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あいのことだま  作者: 聖河リョウ
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第四話 ロゼ

「ご、ごめんなさい。先生」



俯くパーシバルの頭を、ロゼの手が優しく撫でる。

青年はテーブルにトレイを置き、すばやく銀色の箱を手に取ると、紅の羽を一枚取り出して見せた。



「……これ、気になるかい?」



パーシバルは恐る恐る顔をあげ、一呼吸置いて頷いた。


「……ジェリーの羽に、とてもよく似ていたから」



「羽使いの庭で集めたものだよ」



ロゼのまなざしは、少年がよく知る穏やかな色を取り戻している。



「羽使いの、庭……」



心臓が高鳴った。パーシバルが知る限り、紅い翼を持つ最上級生はジェラルド以外に存在しない。

羽使いの庭は、最上級生のみが立ち入りを許可される聖なる庭だ。

庭に散らばる羽は、卒業の儀を受けた生徒の存在を示している。



「もしかして、……過去に卒業の儀を受けた生徒が、いたのですか。ジェリーと同じ、紅い翼の」



「そうだね。私の同級生にもいたよ」



ロゼは本棚から一冊の古いアルバムを取り出す。彼は聖エルフィス学園の卒業生だった。

パーシバルはトレイに乗った食事には手をつけず、アルバムを覗き込んだ。

ほら、とロゼが指差した先に、ふたりの少年が映った写真が貼られていた。



「これ、先生ですか」



長く伸びた銀灰色の髪の隙間から、緑色の目が覗いている。

背にはえた翼は、海底の水で染め上げた深蒼。

これが本来のロゼの姿なのだろう。

目の前に立つ教師は、銀灰色の髪も蒼い翼も持っていない。

深蒼の翼は、ユニフスに辿り着いた後、大切な人にあげてしまったという。



「そうだよ。若いだろう」



「この子は、」



少年時代のロゼの隣に、金髪の少年が佇んでいる。

柔らかな黄金色の巻き毛がパーシバルの目をひいた。

少年は、薔薇色の翼を広げ、朗らかに笑っている。



「私の友達。彼もユーレックサイトの一族だった。いつも黒聖書を読んでいてね、私に魔術を教えてくれた。一緒に卒業の儀に参加したんだ。でも……」



ロゼの表情が陰りを帯びる。パーシバルは静かに二の句を待った。



「あの日のことは、よく覚えているよ。彼は先陣を切ってユニフスタワーの頂点に辿り着いた。私は彼の後を追っていた。

ユニフスタワーと天上都市を繋ぐゲートを潜ったのを見たのが、最後だったかな。

私の横をすり抜けて、ゆっくりと落ちていった。薔薇色の羽がそこら中に舞って、奇麗だったよ。

彼は、……卒業できなかった」



ロゼはアルバムを実験道具の上に置き、顕微鏡の隣で開いていた黒聖書のページを繰る。

それがかつての友の遺品だと、パーシバルが悟るのに、時間はかからなかった。



「私が卒業した後も、紅い翼の子が卒業の儀に参加したという話は、よく聞いたよ」



パーシバルは、両手を握りしめ、きつく唇を噛んだ。

箱に詰め込まれた紅い羽は、何も知らずに散っていった子どもたちの残骸なのだ。



「……先生は、紅い羽を集めて何をするつもりですか」



「カルティエが残した呪文を完成させるのさ。私は魔術を使えないからね。ユーレックサイトの

血が流れる紅い羽を媒体にして、発動させる」



ロゼの瞳は、すでに好奇心に満ちた研究者の色をしていた。



「カルティエの、呪文……?」



「翼を消す呪文だよ。面白いだろう」



最後は笑い声が混ざった。

パーシバルは息を呑み、紅い羽をもてあそんでいる養父を見つめた。

翼を消すことなど、考えたこともない。

翼は羽使いにとって、なくてはならないものだ。

自由に空を泳げぬパーシバルでさえ、片翼を失うのは恐ろしい。

聖エルフィスの加護は、子ども達の翼に宿る。片翼がない時点で、パーシバルに聖エルフィスの加護を受ける資格はない。

だが、自身の一部を消すという選択に、自然と震えが生じた。



「実は、もう試作品ができているんだ。少し早いけれど、私からの卒業祝いだ」



ロゼはテーブルの下のガラクタ入れから紅玉に似た宝玉を取り出した。

聖術をうまく扱えない生徒のための補助道具だ。



「紅い羽を溶かして結晶化したものだ。表面に翼を消す言霊が刻んである。聖術の成績が優秀な君なら、すぐに読めるだろう。いつも通り、言霊を唱えればいい」



パーシバルの前に紅い宝玉が置かれる。まるで小さな林檎のようだ。



「……後悔しているんだ。私が、学生の頃にカルティエの呪文を知っていたら、真っ先に友の紅い翼を消したよ」



ロゼの手の中で青白い光が弾ける。焼け焦げた紅い羽が、パーシバルの目に焼き付いて離れな

かった。









食事を済ませ、寝台に入る時間になっても、なかなか睡魔は訪れなかった。

紅の宝玉は少年の手に馴染み、鈍い光を放っている。

宝玉の表面には、パーシバルでも理解できる聖術の言霊が彫られていた。詳しい仕組みは聞いていないが、聖術語と魔術語を置換する装置なのだろう。



(翼を消す呪文……)



パーシバルがいる限り、ジェラルドは彼をユニフスへ導くに違いない。紅い翼を持つ者の末路が、ロゼの言う通りだとしたら、最悪の結末を迎えることになる。



(本当に、消せるのかな)



パーシバルは宝玉を枕元に置き、無理矢理目蓋を閉じる。

窓から差し込む月明かりに晒され、紅玉の表面が妖しく輝いた。

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