少女A
瞳を開ければ、父の顔が逆さまに写った。父は、厳格という言葉を表現するような普段通りの気難しい表情をしていた。
「父よ。おはようございます」
「……ああ。おかえり」
挨拶が食い違う。私は上半身を起こして周囲を見た。窓の外から入ってくる光はオレンジ色で、私は真っ白なシーツの敷いたベッドに寝かされていた。頭もとの低いテーブルには青い花が活けてある。元気がないのか、あるいは元からか、香りはしない。しかし洗練されていないモノクロの部屋には紅一点、かなりの存在感を持っていた。
私はしばらく花を楽しみ、父のほうを見た。父は腕を組んで、黙って私を見返す。
「父よ。仕事は?」
「……それどころではない」
「ですよね……」
私は頷いた。
私の記憶はぶれることなく、自分の身に何が起きたのかを正確に記憶していた。炎天下の霹靂が直撃したのだ。体のあちらこちらに、超高電圧が走りぬけた感覚が生々しく残っていた。また、誰かが救急に電話していのも覚えており、ここが病院であろうことは容易に予想できた。
「まだ寝ていなさい。私はお前が起きたことを、お医者様に伝えてくる」
父は私から視線を外すと、上半身を起こしている私の背後を見た。
「すまないがテルくん。しばらくこのこ面倒を見ていてくれ」
聞いたことの無い名前に、私は頭を傾げる。同時に甲高い少女の声が病室に響いた。
「はーい」
第三者の声に私の心臓はドッキリと跳ねた。慌てて振り返ると、差し込む夕日を背に、燃えるような赤い長髪と、金色の瞳を持った少女がパイプ椅子に座っていた。
髪にひまわりのような髪飾りをつけて、清楚なワンピース姿である。可愛らしい少女であった。父は親しそうに「テルくん」と呼んだようだが、私は全く見覚えがなかった。
私は怪訝な表情で少女を観察する。少女はキョトンとしながら私を見た。
じっと見つめ合う。
「——っぷ……。間抜け顔……」
やがて少女は吹き出す。そして風鈴のように透明な声音で、本当に楽しそうに笑った。その少女の笑い声が、私の記憶の一部に引っかかる。何処かで聞いた、それもつい最近。最近というよりもついさっき——。
「——私が雷に撃たれた時、影で笑ってたのはお前かー!!」
布団を吹き飛ばして、私は少女に向かいビシッと指を突きだした。
「止めないか。テルくんは雷に撃たれたお前を心配して、こんな時間までずっと見守っていたくれたんだぞ?」
後ろから父の仲裁が入る。
「父よ。まだいらしたのですね? というか父にはこの子が私を心配しているようにみえますか!」
未だに笑っている少女を強調するように再び指さす。私にはどう見ても面白そうだから野次馬的に付いてきたようにしか思えない。
「お前は人の心が分かっていないな……」
父は失望したかのような声で言った。
「お前は雷に打たれたのだぞ?」
「お言葉ですが父よ。雷に打たれた人がいたら、全人類が当然心配するものだと思ってるんですか? このテルくんとやらは、私を元気づけるために笑っているとか、都合のいい解釈しないでくださいよ?」
私は牽制をするようにまくし立てた。しかし父はゆっくりと首を振るだけだった。
「テル君は目の前でお前が雷に打たれるのを見たのだ——」
言葉を区切り、父は真剣な様子で私の瞳をのぞき込んだ。そして、私を諭すように重い様子で口を開く。
「笑うだろ? 普通」
「……はい?」
「父さんだってお前が雷に打たれたと聞いたとき、仕事場であることを忘れて大笑いしてしまった。おかげで明日どんな顔を同僚に見せればいいか分からない」
父はまじめな顔でしれっと言った。少女は、ついに押さえきれなくなったようで、遠慮のない笑い声をあげる。
「……」
夕日の差し込む病室で、私と父は黙って向かい合っていた。背後では布団と共に私をバシバシ叩く謎の少女。
「まぁ……父さんお前の看病があるからって明日は有給もらっちゃったから、明日は逃げられるんだけどな」
ぼそりと何か聞こえた。
父がまじめなのは顔だけだ。厳格そうなイメージを周囲に与えるが、本性はこの通りちゃらんぽらんな性格だった。私は諦めたようにため息を付いた。
「はぁ……笑いたければ十分に笑えばいいですよ……」
次の瞬間、父と少女が、わっと声をあげて笑い転げた。この少女、とても父と気が合いそうで嫌だった。
「……で、父よ。この人、誰ですか?」
私にしがみついて、ウキャキャと訳の分からない声で笑っている少女を視線で示した。
「ああ。彼女は天野照くん。お前と同じ大学の生徒だそうだ。テルくんは雷の落ちた現場からここまで、ずっとお前の面倒を見てくれたのだから、きちんとお礼を言いなさい」
笑い続ける少女にいぶかしげな視線を投げて、とりあえず謝礼をのべた。
しかし——
「うひゃひゃひゃ」
——聞いてねえよ……こいつ。