第三話 紅羽
日没が迫っている。
空を占領していた煩わしい声は消え、代わりに寮へ向かう生徒たちとすれ違った。
羽使いの街で暮らす子ども達の大半が、寮で生活をしている。
パーシバルは視線を合わせないよう、俯いて帰路を急いだ。
両親から見捨てられた片翼の少年は、天上都市ユニフスから派遣された機関構成員のもとで暮らしていた。
寮に入るか否かは、生徒の意志で決定される。少年は真っ先に共同生活を拒絶した。
ジェラルドはともかく、他の生徒に混ざって生活をするのは耐えられなかった。
パーシバルを引き取ったユニフスの機関構成員は変わり者だが、余計な干渉をしない分、気が楽だ。
機関構成員の自宅は、聖エルフィス学園を一望できる丘の上にある。学園の庭師が使っていた小屋を、改築したものだった。
「ただいま、先生」
少年は、親しみを込めて機関構成員を先生と呼ぶ。彼は、パーシバルのクラスで聖術を教える講師でもあった。
皆はロゼと呼んでいるが、本当の名前は誰も知らない。
「やあ、おかえり。パーシバル」
顕微鏡から目を離し、ロゼは少年を出迎えた。薔薇色に染めたみつあみが背中で揺れる。
木製のテーブルの上には所狭しと実験道具が並んでいる。男は癒しの聖術を教える身でありながら、魔術の研究をしていた。
「……あまり散らかさないでください。片付けるのは僕なんですから」
青硝子のシャーレ、天上都市ユニフスの印が彫られた試験管、古代文字が綴られた魔術書、
聖霊の翅を磨り潰して作られた癒しの粉、ピンセットには焼け焦げた羽が挟まれている。
一度研究に没頭すると、ロゼは際限なく物を放置していく。
出したものは片付けろ、と、何度言っても聞かないのだ。
「いつもすまないね。これでも片付けているつもりなんだけどな」
床に散らばったガラクタを片足でテーブルの下に追いやると、ロゼは苦笑してみせた。
パーシバルはロゼの向かい側に座り、テーブルの惨状を冷めた目で見つめた。
気まずい沈黙を破るかのように、青年が立ち上がる。
「さあ、夕食にしよう。昨日の残り物でいいかい」
「……はい」
台所に向かう養父の背中を見つめ、パーシバルは息を吐く。共同で使っているテーブルは、すべてロゼの私物で埋め尽くされていた。
目の前に詰まれた古文書をしまおうと、テーブルの下を覗き込んだ少年の視界に、見覚えのある色が飛び込んでくる。
ガラクタとともに追いやられた銀色の箱の中に、紅の羽が詰め込まれていた。
パーシバルの手は、自然と箱の方へ伸びる。
(あかい、羽……)
銀色の箱をテープルに置き、まじまじと羽を見つめた。
これは一体何だろう。指先で触れると、片翼がぴくりと反応する。
箱の中に収められているものは、羽使いから抜き取られた羽だ。中には変色しているものもある。
(まさか、ジェリーの……)
「パーシバル」
いつになく低い声音が聞こえた。
パーシバルが顔をあげると、トレイを手にしたロゼが隣に立っている。
いつもの柔和な表情は消え、研究者としての冷酷さがペリドットに似た緑色の瞳に浮かんでいた。