第参幕 呪いの意味
トリガー・ハッピーエンド
「ねぇゆっちゃん、ちょっと話があるよ」
富山しずるは手招きして隣に座ることを促す。
ゆうのすけはルートの入り口を背にしてしずるの右隣へと大人しく腰を下ろす。しずるはしばらく上を向いて考え事をしたかと思うと確認するように問いかけた。
「このルートに来た理由は憶えてる?」
「忘れるわけないだろう。お前はルートに眠る万能の秘薬『百薬の長』の入手。そして俺は左手を蝕む『あまのじゃくの呪い』を解呪すること一点のみだ。そのために俺はお前に付いていくし、お前に協力してるんじゃないか」
富山しずるは苦い表情を浮かべる。
言おうか否か少しだけ考えたあとにゆっくりと口を開いた。
「うん、そうやね。それじゃあ専門家として一言だけ言わしてもらうと、『呪い』は相当に厄介やよ」
「……どういう意味だ」
「基本的に『呪い』を受けた者の身体には『烙印』が押され、男女問わずに『魔女』と蔑まれる。そして、他の人間に見つかれば『異常』のレッテルが貼られるんやよ」
異常のレッテル。魔女の宿命。
「具体的には、どうなるんだ?」
「まず全身をくまなく調べて、魔女の『烙印』を探す。そして次に厳しい拷問の末に呪いについてのありとあらゆる情報を白状させられて、火あぶりにされる」
これは中世ヨーロッパの『魔女狩り』ではないか。
日本がいかに法治国家であるといっても穴はいくらでもある。平和ぼけしているセキュリティならば見て見ぬ振りをして『魔女狩り』をスルーしている可能性は大いにあった。
「……俺は何も悪いことしてないぞ」
「この場合、善悪なんかどうでもいいんやよ。つまりは『異常』か否かの問題。正体不明の呪いに人類は恐怖を抱いているんかもね」
差別とはそういうものだ。
類い希なる天才よりもその他大勢の凡人に合わせる風潮。優秀な者の足を引っ張り、相手を堕とし合う世間。そんな風潮が国の進歩を妨げた事を日本の大人は認めない。
ーー最低だ、けどそれを覆すだけの力は俺にはないのだけど。
「これから突入するルートには先に送りこまれた兵隊がいる。そして、おそらく何人かは生き残ってルートのどこかでキャンプを張っているやろうね。もしそいつらにゆっちゃんが『魔女』だと知られて、ルートの外に情報が漏れたら……」
「じゃあどうすればいいんだ」
「魔女発覚にはおもに三パターンがあるんよ」
富山しずるは三本指を立ててゆうのすけの前に突き出す。
真面目に話すつもりなのか、リュックを座布団代わりにして地べたで正座をし始めた。髪を短いツインテールに結い直したところでようやく様になったらしく、魔女発覚の三条件について話し始めた。
「まずひとつ、『烙印そのものを見られること』これは一発アウト」
富山しずるは口を開けてぺろりと舌を出す。
舌には『地』の文字が刻まれていた。
「あたしの『鳴かず飛ばずの呪い』は舌に押されているから滅多なことでは悟られんけど、ゆっちゃんの場合は違う。左手の甲なんて目立つ場所にあるのは正直かなり危険やよ」
「……判ってる。だから手袋しているだろ」
ーーそうやね、としずるは相づちを打つ。
その為に手の甲が隠れるように日中でも手袋を嵌めている。夏場は手袋ではなく包帯でぐるぐる巻きにすることで『怪我をした』で通していた。『呪い』について関心のない人間に対してならばこの程度のカモフラージュで充分事足りるのである。
「そしてふたつ、『呪いを使っている所を見られる事』これはちょっとやばい」
しずるは大袈裟に二本指を立てて突き出した。
「呪いは使い方次第で宿主に祝福を与える。呪いはいわば諸刃の剣。もしも呪いの効能が晒されれば自然に副作用も看破される。いわば呪いは奥の手。絶対に見られんようにせんなんよ」
ゆうのすけは押し黙る。
確かに『あまのじゃくの呪い』は相当にひと目に付く上に一発で看破される呪いである。注意し過ぎることに超したことはない。後悔は先に立たないのだから。
「それでね、ゆっちゃん。ルートの中に入ってもその左手の『天の邪鬼の呪い』は人前では使わんって約束してよ」
「はいはいはい、けど身の危険を感じたら遠慮なく使うからな」
「うん、判った。でもその場合は見られた相手の顔と名前をきちんと憶えといてよ。そしてあたしに報告してね」
「構わないけれど、どうするつもりなんだ」
「隠蔽工作をするよ。……たとえどんな手段を用いても」
富山しずるはすっぱりと断言した。
普段の陽気な声色のまま、だが副音声では確かな重みを込めて放たれた『隠蔽工作』には追求を許さない凄みがあった。
「最後にみっつ、『呪いの副作用を見られる事』これはまあまあやばいね」
「……まあまあなのか」
「ゆっちゃんも知っての通り、呪いには必ず『副作用』がある。いわば強制される異常の事やね。俗世界ならば多少は誤魔化せるけど、ちょっと勘の良いやつならすぐに嗅ぎつける。特に専門家相手なら余計にね」
たしかにその通りである。
しずるの呪いは聞いた話だとすでに副作用が出ているらしいが、ゆうのすけのとは違って日常生活に支障をきたすものではないらしい。
ゆうのすけはふと思いついた。
「……お前は、大丈夫なのか? お前も『鳴かず飛ばずの呪い』を受けているだろう。もしお前も魔女だとばれたら無事じゃあ済まないんじゃないのか」
こいつは専門家だ。
つまり魔女だと知れれば、それは同時にしずるの名前に傷を付けることになるのではないだろうか。呪われた人間に解呪など頼めないと民衆に思われてしまうのではないのかと思ったのだ。
「こんな時でも心配してくれるんやね、ゆっちゃん」
「いいから答えろよ!」
「うん大丈夫。なーんも心配は要らんよ。ゆっちゃんはただ自分の心配をしててよ。それがあたしの士気を上げる意味もあるんやからね」
富山しずるは天使のように笑う。
時々底知れない凄みを見せるけれど、基本はまだ青臭い女子中学生なのである。そしてなんだかんだ言ってゆうのすけのことが心配なのである。
「んじゃ話は終わり。さあそろそろルートへ行こうか」
富山しずるはそっとゆうのすけの小指を握る。
そして力任せに小指同士を絡ませて『指切り』の形にした。それに満足したのか、絡ませた後にぶんぶんと腕ごと振りながら約束事を口にする。
「ゆっちゃん、一緒に帰ろうね」
ルートデビュー壱日目は、地獄の神隠しから始まった。




