第七話 聖エルフィス物語
天上都市ユニフスから持ち込まれたバーチャルシアターの技術は、旧式の映画館を悉く閉鎖に追い込んだ。
今ではスクリーンが残る映画館を見つける方が難しい。
案の定、エレベーターを降りた少年達を迎える声はなかった。自動化された受付カウンターが、点滅する橙色のライトの下に晒されている。
二人は互いの羽を一枚抜き、受付のケースにいれた。羽と引き換えに鑑賞券が発券される仕組みだ。
「まだ上映していたんだね。パンフレット、買う?」
「もちろん」
パーシバルはカウンターに添えられた機械を操作し、パンフレットを購入する。
パンフレットの表紙には、聖エルフィス物語の文字が並んでいる。
初めてジェラルドと遊んだ日も同じ映画を見た。
ジェラルドは、よく英雄ジャスパーの名を口にした。
パーシバルが役者のファンなのか、と問うと、首を横に振って否定する。
彼は、聖エルフィス物語に登場するジャスパー自身に惚れこんでいたのだ。
自動音声が映画の上映時間を告げる。少年達は狭いホールに入り、一番見やすい席を選んだ。
二人の他に客はいない。聖エルフィス物語は、街の誰もが知っているお伽話だ。わざわざ休日を使って見に来る者などほとんどいないだろう。
席についたジェラルドはさっそくパンフレットを広げ、ジャスパーの写真を眺めていた。
「ジェリー、始まるよ」
ジェラルドの肘を指でつつき、パーシバルは椅子の背に深くもたれた。ライトが消え、スクリーンを覆う幕があがる。
聖エルフィス物語の最終章は、聖エルフィスが魔術師カルティエの呪いを受けた場面から始まる。魔術師の策略に嵌まった聖術師の片翼は、無惨にも折れていた。呪いの影響か、虹色の輝きは失せ、カルティエと同じ赤に染まっている。
呪いを受けた聖エルフィスの姿を見るたび、パーシバルの胸は痛んだ。
黒いローブをまとったカルティエが聖エルフィスのもとへ歩み寄る。手にした黒聖書は、作り物にしてはよくできていた。ジェラルドに似た淡い金色の髪と空色の目も、文献通りに再現されている。背に生えた紅い翼は、さすがに染めているのだろう。
カルティエが黒聖書を開き、指先で陣を描き始める。とどめを刺すつもりだ。
『いにしえの神ジストの名において、我は契約する。穢れし羽を切り払い、血濡れた道を創造せよ』
(え……?)
見慣れた展開に目蓋を閉じかけたパーシバルは、顔を上げ、スクリーンに目を向けた。何度も耳にしたカルティエの台詞と、昨晩ロゼが教えてくれた禁断の呪文は、一字一句違わぬものだった。
(翼を消す、呪文)
画面の中のカルティエは、聖エルフィスの翼を折るだけでは飽きたらず、虹色の双翼を消し去ろうとしていたのだ。
(本当に、あったんだ……)
今まで、カルティエの台詞の意味など考えたこともなかった。脚本家が勝手に作り上げた言葉だと思っていた。早鐘のように打つ鼓動の止め方を、少年は知らない。
魔術師の陣が完成する。呪いを受けた聖エルフィスは項垂れ、地に膝をついていた。使い魔に影を縫われ、動けないのだ。
そのあとの展開を、パーシバルはよく知っている。聖エルフィスの翼が失われることはない。
銀色の剣が、聖術師と魔術師の間に突き刺さる。聖エルフィスの名を呼び、颯爽と現れた英雄ジャスパーが、聖術師を抱えて大空へ飛翔する。
ふと、左手に柔らかな感触が伝う。いつもはスクリーンに目を向けているはずのジェラルドが、まっすぐにパーシバルを見つめていた。
まるで、画面の中の英雄ジャスパーのように、パーシバルを抱えてどこまでも飛んでいくとでも言いたげだ。
パーシバルは何気ないふりをして、微笑みを返す。
(無理だよ、ジェリー。僕らはこの街を出ることを許されない。僕は、聖エルフィスじゃない。君も、ジャスパーじゃない。……選択肢なんて、はじめからなかった)
パーシバルの胸の中で、諦観の念が渦を巻く。友に伝えなければ。どんなにあがいても、未来を
変えることはできない、と。
物語は終盤に差し掛かり、聖エルフィスと英雄ジャスパーがカルティエの呪文を反射する。自身の放った魔法に身を焼かれ、魔術師の紅い翼が溶けていく。
(ジェリーと一緒にいるためには、翼なんてない方がいいのかな)
紅い翼がなくなれば、ジェラルドは理不尽な仕打ちを受けなくてすむかもしれない。パーシバル自身も、片翼の劣等感から解放されるだろう。
(完全な翼を持たない僕らに、ユニフスは遠すぎる……)
膝の上にのせた鞄が、わずかに重みを増した。
ロゼがくれた宝玉は、暗雲立ち込める未来を切り開く鍵なのかもしれない。




