クズが痛がる話
概して、明らかに優れている人間から「簡単だよ」とか「大したことは無い」と言われた時は簡単ではなく、大したことの場合が多い。それは互いの中にある物差しの目盛りの大きさの違いからくるものであり、決して劣っている者が四苦八苦する姿を嘲笑しようとしているわけではない。なので、劣っている者は他人からアドバイスを貰う際に「簡単だよ」「大したこと無い」と言われた場合には話半分に聞いておく必要がある。
当然、世の中の人間の大半より劣っているクズは、経験則からそのコトを弁えていた。
なので、機械の声に
「簡単だよ」
と、言われた際には
(ケッ、お前にとってはそうかもな)
と、擦れた心で聞いていた。
しかし、それはクズにとっても簡単な動作であった。
ただ舌を口内に突っ込むだけ。折り鶴を作るよりも簡単な作業である。
あまりに簡単に出来てしまったので、クズは思わず口の中に右手の親指と人差し指を入れ舌を引っ張り、それが確かに接合されているのを確かめた。そして
「うわ、本当にくっついてる」
と、目と鼻を大きく広げながら驚きを表現した。その様を見て
「ハッハッハ、概ね私の『簡単だよ』と言ったのを信じていなかったのだろう。きっと君は誰にでもできることが出来ない、理科の実験が苦手なタイプなのだろう。だが、本当の天才ってやつは猿にでもできることしか他人に『簡単だ』と評価しないモノなのだよ。何を作るにしても、どんな実験をするにしても、その規格や手順を緻密に分かりやすく作り、誰にでもそれが行えるようにする。それが万人に受け入れられる天才の思考だ。まあ、大抵の天才達はそれを全部脳みその中でやっちまうからとんでもない化け物に見えるんだけど、それもしっかりとしたフローチャートが自分の中で確立されているからなんだよ」
と、機械の声が語った。
クズは唇を捻りながら大きく頷いた。それは、クズが天才と認める人間の内に、それに当てはまる人物が居たからであった。
機械の声は
「君がどう思っているかは知らないが、少なくとも私は天才だよ。ハッハッハ。だから、君にとって簡単なことしか簡単とは言わないよ」
と続けた。それに対しクズは、
「いやでも自画自賛ってのはダサいよな」
と、毒づく。しかし機械の声は
「ハッハッハ、まあまあ。私は今こんな状態なんだから、自分しか誉める人がいなくてね」
と、明るく返した。
クズとしても、この機械の声の主、つまり老執事の本体とも言える人格が天才的な人物であることは認めていた。それは、自らの目的を達成するために他人を改造人間として使ってしまうコトからも明確である。一般人の感覚ならば、失敗の出来ない仕事はどうしても腰が引けてしまう。だが、この機械の声は臆するどころか自らの肉体を実験台にしてしまったのである。これは、自らの才能に対して相当な自信を持っていなければ出来ない。クズは、この非凡な男を認めざるを得なかった。
しかし素直に誉める気にもならないクズは、
「フン、言ってろ」
と、少し冷たく言うと、老執事から受け取った試験液を少量口に含んだ。
「今回は、そちらのペットボトル一本まるまると吸収してください」
クズが口の中の甘ったるいシュワシュワを堪能していると、老執事がそう言った。
クズの口内の気泡が消えたところで、
「え、でもこんなにいっぱい入るの?」
と、返す。それに対し
「はい、大丈夫です。入ります」
と、老執事が答えた。
その言葉に、クズは一口分しか減っていない五百ミリリットルのペットボトル内の試験液を、一気に口に流し込んだ。
すると、今までは少量だったので「シュワシュワと甘ったるい」と形容されていた試験液が、口から草でも生えるかのようなモジャモジャとした感覚をクズに与えた。更に、それに甘さが加わることによって、全ての歯が末期の虫歯になってしまったかのような激痛がクズを襲った。
基本的に虫歯になりにくい体質のクズにとって、歯に甘いモノが浸み込んでくるような痛みはかなりのダメージとなった。
「アガッ! クァッ!」
声を出すと言うよりは、口の中を喚起するようにクズは喉仏の少し手前の辺りから音を出した。
老執事はクズが苦しむ様子を見て、
「大丈夫ですか?」
と、声を掛けた。クズは、その言葉に対して、人差し指をクロスさせ、何度も第二関節同士を打ちつけて大丈夫ではないコトを示した。
すると、老執事は
「容量としては五百ミリリットルまで入りますが、吸収する際には一口ずつにしないと、その様になります」
と、遅すぎる説明をした。
それに機械の声が
「ハッハッハ、そうやって身をもって体験するとわかりやすいだろう」
と、わざとクズに対して説明しなかった旨を伝えた。
クズはようやく全ての試験液を吸収したのだが、未だに歯の痛みが治まらないので、口を半分開けながら歯の隙間を通るようにして息を吐いた。




