第四幕 最初の洗礼 その弐
トリガー・ハッピーエンド
火薬の長・エゴ
「か、亀が喋った!」
「おいおいおい、これくらいで驚くんじゃねえよ。ただの電話だぜ。別に亀が喋ってるわけじゃあねえよお兄ちゃん」
ゆうのすけは目の前の状況をもっともわかりやすく言葉にする。
しずるの両手の平からカウンターに飛び乗った亀は腕を組んで二人を見上げている。雄々しい態度に戸惑うが、コップサイズのおかげでただの可愛らしい人形と化していた。二人にのぞき込まれるのが不快に思ったのか、亀は舌打ちした後に語り始めた。
しずるが目線を合わせて亀に問う。
「では、あなたがこのルートの長ですか?」
「ん? そうだ、このルートの主『火薬の長・エゴ』とは俺様のことよ。いっちょよろしく頼むぜ」
亀は誇らしげに胸部を叩く。
感情を身振り手振りで表現する様はまるでヒトそのものだ。本人の態度さえも再現しているとすれば、これは既存の電話以上の情報量があると言えるのではないか。
「あんたがこのトラップを仕掛けた張本人か?」
「いかにも、俺様が仕掛けた侵入者を殲滅するトラップだ。あ、ちなみに大穴のトラップは電話に出なくても発動したぜ。出口のドアノブも同じ仕掛けでよぉ、捻った瞬間に床が開いてドボン。みんな仲良く奈落の底って仕組みだ。床下の異常を見極める観察眼を試すにはちょうど良いだろう?」
悠々と火薬の長にゆうのすけは絶句した。
ゆうのすけが抱いた印象は、子どもだ。緻密な計算から成り立っているこのトラップであるが、根っこの部分はひどく子どもじみた動機から成り立っている。侵入者は問答無用で殺す、と言う発想がすでに狂っていた。
富山しずるは声のトーンを落として懇願した。
「火薬の長さん。あなたにお願いがあります」
「あーあー、皆まで言うなよお嬢ちゃん。俺様には判ってる、判ってるぜ。狙いは俺の持っている『百薬の長』だろう?」
「はい、実は私たちは呪いを受けてしまい、人間界から追放された魔女です。私はともかくと私の友達が日常生活もままならない『陰性烙印』をその身に宿しました。あなたの持つ『火薬・肘鉄』は呪いを解くかも知れないと情報を耳にして、是非そのお力をお借りしたくここへ参上した次第です」
富山しずるは丁寧にここへ来た理由を語る。
決して風波を立てないよう最新の注意を払いながら、かつ哀れみを誘うしずるの声色はまさに迫真の演技であっただろう。もう主演女優賞もののセリフ回しである。
「……という経緯です。ですのであなたの持つ『百薬の長』を譲って頂けないでしょうか?」
「なるほど、お嬢ちゃんも辛い目に遭ってきたんだなぁ。底抜けのトラップの件といい、まぐれじゃねえってことはよーく判ったぜ。」
火薬の長は同情するように呟く。
しかし、物事は思い通りにはいかなかった。
「だが、はいそうですか、と『肘鉄』を渡す訳にはいかねえな。」
「で、ですが。こちらにはもう時間がないのです。そこを曲げてなんとか」
「自分の都合を押し売るなよ、お嬢ちゃん。俺様にとってお嬢ちゃんらが呪いが解けなかろうが関係ねえんだよ。『肘鉄』をくれてやってもなんのメリットもねえだろう。目的の見えない善意なんて自己満足かツケでしかねえ。俺様に期待しても無駄だってもんだ」
「…………では、あなたの望みは何ですか?」
「望みねぇ。あえて言うなら『闘争』、だ」
火薬の長は嬉々として告げる。
この時を待っていたと目をらんらんと輝かせていた。
「生と死の狭間でのギリギリの駆け引き、血が沸騰するようなスリルこそが俺の願望だ。そこに積んどいた団体さんは大したことなかったが、お前らはなかなかうまそうだなぁ、直感でわかるぜぇ。『百薬の長』が欲しいならもっと血を、もっと闘争を、殺されたくなるくらいに圧倒的な暴力を俺様に見せてくれぇ」
火薬の長は高揚していた。
ここにきて人間と悪性新生物の違いがはっきりと現れる。人間は理性で暴力を押さえ込むのに対して悪性新生物にはそれに乏しい。ひとよりも野獣に近い彼らには血を好む傾向があるのだ。
ここにきて、全く話が成立しなくなった。
「わかりました、では交渉決裂ですね」
富山しずるは大人しく引き下がる。
いつもならスッポンが食らいつくがごとき強烈さで噛みつくはずなのだがこの時のしずるは潔く引き下がった。そして亀の胴体をわっしと掴むと元の場所へと収めようとする。
そこで、しずるは思いっきり深呼吸した。
「あたしはぁ、絶対に諦めんよ! あんたがその気なら望み通りに力尽くで奪い取ってやるからね! 人間を舐めんなよ、このダラブツ!」
響く、富山しずるの罵声。
「……面白い、やってみなよお嬢ちゃん」
亀は怯むどころか笑ってみせた。
富山しずるが乱暴に受話器を戻すと抜け落ちた床は大きな音を立ててせり上がり、もとの真っ赤な絨毯で埋まった。そして換気口から落下した衣服の山がもとの場所へ玄関入り口に降り積もり、最初の状態が再現された。
これは計算されつくしたトラップだった。
受話器をトリガーに発動するトラップ。出なくても皆殺しの罠。
つまりはチャンスを得る為には行動で示せ、ということなのだろう。その姿勢を見せたを選別するための罠だったのだ。もっともその交渉そのものも失敗に終わってしまったのだけれど。
「ごめんね、ゆっちゃん。交渉失敗しちゃったよ」
「いやはや、本当に大失敗だな。しかも煽りのおまけつきだし、もう救えない」
「ぐぬぬ、返す言葉も見当たらんよ」
「火薬の長、怒ってるだろうな」
「……、……ごめんなさい」
富山しずるは肩を落として下を向く。
本人は自信があったのだろうが、結局は何にもならなかった。火薬の長の交渉に失敗した上に相手を怒らせたのだから失態どころの話ではない。最悪で最低の交渉結果である。ゆうのすけに肩を掴まれるとしずるはビクッと身体を震わせた。
「だがよく言った。お前が怒鳴らなかったら、俺がやってた」
「……、……怒ってないんけ?」
「ああ、むしろ褒めてやる」
しずるの表情は一気に明るくなる。
あきらかにゆうのすけの言葉は見栄であるが、富山しずるにとってゆうのすけから褒めてもらえることが掛け値なく嬉しかったのだ。飛び跳ねる勢いでしずるはその場で回転する。
「よし、じゃあ行くか」
「うん、そんじゃあ行こう。火薬の長を奪いに!」
氷見ゆうのすけと富山しずる。
二人は侵入者としてルートへの入界を選んだ。
特に富山しずるは経験者であるが故に落とし穴のトラップを数秒で看破する高い観察力、ゆうのすけは彼女を操る的確なテクニックを有している。絶妙なバランスが今回は功を奏したといえる。
異世界・火薬ヶ島。
次に立ちはだかる壁は、文字通り二人の仲を引き裂く分岐路であった。
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