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クズが捕まる話

 ある男が、踏み倒し続けてきた借金を理由に拉致された。

 半分以上がクズ成分で構成されているような男であった為、誰に泣かれることも、誰に憐れまれることも、逆に誰に笑われることも無く捕えられた。

「直ぐに返せる、ちょっと借りるだけ」

 そんなことを幾度も言っておれば、それは捕まっても文句は言えぬ。

 そのクズは、最初に金貸しの門を潜ってから半年足らずで捕まった。

(俺、殺されちゃうのかな……)

 という不安とは裏腹に、クズは豪華な部屋に放り込まれた。

 捕まってすぐにつけられた目隠しを外してみると、クズの目には巨大な窓の下に映るオーシャンビューが飛び込んできた。更には家電量販店の一角でしか見たことのない様な巨大なテレビ、最早クズの住んでいたアパートの一室くらいの広さがある厠、どこぞの風俗店にあるような豪華な風呂場、そのうえトレーニングマシーンや娯楽雑誌なども置いてあるという高待遇。何も無いのも嫌だが、逆に不安を煽られるようなリッチな部屋であった。

 食事も、ホテルで出てくるような他人行儀な料理を、無口で品のある老執事が運んで来た。

 ただ、外部と連絡をとれるような機器は置いておらず、唯一、「組織との連絡にしか使えません」と張り紙された、カラオケボックスに設置されているような電話があるだけであった。

 何もかもが夢心地の環境下におかれて一週間経ち、早くも馴染んでしまったクズは、のん気に昼寝をしていた。

 急に電話が鳴り響いたので、クズはビクッと体を起こし、フラフラと電話の前に立つと、寝ぼけ眼を擦りつつ受話器を取った。

 大きな欠伸をかました後に、

「……ファイ」

 と情けの無い声。組織に捕えられているという事実をすっかり忘れ、完全に自宅気分のクズであったが、

「ああ、こちらはお前を捕えた組織だ。どう、居心地は」

 と、テレビでしか聞いたことのなかったような、変声機で作ったと思われる甲高い声を聞いて、少し全身が寒くなるのを感じた。

「ハ、ハイ、な、何でしょうか?」

「ハッハッハ、まあ、そんなに構えなくても。ようやっと、君を造る日が決まったんだ。明日は空いてるかい?」

「明日ですか? え? 造るって何を?」

「ハッハッハ。まあ、空いているね。じゃあ、ヨロシク」

「え、ちょ、ちょ」

 そこで電話が切れた。

 クズは、一週間ぶりの恐怖を感じた。

 何も分からないことが怖い。そして、明らかに自分に何かをされると分かっていることが怖い。

 クズは、日本人に梅干しを見せると口をモゾモゾさせるという実験をテレビで見たのを思い出した。梅干しの正体が分かっている者は、実際に口の中に梅干しが無くても酸っぱいということが分かるのである。

 では、この状況はどうだろうか。少なくとも、自分はこんなに高待遇を受けることはしていない。むしろ、いつ生命保険を掛けられて吊るされてもおかしくはない。それなのにこの高待遇。そして、捕まるまでは迅速だったのが、それから一週間はなにも無し。

 恐怖は、連鎖する。

 クズは、この一週間を思い返した。しかし、何もされていないし、何もさせられていない。だからと言って、クズ自身から何らかのアクションを起こそうとしたこともなかった。

 クズの中では、葛藤がグルグルと湧き起こっていた。

(やっぱり、どっかで反発した方が)

(いやぁ、そんなことになって拷問されたりしてもなあ)

(しかし、どこかで何らかの話を聞こうという気すら起こらないとは、つくづく平和主義者なのか、楽観的過ぎたか)

(ああ、そもそも何で闇金なんて利用しちゃったんだろう……)

(思えば、高校受験のときだって……もっと……せめて後一カ月努力していれば……)

(ああもう、こういう時は、一年後の自分を想像してみよう)

(きっと、何とか許してもらえて……)

(まあ、駄目だとしても、殺されることは……ないと思うけど)

(きっと、真面目に働いて!!)

(きっと、きっと、きっと……!!)

 クズは気付いていなかった。リアリティに考えることこそが、現実逃避への近道なのだと。

 その晩、クズは、翌朝の自分にビックリするほどぐっすりと眠ることが出来た。

 それまでは、こんなに美味いモノがあるのかと感嘆していたような朝食も、スープくらいしか喉を通らない。それでも、

(どんなに緊張していても本当に美味しいモノは美味しいんだな)

 ということを感じる程度には、余裕があった。と言うよりは、どちらかと言えば楽観していた。それが、ゆっくりと眠ることが出来たことによる賜物なのか、弊害なのか。クズはスープだけ、三杯飲んだ。クズは老執事におかわりを持ってこさせ、三杯のスープを飲んだ。

 クズには、何か重大なことが起こる直前に、時計を見る癖があった。先の葛藤の際にもあったが、未来の自分を想像するのである。そうすることによって、眼前に迫っている壁を乗り越えることよりも、乗り越えた後に意識を置く。すると、基本的にポジティブな性格のクズの頭の中から、ネガティブ要素が払拭される。クズなりの自己暗示である。

 しかし、どれほど意識の外に持っていっても壁とは人の前に立ちはだかるものである。電話が鳴り出した。

 その電話のベルは、昨日よりもおどろおどろしく聞こえた。

 受話器を取り、浅めの深呼吸をしたクズは、

「……ハイ」

 と、言った。

「ハッハッハ、昨日もそうだったけど、受話器を撮ってから欠伸をするのはマナー違反だ。次回以降は気を付けたまえ」

 変声機の声は、どうやら深呼吸を欠伸と取ったらしい。

「まあ、その様だとよく眠れたみたいで結構。うむ、催眠波がよく効いたみたいだ」

「え?」

「ハッハッハ、ぐっすり眠れただろう? この一週間で、君の脳波に合わせた催眠波に調節したからね」

 変声機の声がワザと明るく振る舞うように笑う。

「ちょ、それってどういう……」

 と、クズが言いかけたのを遮るように

「じゃあ、オヤスミ」

 変声機の声は、クズの心臓にダイレクトに刺さる冷たい声で呟いた。

 そしてクズはその場に倒れた。

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