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あいのことだま  作者: 聖河リョウ
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第二話 礼拝堂

読書を中断し、パーシバルは礼拝堂へ足を運んだ。

教師の許可を得ずとも入れる祈りの場は、信仰に篤い生徒たちの対話の場となっている。

卒業の儀が近いせいか、放課後の礼拝堂に人気はない。


パーシバルは最前列の椅子に腰掛け、丹念に磨かれたステンドグラスを眺めた。

虹色の翼を持つ羽使いの生涯が描かれている。


羽使いの街に住む者なら誰もが知る、聖エルフィス物語だ。

かつて、邪神と契約をかわした魔術師カルティエ・ユーレックサイトが、羽使いの街に呪いをかけた。

羽使いたちは飛行能力を奪われ、翼のない子ども達が数多く生まれた。

種の存続の危機を救ったのが、天上都市ユニフスの御遣い、聖術師エルフィスである。

聖エルフィスは翼を持たぬ子どもたちに、身を護る聖術と翼を与えたと伝えられている。

一時は魔術師カルティエの策略により、片翼を負傷するも、英雄ジャスパーの協力を得て悪しき魔術師を滅ぼした。

その後、聖エルフィスは虹色の翼で呪いを浄化し、天上都市ユニフスへと姿を消したという。


虹色の羽使いに憧れて、天上都市を目指す子どもは多い。

長き時を経て伝わる御伽話に、パーシバルも少なからず心惹かれていた。

少年の目は、片翼が折れた聖者に向けられる。

パーシバルは、生まれつき片翼の子どもだった。両親は忌み子として息子を管理局に預け、行方を眩ました。

両親の記録は何一つ残っていない。

幼い頃、パーシバルは、成長すれば片翼がはえてくるものだと思い込んでいた。

呪いを受けた聖者の翼は、聖なる力で復活を遂げる。少年は、無意識に聖エルフィスに自身を重ねていたのだ。



「此処にいたのか、パーシー」



ふと、陽気な声が礼拝堂に響き渡る。顔を上げ、後ろを振り向くと、見慣れた淡い金髪が視界に入る。



「ジェリー」



パーシバルを見おろす少年ージェラルド・ユーレックサイトは、紅い翼を揺らしながら親友の隣に腰かけた。



「……補習はどうしたの?」



「つまらないから、抜けてきた」



強く言い切るジェラルドの空色の瞳は、ステンドグラスに向けられている。

パーシバルは、わざとステンドグラスから視線をそらし、友の手におさまる一冊の本に目をやった。

勉強嫌いのジェラルドが常に持ち歩いているのは、ユーレックサイト家に代々伝わる黒聖書だ。

本の扱い方を知らない彼は、どれだけ表紙を傷めても気にならないらしい。



「まだ読んでたの。それ」



「ん?……ああ、カルティエの最後の呪文が難しくてさ」



パーシバルは黒聖書を手にとり、適当な頁を開いた。解読不能な数式と文章が並んでいる。

少年たちが習う聖術とは、まるで形が違う。

かろうじて理解できるのは、ジェラルドの癖のある書き込みだけだった。

黒聖書は、魔術師カルティエが残した魔術書と伝えられている。

聖エルフィスの制裁を受けた紅い翼を持つ青年。

羽使いの街を混沌に陥れた罪人の紅は、呪いの象徴として忌み嫌われていた。



「俺、全然勉強できないだろ。校長先生が、黒聖書を全部解いたら、卒業の儀に参加してもいいって」



「……君が、卒業の儀に?」



空色の瞳と視線がかち合う。ジェラルドの表情は何時も明るい。

己の肩に圧し掛かっている過去の重荷など、はじめからなかったかのように振舞っている。



「どうしたんだよ、パーシー」



「だって、君は……、その……」



パーシバルは長い前髪越しにジェラルドを見つめた。

罪人の血が色濃くあらわれ紅い翼。

強い魔力を封じるために、右手首に埋め込まれた半透明のジェム。

ジェラルドは、カルティエ・ユーレックサイトの子孫だ。



「何?」



首を傾げるジェラルドに、パーシバルは二の句が告げなかった。

呪われた紅い翼を持つ子どもは、羽使いの街を出ることはできない。

暗黙のうちに守られてきた掟を、ジェラルドは知らないのだろうか。



「……なんでも、ない」



パーシバルは黒聖書を閉じ、口を閉ざす。会話は終わりだ。

空色の目から視線をそらし、背を向けるパーシバルの片翼を、ジェラルドの指先がとらえた。



「待てよ、パーシー」



「な、何……」



ジェラルドが制服のポケットから取り出したのは、半分に折れた蒼いチケットだった。



「明日、学校休みだろう。一緒に遊びに行かないか?」



掠れたインクから海のにおいがする。カード紙に友のぬくもりが残っていた。

パーシバルは刻まれた文字を一気に読み上げた。



「……羽使いの庭の立ち入り許可証」



卒業生に配られる祝いのカードだ。羽使いの庭の見学は、卒業の一月前から申請する事が出来る。

皆が蒼いカードを見せ合う中、パーシバルはひとり知らぬふりをしてきた。片翼では、羽使いの庭を囲む鉱石の湖すら越えられない。



「塔の中には入れないけど、外から見学することはできるんだって。俺も初めて入るし。な、行こうぜ、パーシー」



「……でも、僕は」



「パーシー」



ジェラルドの手がパーシバルのそれに重なる。

ふわりと手の甲を包む体温に怯え、少年はぎゅっと目蓋を閉じた。

碧色の瞳が隠れてしまう。パーシバルの拒絶の合図だった。



「まだ、怖いのか?」



「…………」



ジェラルドの指がパーシバルの頬をなぞる。

前髪をかきあげられても、片翼の少年は微動だにしなかった。

立ちつくしたまま、友の手が眼鏡の弦にかかるのを任せた。



「約束したじゃないか。一緒に卒業するって」



幼いころに交わした他愛のない話だ。紅い翼を持つ子どもと、片翼の子ども。

考えてみれば、どちらも輪の中から外れるに値する存在だった。

一人で本を読んでいたパーシバルを空へ連れ出したのは、ジェラルドだ。

彼の手を握り、初めて空を泳いだ遠い記憶が蘇る。

ジェラルドの翼に似た紅色の空を漂った。

二人の翼で、何処までも飛べると信じていた。



「一人で飛べなかったら、俺が支えて……」



「……ごめん。明日の話、少し、考えさせて」



パーシバルは友の手を振り払い、踵を返す。堅い靴音が礼拝堂に響き渡る。



「明日、十時に、いつもの……」



ジェラルドの言葉は、しかし、最後までパーシバルの耳には届かなかった。

漆黒の片翼が遠ざかっていく。

静まり返った礼拝堂で、ジェラルドは息をつき、そっと黒聖書に手を伸ばした。

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