クズが接合する話
舌を噛み千切る感触は、クズにとって何とも比喩し辛い、独特な感覚であった。
食感のみならば、何らかの食物に例えることが出来るであろう。リーズナブルな硬いステーキの様な、なかなか噛みきれないながらも前歯や奥歯を上手く使いこなしてようやく先が見えてきた頃のホルモンの様な、そして噛みごたえをセールスポイントにしているグミを二・三個縦に並べた時の様な噛み応えであった。歯触りはフニャフニャとしているのだが、しっかりと噛みこなさないと分断されない食感。
それほど、舌をギチギチに噛み千切ったのである。にもかかわらず、クズの痛覚は、その現象をまるで頬にハエが止まった程度にしか感知しなかった。もちろん、舌で口内を舐めまわしてみれば、改造前の通りに凸凹を感知できるし、先の試験液を飲んだ時の細かな気泡もしっかりと知覚できた。
だが、舌を噛み千切った感覚だけは少しこしょばいくらいである。
「え、本当に今のって、俺の舌を引き千切ったの?」
拍子抜けた声でクズが言う。
「ハッハッハ、造り手の自慢ほど糞つまらない弁は無いが、これだけは自慢してもいいよね。そこが一番苦労したよ。だって、神経の代わりの感知センサーとか、神様の業を人間が再現するってことだからね」
機械の声が誇らしげな声で喋ると、老執事も少しだけ嬉しそうな顔をした。機械の声は続ける。
「で、どうだい? 舌の先っちょの断面から、唾液は出てきたかい?」
クズは上下の歯で軽く舌を挟みこみ、詰め替え用のシャンプーを入れるときのように絞りを入れ、
「ん? ああ、二滴くらいか?」
と、まだ少しだけでてきそうな感覚を払拭しきれないような口ぶりで答える。
「ハッハッハ、まあそんだけ残っていても何にも出来ないから、そんくらいになったら試験液を補充してくれ」
と、説明の結論という最も重要な部位を、機械の声が老執事から奪った。老執事はそれに関しては全く何事も無かったかのように
「では、試験液を持って参りますので、少々お待ちください」
と、エレベーターに乗り込んだ。
クズは口の中に転がる舌の先端部を吐き出すと、機械の声に問うた。
「で、この舌の取れた部分はどうなるん?」
機械の声は答える。
「ハッハッハ、もちろん新しい舌を張っつける必要があるよ。えっと、もう舌の先から唾液の絞りカスみたいなのは出てこないよね?」
その問いかけに、クズはもう一度舌を確認する。
「ん、んん、ん、出てこない」
「よし、じゃあ後は簡単さ。プラモデルみたく簡単に交換できるよ。ちょっと上顎の所を触ってみてもらえるかな? そこに小さな窪みみたいなのがあるから」
クズが右手の人差し指と中指で上顎を探る。その様は、まるで二日酔いの朝に「胃を空っぽにする」と言いながら、強制的に吐瀉物を催すようであった。
「うん、ある」
そしてクズがその窪みに人差し指の爪を引っ掛けると、クズの舌は、喉彦の下辺りからブツンと外れた。
「は、はふれは」
舌が無くなったため、舌を使う音が発せなくなったクズが情けない声を出す。
「ハッハッハ、その様だと上手く外れたみたいだね。もうその取れた部品は使い物になんないから捨てちゃっていいよ」
という機械の声の言葉に、クズは改めて自分はもう生身の人間ではなくなったのだと感じた。
例えば、少し頭の回転が鈍い人に対して、頭のネジが抜けていると表すことがある。もちろん、生身の人間の脳内にはそんなものは入っていない。しかし、クズには入っているのである。ネジが入っているか否かは不明だが、クズの唾液や味覚、更には痛覚を司る神経はこの機械の声によって弄くり回されているのである。
クズは、噛み千切っても赤い血液どころか二滴の唾液しか出てこない自分の舌は、もう自分の一部ではなくて自分の部品なのだと、少し切なくなった。
「ハッハッハ、ただし注意が一つだけ。その舌の付け替えな、ストックが多くないから、唾液のタンクが空になったと思ってもあんまり確認作業してくれなくてもいいよ。多分君が思ってる以上にタンクの容量はあるはずだから」
と、機械の声がいい終えるか終えないかくらいのタイミングで、砕けていない方の手に何かを持った老執事を乗せたエレベーターの戸が開いた。そして、
「はい、包みの方が付け替え用の舌で、ペットボトルに入っているのが試験液です」
と、クズにペットボトルと黒い紙に包まれた物体を差し出した。
クズは先ず、黒い紙の方を受け取ると、折り目に沿って丁寧にその包みを開いた。
すると、中からは薄っぺらい干柿のようなシワシワでザラザラした物体が出てきた。その気味の悪さにクズは少し香ってみると、そこからは薄っすらと鉄の香りがした。クズはそれが血の匂いなのか機械的な臭いなのか分からなかった。
クズが物体から鼻を遠ざけると、
「そちらのプラグになっている方を奥にして口に入れてもらえれば、自動で舌が接合されます」
と、老執事が説明した。
クズは言われた通りにその物体を口内に押し込んだ。すると、まるで注射を打つ際に他の部分をつねって痛みをごまかそうとする時のように、いつの間にか作業は終わっていた。
「接合完了した様ですね。では、こちらの試験液を少しずつ口に含んでください」
クズの
(え、もう繋がったの?)
と、キョトンとする顔を見て、老執事はペットボトルをクズに手渡した。
クズの口内は、改造されてから初めて目が覚めたときのように、パッサパサに渇いていた。




