なければ状況の方を合わせないといけない。料理でもそうだろう。加熱するモノがレンジしかないよりも、他に鍋やヤカン、それにオーブンなんかがある状況のほうがレシピや味付けのバリエーションが増えるだろう。まあ、その分それぞれの特徴を覚えておく必要があるんだけどね」
それに対して
「フーン、じゃあ粘度と硬度によるツバの特徴ってやつを教えてくれよ」
と、クズが返す。
「ハッハッハ、それは一言では説明できないよ。ただ、ザックリと説明すると、君が唾液を液体として使いたいのか、固体のように使いたいのかは硬度や粘度を調節することで変えることが出来たりするよ。他にも粘度の強い唾液で急斜面や天井に張り付いたり、相手の足もとに吐き出してゴキブリホイホイみたいなこともできるよ」
「へえ、何か忍者の術みたいだな」
クズが瞳を輝かせる。
「ハッハッハ、それには先ず基本からだ。彼にしっかりと教えてもらってくれよ」
と、機械の声が言うと、老執事はコクリと頷いて
「粘度と硬度、量の調節は覚えたようですね。では、次に口から吐き出した唾液をコントロールする方法を説明します」
と、説明を始めた。
「吐き出した唾液は、こちらのリモートコントローラを使用することで動かすことが出来ます」
そう言うと、老執事はズボンの左ポケットから緑色のピンポン玉の様なものを取り出した。
「先ず、こちらを口の中に入れますと、口内の設定をこのコントローラが読み取ります」
老執事が球を口に入れると、携帯電話に付属するカメラのシャッター音の様な音が聞えた。そして老執事が左手に球を吐き出す。
「このように、シャッター音が聞こえましたら読み取り完了です。では、とりあえず読みとってみましょう」
と、老執事は右手を右ポケットに入れようとしたが、ふと右手が砕けていることを思い出した様子で、左手の球を左ポケットに入れると、体を少し捻って右ポケットに左手を入れた。そして少しモゾモゾとさせると、今度は薄紫の球を取り出した。そして
「こちらが貴方専用のコントローラになります」
と、球をクズに差し出した。
それを受け取ったクズは、先の試験液の件があったので、
「これはそのまま口に突っ込んでも大丈夫なのか?」
と、問うた。それに機械の声は
「ハッハッハ、慎重なのは良いことだ。やっぱり苦い経験は人生の糧になるね。ハッハッハ。それはそのまま口に入れても大丈夫なように設計してあるから、安心してドンドン咥えちゃってくれ」
と、返答した。
その言葉をすっかり信用したクズは、
「そうか、じゃあ……」
と、球を口の中に入れた。
すると、クズの口内でその球が微かにチーズの様な酸っぱさを醸し出したかと思うと、先ほどの老執事の時のようにシャッター音が鳴った。
クズはその音を合図に球を口から手に吐き出した。したらば、神経の無い口の中では気付かなかったが、口に入れる前よりも球が温かくなっていた。




